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第74話 「守り神」


「本当に、ここで合ってるのか?」


幻燐天狐のミラルカに導かれ、俺たちは森の奥へと進んでいた。


現れたのは――

道なき道。絡み合い、塞がれた草木の壁。


……少なくとも、彼らの目にはそう見えているらしい。


「えぇ。ここら一帯には、私たち一族の結界が張られています。

アイツにも見つからない、特別な幻術です」


すっかり、天狐モードになったミラルカは、軽やかに跳ねるように先導する。

歩くたび、五本の尻尾がふわりと揺れて可愛い。


――強烈な幻術だ。


視覚だけではない。

匂い、足裏に伝わる感触、風の流れ。

五感すべてを騙す完全な偽装。


ゾルデたちは、何もない空間を草木をかき分けるような動作で進んでいる。

そこまでしてようやく、違和感を感じているようだ。

だが、俺の目には違った。


ぽっかりと、はっきりと――「通路」が開いて見えている。


おそらく、スキルの影響だ。

《真界感知》と《感覚統合・神域》によって、幻を見破っている。


やがて、空気が変わった。


静謐な雰囲気の大空間へと至る。

湿り気を帯びた、澄んだ沈黙。

苔むした大地と、爛漫と咲き誇る花々。

中央には、積み重なる巨大な岩。


その上に――

一匹の、巨大な九尾の狐が鎮座していた。


ミラルカとは明確に違う。

何倍もある体格の話ではない。

年老いた狐は、圧倒的な存在感を放っていた。


純白だったであろう毛並みは、血に濡れ、ところどころが黒ずんでいる。

荒い呼吸が、空間そのものを揺らしていた。


「――し、神獣か!?」


マグナが、思わず声を漏らす。


無理もない。

そこにいるだけで、魂が震えるほどの威圧があった。


「ミラルカ……人の子らを、何故ここへ?」


老いた声。

だが、芯の通った威厳があった。


「勝手な真似をして、申し訳ございません……大婆様」


ミラルカは小さな身体を縮めるようにしながら、ゆっくりと近づく。

項垂れた大婆様の額に、自らの額をそっと合わせた。


言葉のない時間。


静寂だけが、重く流れる。


「……そうですか。この子らを、助けたかったのですね」


やがて、大婆様は納得したように、柔らかな声を紡いだ。


「奴は夜に動きます。朝日が昇ったのち、この地を去りなさい」


「待ってくれ。その“奴”について知りたい」


ゾルデが一歩踏み出す。


「あなた方は、まだ奴を知らないのですね。

ならば、幻術でお見せしましょう。そうすれば、諦めも付く」


――ゴホッ、ゴホッ。


苦しそうな、激しい咳。

喋るのもやっとの様子、とても幻術どころじゃない。


「ちょっと待って! 先に傷を治そう。無視していい状態じゃない……」


「そうですよ! 私が治癒魔法を掛けます」


俺とクロエは、治癒を申し出た。

ミラルカもそうだったが、この狐たちは普通の魔物と違う。

話が通じるし、善意がある。ならば、無下には出来ない。


「残念ながら、この傷では助かりません。

これも天命――私は十分、生きました」


「大婆様……」


ミラルカの瞳に、涙が滲む。


「助からないかどうかは、やって見なきゃ分かんないでしょ」


俺は、躊躇なく歩み寄った。


近くで見る傷は――想像以上に酷い。


左脚は、あり得ない方向に折れ曲がり。

内臓への損傷も致命的だ。


生きていること自体が、奇跡に近い。


「……っ」


クロエが傷の有様を見て、言葉を失った。


「左脚は諦める。クロエ、臓器の治癒に全力を。

この生命力に懸けよう」


「――はい!」


一縷いちるの望みに懸ける。

俺はまだ、諦めちゃいない。

その姿勢が、クロエの背中を押した。

彼女は、力強く返事を返す。


「ちょっと、待ちな!」


低い声が、割り込んだ。


マグナだ。


「なんですか?」


「そりゃこっちの話だ。こいつは神獣……最低でも、それに準ずる魔物だろう。

手負いの今がチャンスだ、狩ろう」


「――は?」


一瞬で、頭が沸騰した。


「俺たちは冒険者……魔物の命を狩って、糧にしている。

それに、こいつが異変の一因かもしれねぇ」


マグナは、背負う大太刀に手を掛ける。


「アンタが神獣に執着しているのは知ってる。

だが、こんな手負いの、善良そうな魔物にまで刃を向けるのか?」


すでに、言葉の通じる雰囲気ではない。


「だったら……悪いけど見過ごせない。俺はもう、こいつらを気に入ってる」


俺も、魔剣の柄を握った。


刃が覗くと同時。

漏れ出た殺気と闘気が、周囲を震わした。


「――待て」


割って入ったのは、ゾルデだった。


「うちのパーティーリーダーはノアだ。決定権はコイツにある。

それでも反対するなら多数決にしてもらおう。内輪揉めはご法度だ」


ゾルデは双剣を構え、視線を逸らさない。

納得しないなら、力で屈服させる意思を感じる。


「わ、私はノアさんに一票です!」


「私も、ノア殿に賛成だ。この魔物たちは、我々を助けようとしてここに案内した。

仇で返すような真似は、騎士道に反する」


クロエとフレイヤは味方をしてくれた。


「ゾルデ、お前もそっち側か?」


「まぁな」


「お前も、腑抜けちまったようだな」


吐き捨てるように言い、マグナは刀を収めた。


「今は協力関係にある。お前らの流儀に従おう。

だが、解散した後、俺がどうしようと勝手だよな?」


それはつまり、あとで単独で狩るという宣言であった。


マグナは、ふてくされたように壁際まで下がると、半座になって目を閉じた。


「……堅物が」


ゾルデは、僅かに息を吐いた。

内心では、溜飲を下げたマグナに一安心していた。

借りにも、親のように思っている師匠。刀を交えたくはない。


「こんなことになって、ごめんね。ミラルカ……それに、大婆様」


警戒で毛を逆立てていたミラルカは、今は尻尾をしょんぼりと下げ、萎れている。


「良いのです。人族は元々、気性の荒い種。

我が人族の子らを食べてきたのも、また事実。

あなた方には、我を狩る権利がある」


一切の抵抗をしない大婆様は、死を受け入れた声だった。


その重い言葉に、誰もすぐには返せなかった。


「とりあえず、治療を開始します。折れた脚から血が止まらない。

そこは、切断して塞ぎます。どうか、耐えて」


頭を優しく撫でると、心地よさそうにクゥーンと一鳴きした。

そして、大婆様は静かに瞳を閉じた。


「――始めるよ」




◇◆◇




大森林は、二体の守り神の支配下だった。


土地神様と呼ばれる《蛇王バジリングル》。

そして、大婆様と呼ばれる《幻燐天狐アルルカ》だ。


蛇王は森を収め、雷獣山脈から現れる凶悪な魔物から、縄張りを守る。

大婆様は人族に友好的だ。故に、首都マテンロウ周囲の山々を収めていた。

穏やかな本質を持つ二体は、敵対することなく長き時を共に在り続けた。


この二体によって均衡を与えられたジパーン国は、大いに発展した。


人族は古くから、人柱と呼ばれる生贄を差し出した。

元より人族など食べるところも少ない。

まして、生贄に出されるのは身寄りもなく、誰にもかえりみられぬ子供が大半だった。

そんなものを、何故差し出すのか?


長い時を生きる天狐は興味を持ち、やがて人柱との会話を試みた。

彼らを理解するために、人語を覚える。


残酷な風習。

神への信仰心。


自分たちにはない文化――実に、興味深い。


アルルカ達、幻燐天狐族が人語を話せるのはその為だ。

額を合わせるだけで、思考を通わせられる彼らにとっても、人語は便利な道具だった。

やがて、幻術を改良した魔法で、人族の姿に変化へんげする術を覚えた。

遠い、遠い昔の話だ。


人族の子らは、適応力が高い。


餌を分け与え、害を与えなければ、ほどなく懐いた。

力は弱く、病や怪我で容易く命を落とす。

それでも、数十年を生き抜く者もいる。


儚い生き物だ。

そして――愛らしい生き物でもあった。


命を終えた後は、彼らの言う人柱として“喰らい”、静かに別れを済ませる。

その代わりに、魔物どもが人族の土地へ侵入せぬよう、森の均衡を保つ。

それが、彼らが望んだ取引であるはずだった。


そうしてやっていれば、また新たな人柱が捧げられる。


成体の人族は気性が荒く、懐く前に暴れてしまう。

そうした者は致し方なく殺した。

それでも――なるべく大切に育てた。

別れが寂しくなるようなほど、深く心を通わせた人柱も少なくない。


彼らは決まって、我らの頭を優しく撫でた。


小さな手で、我らの頭を――

柔らかく、慈しむように撫でたのだ。


思えば、それがどうしようもなく好きだった。


幾百年を経ても色褪せることのない、記憶。


人柱が捧げられなくなって、久しい。


だが、このノアという子どももまた、同じように撫でた。

人族に成りすます者。

だが、その本質は紛れもなく人族そのもの。

ならば、この者も守るべき対象。


すでに、我の力は失われてしまったが、せめて奴からは無事に逃がしてやろう。


それが――数え切れぬほどの人柱を捧げてきた、彼らとの盟約なのだから。



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