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第79話 「おかえり」

「おぉ――主よ! お久しぶりでございます」


ジークハルトは俺を見るなり、深々と頭を下げた。


ゴードンの目前――この状況で、それをやるか。


懐かしさと同時に、場違いな安心感が胸を掠める。

戦場のど真ん中だというのに、心だけが一瞬、過去へ引き戻された。


「がああああああっっ!!」


汚い牙を剥き出しにし、両腕を振り上げて掴みかからんとするゴードン。

同族であろうと、躊躇など微塵もない。


「はしたない……主の前ですよ」


低く、わずかにドスの効いた声。


次の瞬間、ジークハルトの姿は掻き消えるように、ゴードンの腕をすり抜ける。

背中合わせ。

そして一瞥することもなく、背後から肘鉄を喰らわせた。

ゴードンは地面に突っ伏し、無様にも藻掻く。


「随分と血を失っておいでだ。……しかし」


ジークハルトは、ゆっくりと俺へ視線を向ける。


「比べるべくもなく、強い血になりましたね」


その眼差しは、どこまでも慈愛と敬意に満ちていた。

取り繕いではない。

心の底からの喜びが、表情の端々から溢れている。


「静かな血は、荒ぶる血に勝る。この短期間に、よくぞそこまで――」


そう言って、再び丁寧に一礼する。


「話は後だよ! まずはコイツを倒さなきゃ!」


ジークハルトは変態だ。

だが今ほど、これ以上なく頼もしい存在はいない。


空気が、完全に変わった。


さっきまで喉元に突きつけられていた死が、嘘みたいに遠ざかった感覚。


「では、僭越ながら――私が相手を務めさせていただきます。

皆さん、お疲れのようですから」


相変わらず、ジークハルトから感じる血の気配は、驚くほど薄い。


人間の血を吸わない吸血鬼。


「せっかくです。次は、静かな血の“使い方”をご教授いたしましょう」


激昂し、殺気をまき散らすゴードンに対しても、一切の怯えなく、淡々と言い放ったのだった。




◇◆◇




ゴードンは、ガリガリに痩せこけた身体で拳を振りかぶった。

筋肉は削げ落ちているはずなのに、動きだけは異様に速い。


「主、よく見ていてください」


ジークハルトは、わざとゴードンの拳を受けた。


恐ろしい破壊力を秘めた拳だ。

なのに、傷一つない。


今の俺には分かった。

衝撃そのものが、ジークハルトの体内で“消えている”。

血が、力を受け止め、沈めている。


なんと静かで、柔らかい血だ。


ジークハルトは、そのまま振り抜かれた拳へと、そっと手を添えた。


「荒ぶる血は、常に外へ向かいます。

ですが静かな血は――内へ沈むもの」


そう説明した、次の刹那。


ゴードンの拳から、内側から破裂するように血が噴き出した。


「使いこなせば……力を使わせず、力を殺すことも出来ます」


直接触れずに、相手の体内の血を壊したのか?


あれだけ負の感情が渦巻かせていた血が、ジークハルトを前に恐れている。

まるで、拒絶するように沈黙していく。


「そして最後に、少々貴方はおいたが過ぎました」


ジークハルトは、少しだけ困ったように眉を下げた。

残念そうな、憐れんだ視線をゴードンへと向ける。


「静動反転――流転」


次の瞬間、視界からジークハルトが消えた。


気付いた時には、掌底がゴードンの心臓へと当てられている。


波動のような衝撃派が、幾重にも重なって広がった“痕”だけが見えた。

空気が遅れて戻り、

音が、感覚が、一拍遅れて追いつく。


――ドクン。


ゴードンは、ゆっくりと崩れ落ちた。


正直、何が起きたのか分からない。


ただ、子どもに優しく授業していた先生が、ほんの一瞬だけ、本気の姿を覗かせた。


――格が違う。


荒ぶるでもなく、暴れるでもなく、静かな血を“ただ動かした”だけ。

……なんとなく、それを理解することしか出来なかった。


「ふふっ……私も“仲間”をやられて黙ってるほど、温厚ではありませんでしたね」


恥ずかしそうに、少し困った笑顔。


サンライズの最後の仲間にして、最強の男。


俺は、ただ心を奪われたまま――

その背中を、見つめていた。




◇◆◇




そこから先は、驚くほどあっという間だった。


天狐たちの背中に乗り、急ぎ首都マテンロウへと戻る。

片足を失ったマグナ、両腕が折れたゾルデ、内臓を損傷し意識のないフレイヤ。

一刻を争う負傷者の搬送が、最優先事項となった。


ゴードンは、ジークハルトの一撃で完全に息絶えていた。

僅かに残っていた血液は、俺がすべて体内へと吸収している。


ジークハルトは純粋な吸血鬼だ。

街に入れることは出来ないため、ゴードンのねぐらに残った魔物の素材回収をお願いした。


首都では、治癒魔法使いを総動員した集中治療が施される。

治癒魔法だけでなく、点滴、薬剤、あらゆる手段を尽くしての対応だった。


事の顛末てんまつを知ったジパーン国の首領は、俺たちを恩人として遇してくれた。

手厚い保護と、十分すぎるほどの支援。

おかげで、ゾルデたちの治療を安心して任せられた。




俺とクロエは、一応は無傷。


しかし、魔力の消耗が激しかったため、街の食堂を練り歩き回復に努めた。

大皿で次々と運ばれてくる料理を、まるで魔法のように平らげていく。


腹をこれでもかと膨らませ、宿へ戻ってはそのまま眠る。

目覚めると再び暴飲暴食。そして満腹になると惰眠を貪る。


……ゴードンの悪癖が、移ったかのような生活だった。


マグナは出血多量ながらも、一命を取り留めた。

ゾルデの両腕も、幸い障害が残ることなく、順調に回復している。


意識を失い、一番心配だったフレイヤだが……無事に目を覚ましてくれた。


本人曰く、「腹筋には自信がある」とのこと。

そんなもので助かるとは到底思えない。

ともあれ、治癒魔法を受けて元気に回復してくれたので良しとする。


やがて、サンライズと、一時的に同行したマグナにも、首領から正式な恩賞が下された。


マグナは、適当に金を受け取った。

だが、俺たちは別に金が欲しい訳ではない。


こたびの元凶は吸血鬼。

隣国のハッシュベルト国では、近いうちに吸血鬼との大規模な戦争が起こる可能性が高い。

その事実を伝えた上で、国家間で連携と助力を願い出た。


首領は仰々しく頷くと、即座にハッシュベルト国王――タカイティール・サナエルへと書簡を送ることを約束した。




夜な夜な、ジークハルトが運んできた“物”は凄まじい代物だった。


まずは土地神様……《蛇王バジリングル》の毒牙と硬鱗。

あとは、食い散らかされた魔物たちの大量の魔石だ。


今回、フレイヤの大剣が破壊されたため、蛇王の毒牙を用いた新たな大剣を打ってもらうこととなった。


鍛冶を依頼したのは、その名を知らぬ者はいないほどの名匠――《マサムネ》。

さすが、「刀匠の国」と称されるジパーン国である。

この危険極まりない素材を前にしても、二つ返事で引き受けてくれた。

いや、むしろ――垂涎すいぜんとばかりに喜んでいた。


完成まで、わずか一週間。

大剣の名は――《蛇王剣バジリスク》。


驚く事に、この大剣に魔力を流し込むと猛毒が生成される。

切れ味も硬度も、これまでの大剣とは比較にならない一振りとなった。


もっとも……見た目からは想像もつかない程、馬鹿げた重量をしているのだが、フレイヤには問題にならなかったようだ。

ちなみに、蛇王の硬鱗を使った防具も一式揃えて、フレイヤの見た目は伝説級の騎士となった。



◇◆◇




「じゃあよ、お前らには世話になったな!」


旅支度を整えたマグナを、俺たちは揃って見送っていた。


マグナは片足を失い、冒険者業を引退することを決めた。

義足を作ったが、依然のようには動けない。

そもそも、年齢的にもこれが最後のつもりで臨んでいたのだ。


神獣相手ではなかったが、「死力を尽くした闘いが出来て満足した」と笑っていた。


「お前らは、次は吸血鬼の始祖とやり合いに行くんだってな……。

あんな怪物とやり合った後で、恐れの知らねぇ野郎どもだ! カッカッカッ!」


心底愉快そうに、快哉を上げる。


「ゾルデよ……ガキ共を死なすんじゃねぇぞ?

御守りをするのは、大人の役目だからな」


「途中でほっぽったお前が言うのかよ……」


ゾルデが呆れたように返すと、「たしかにな!」と、また豪快に笑った。


「最後に俺からの餞別せんべつだ。この業物を、死蔵するには勿体ねぇ」


背中に担がれた大太刀《無銘》を、ゾルデへと突き出す。


「いいのか? これは、あんたの相棒みたいなもんだろ?」


簡単には受け取れる代物ではない。

三十年以上かけて磨き上げた刀。

もはや、魂の片割れと言っても良い物だ。


「……だからだよ。成長したお前が見れて嬉しかったぜぇ。

これからは、ゾルデ。お前が引き継いでくれよ」


老骨の真剣な眼差し。


もはや、断る理由はそこにはなかった。


「……あぁ。このゾルデ・グリムアント! 確かに引き継いだ!」


師から弟子へと。


刀と共に引き継がれた物が何なのか、それを理解しているのは、きっと二人だけだ。



そして――その翌日。


俺たちも、旅立ちの時を迎える。


目指地は、ハッシュベルト国。


《闇夜の宴》を阻止するため、最終決戦の舞台へと歩みを進めるのだった。

第四章――完。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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