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第82話 「静かな旅路」


「やれやれ、脅かしすぎだぞ」


さっさと退室した俺を、ゾルデたちが呆れたように追いかけてくる。


「そうかな? こんくらいがちょうどいいんじゃない?」


「そうです! ノアさんに酷い扱いして……私は怒ってます!」


何故か、一番怒っているのはクロエだった。


近場にいたメイドに声を掛け、メイド長を呼んでもらう。


「……ノ、ノア様。お呼びでしょうか」


急ぎ現れたのは、薄栗色の髪の毛を後ろで団子にしたおばさんだった。


身体がかなりデカくなった俺に、急に呼びつけられて怯えている。

俺にノア様だなんて、敬称などつけたことないだろうに。


このメイド長の女は、極たまに顔を見たことがある程度だ。

基本的には、離れに当たる俺の住まいには、下っ端メイドたちの仕事だったからだ。


俺の世話は、一番面倒で危険な雑用みたいな扱いだった。

自分の当番日を喜んでいたメイドなんて、リリスしか知らない。


「かつて、リリスというメイドが居ただろう?

今はどうしている。少しで良いから顔を見たいんだけど」


「リリス? ――あぁ、あの子ならここを辞めてしまいました。

貴方様が旅立って、ほどなくの事ですよ」


メイド長は、呼びつけられた意図を理解し、安心したようだ。


「え!? どういうこと?

まさか、ヴェルナーが何かしたんじゃないだろうな!」


しかし、俺が血相を変えたものだから、再びビクリと震えて背筋を正した。


俺に脱走の助力をしたことがバレていたら、リリスもタダじゃ済まない。

もしも彼女に何かしていたとなれば、前言撤回。

今すぐヴェルナーの元に引き返して、叩きのめしてしまうだろう。


「いいえ、とんでもない。旦那様は何も……」


その意志を察したのか、メイド長は必死に否定した。


「彼女は、実家のある街に戻ると言っていました。

なんでも、弟も独り立ちして、そこまでの仕送りが必要なくなったからだと」


十六歳からここで働き、実家に仕送りしているのは事実だ。

弟もいて、長い事会えていないとも言っていた。


「私は止めたのです。

仕送りが必要なくなっても、大貴族である旦那様の元で働けるメイドは名誉な事。

給金も他よりは、よっぽど良いのですから。ですが、彼女は頑なで……」


話の筋は通っている。

メイド長の血からも、嘘の気配はしない。


「そうか、教えてくれてありがとう。

だったら、すぐにでもここを発つ。安心しろ、もう会うこともないさ」


それを聞いて、彼女は心底安心していた。


「残念だったな。……で、どうする。諦めるのか?」


俺は静かに首を横に振る。


「たしか、ここからそう遠くないドゥルームっていう、小さな街の出身だったはず。

少し寄り道してくるから、皆は先に首都を目指してくれる? あとで追いかける」


「何を言ってるんですか! 私も一緒に付いて行きます!」


即座に、クロエが訴える。


「別行動か……首都までは、ここから東に三日ほどだ。お前らならすぐに追いつくだろう」


ゾルデはすぐに了承する。


「俺は一足先にリゼンたちと合流して、戦いの準備を進めておく。

ジークハルトの持ってきた進軍のルート確認や、敵本拠地の構造などを共有しときたいからな」


そういった軍議はゾルデの得意分野だ。正直有難い。


「ノア……いよいよ最終決戦が近い。

急ぐことはない。せっかくだから、クロエと一緒にゆっくり羽を伸ばしてこい」


これは、ゾルデなりの配慮なのだろう。


何だかんだ、ゾルデは俺の事を子どもとして扱ってくる節がある。

身体は大人でも、精神は子供だと思ってるのだ。


「あぁ――ありがとう!」


屋敷から出ると、ゾルデとフレイヤ、ジークハルトの三人は首都アストリヤへ向けて馬車を走らせた。

遠ざかっていく車輪の音。

舞い上がった砂埃が、ゆっくりと夏の陽射しに溶けていく。


俺たちは、その後ろ姿を黙って見送った。




◇◆◇




俺とクロエは、ドゥルームへと続く街道へと歩き出した。


陽は高く、容赦なく降り注ぐ。

乾いた光が石畳を白く焼き、地面からはじわりと熱が立ち昇る。

風はぬるく、それでもどこか軽い。

草木は青々と生い茂り、濃くなった葉の匂いと、名も知らぬ夏花の甘い香りが混ざり合って漂っていた。


父が統治するこの街セイクリッドから、北東へ一日半。

そこにあるのが、ドゥルームという小さな街だ。


元は鉱夫たちの採掘村。

大鉱山こそ存在しないが、鉄と僅かな魔鉱石に恵まれた土地。

北部に広がる森林から上質な木材を切り出すきこりも多く住み、鉱石と木材の交易で細々と息を繋いできた。


セイクリッドの冒険者たちにとっては馴染みの補給地でもある。

魔物狩りへ向かう者も、帰還した者も、必ず一度は立ち寄る街。

隊商と行商人が絶えず行き交う、街道の宿場町だ。


石造りの家々。

絶え間なく響く鍛冶屋の槌音。

鉱石と油の匂いが染みついた、実直な労働者の街。


……あの人の、生まれ故郷。




「こうして、二人きりで歩くのも久しぶりですね」


クロエは、どこか弾んだ声でそう言った。

足取りまで軽い。見なくても上機嫌なのが伝わってくる。


「そうだね。でもさ、無理についてこなくても良かったのに。

首都ならきっと、美味しい料理とか沢山あったよ?」


その瞬間、隣の気配がぴたりと変わる。


「……私が付いて来て、迷惑でしたか?」


静かな声。明らかに悲し気だ。


「え? いやいや、違う違う。そういう意味じゃなくてさ」


自分でも驚くほど慌てて言葉を継ぐ。


「ただ、その……結構歩くし、大変かなって思っただけ。

俺は普通に嬉しいよ。一人より、ずっといい」


ほんの一拍置いてから、素直な本音を落とす。


「クロエがいると、退屈しないし……安心する。

皆と一緒の旅も良いけどさ。やっぱり、ね?」


「……もう」


呆れたような、喜ぶような吐息。


「ノアさんは、女心が分かってるのか、分かってないのか……」


小さくぼやく声。

もちろん、全部聞こえている。



――その時だった。


「……あ」


クロエの足が止まる。


街道脇の草むらに、それはひっそりと顔を出していた。


丸みを帯びた白い傘。

陽光を浴びた乳色の表面は、妙に柔らかそうで、思わず視線を引き寄せられる。


見間違えるはずがない。


「ミルクキャップだ」


屈み込み、そっと指で傘に触れる。

指先に返る、弾力のある感触。

ほんのりと甘い香り。土臭さの薄い、あの独特の匂い。


万能キノコ。


一瞬で、記憶が引きずり出される。


クロエと出会い、彼女が人間として生きる決意を固めた頃。

金もなかったし、冒険者として駆け出しで、何もかもが必死だった。

低ランクの依頼をこなし、森で食べれる物を探した。

焚き火の前で鍋を囲み、クロエと一緒に食べた料理のことは、妙に鮮明に覚えてる。


「……懐かしい」


「うわ、本当だね」


「私、ノアさんが作ってくれたあのパスタの味……今でも忘れられないんです」


「あ……! あのブルーオークのベーコンとミルクキャップのクリームパスタでしょ!?」


口にしただけで、舌が勝手に思い出す。


濃厚な脂と、ミルクキャップの妙な甘み。

クリームに溶け込んだ、幸福な香り。


人の記憶というやつは、どうにも単純だ。


「今日の晩飯だね。採ってこうか」


魔導収納具ストレージ・ギアに食料が山ほどあろうと、ついつい手が伸びる。

どう調理するかを考えながら採集する時間が、一番楽しいまである。


「ノアさん……私……」


クロエが何かを言いかけた時だった。


遠くから、草を踏み分け近づく音。


ほぼ同時に、クロエも気配を察知したようだ。


「ノアさん、下がっててください」


雑木林を揺らし、一匹の怪鳥が飛び出す。


「ぎょえっ……ぎょえええっ!!」


真っ赤な鶏冠とさかに、鋭いくちばし。奇怪な鳴き声。

風鶏ウィンドフェザント》――Bランクの魔物だ。


次の瞬間、クロエの姿が掻き消える。


風を裂く一閃。


生み出された血の刃が、魔物の首を音もなく断ち切っていた。

乾いた羽音を立て、巨体が遅れて地面に崩れ落ちる。


かつてなら、クロエ一人では苦戦しただろう、中級魔物。

今では、一瞬だ。


彼女は何事もなかったかのように、血の剣を体内へと収めていた。

まるで、ジークハルトを思わせる早業だ。

気付けば現れ、気付けば消えている。まるで手品だ。


「本当に強くなったね、クロエ」


何気なく零れた言葉に、彼女の肩がぴくりと揺れる。


「そ、そんな……まだまだです」


耳まで赤く染め、露骨に視線を逸らす。


分かりやすすぎる反応に、思わず笑みが漏れる。


さて、と俺は風鶏の傍に歩み寄る。


羽毛の下の肉は引き締まり、脂は程よい。

癖が少なく、火を入れると香りが立つ上質な食材だ。


手をかざして、手早く血抜きを済ませる。


「まだ夕食には早いけど、食ってこうか」


「え?」


「急ぐ旅路じゃない。ゾルデが、ゆっくり羽を伸ばせって言ってたしさ」


その一言で、クロエの顔が目に見えて輝いた。


結局、人間も吸血鬼も、空腹には勝てない。


街道沿いの平地で、火を起こす。

枝をナイフで整えると支柱として、簡易タープを張る。


風鶏ウィンドフェザントを手早く解体し、肉を切り分ける。

携帯鍋に水を張り、骨と端肉を放り込む。


やがて、スープが静かに煮立ち始める。


立ち昇る湯気。

じわりと広がる旨味の匂い。


鉄板には油の乗った肉を乗せる。

そこへ刻んだミルクキャップを落とす。


ふわり、と甘く柔らかな香りが弾けた。


「……この匂い」


クロエが小さく息を呑む。


「あの時と同じだろ」


懐かしむように目を細める。


次々と焼き鳥も準備をする。

ハツ、ミノ、そして香ばしく焼ける赤身肉。


あっという間に、食卓は豪華な料理たちで溢れた。


湯気の向こうで、クロエの腹が小さく鳴った。

どうしようもなく平和な音。


静かな街道。

長く伸びた夏の陽は、まだ沈む気配を見せない。


だが、この料理を平らげる頃には夜が訪れ、頭上には満点の星が煌めくだろう。


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