第72話 「力の残滓」
「正面方向に、敵――複数!」
漂う獣臭。
群れで走る足音。
地面から伝わる、重なり合った振動。
視覚より先に、情報が揃う。
俺の索敵スキルは、すでに「探す」という域を超えていた。
『超聴覚』『超嗅覚』『超視覚』が統合した――『真界感知』。
『魔力探知』『熱源感知』に新たに『振動感知』が加わり――『感覚統合・神域』へと進化した。
森そのものに、俺の神経が張り巡らされているようだ。
見逃すはずがない。
「回避行動を取る! 迂回しつつ、二時方向へ移動だ」
マグナの指示が飛ぶ。
状況と地形に応じて、流れるように進路を変えていく。
少数精鋭。
たった五人だからこそ、行動が速い。
徹底的に交戦を避け、魔力と体力を温存しつつ、最短で奥へと突き進む。
それが、この部隊の戦い方だ。
以前、ジパーン国が編成した調査隊は二十人規模だった。
戦力はあったが、動きは重い。必要な物資も必然的に多くなってしまう。
遭遇戦は増え、結果として足を止められる場面も多かった。
この鬱蒼とした大森林では、それは致命的だ。
負傷者が出始めたことで、調査継続を断念したのは必然だった。
苔むした岩場。
木の根が階段のように隆起し、地形は複雑だ。
先の見えない、腰ほどの高さの藪が至る所にある。
まさに魔物たちの楽園だ。
その楽園に――無数に踏み荒らされた痕跡がある。
魔物の大移動。
それを、否応なく物語っていた。
ジパーン国、北部で起きた異変。
逃げ出した魔物は、北以外の三方を山に囲まれた平地に流れ込み、最終的に首都マテンロウへと雪崩れ込む。それはまるで、逃げ場のない追い込み漁。
雷獣山脈の向こう、ハッシュベルト国では魔物の異変はない。
ならば、原因は――雷獣山脈と首都マテンロウの間の大森林だ。
先頭を行くマグナは、年齢を疑うほど身軽だった。
無駄のない体捌き。研ぎ澄まされた眼光。
ゾルデに似ている。
いや――ゾルデが、この男を真似たのだろう。
そして、背に負った大太刀。
まだ抜かれた姿を見ていない。
それでも、業物だと分かる。
アレは、自分が振るわれるに値する相手を待っている。
「……血と腐った肉の匂いが、強くなってる」
鼻腔を刺す、死の臭気。
夥しい数だ。
「近いみたいだな。警戒を強めろ」
マグナの一言で、全員が距離を取る。
索敵範囲を、さらに広げた。
視界の先――
飛び散った臓物。
血を浴び、赤黒く染まった木々。
まるで、雑巾を絞るかのように捻じ曲げられた死骸。
鳥や小動物が、それを啄んでいる。
「どんな魔物なら、こんな殺し方を出来るんでしょうか……」
あまりに凄惨な現場に、クロエの声が震える。
「争いの跡……いや、食い散らかした残りってところか?」
ゾルデは、眉をひそめた。
長年吸血鬼狩人として生きた彼だから、気づけた違和感。
「……まさか、血を吸ってる?」
遅れて俺も、同じ違和感に行き着く。
「吸血鬼、ですか?」
フレイヤが息を呑む。
驚くのも無理はない。普通の吸血鬼は牙を突き立てて、血を啜る。
これは、あまりに乱暴で暴力的だ。
「そうと決まった訳じゃない。血を啜る魔物は他にもいる。
だが、こんな死骸を作り出せる魔物となると……限られるがな」
魔物を締め上げ、生き血を浴びるように飲む怪力。
想像するだけで、背筋が冷える。
「答えは――先に行けば、分かるだろうよ」
マグナは淡々と告げた。
答えを知るために、この先へ進むしかないのだ。
――その時。
「……風の音?」
遠くから聞こえる、森を抜ける異様な吹き抜け音。
(こんな深い森の中で?)
近づき、踏み出した瞬間、視界が開けた。
数百メートル四方。
大木が、根こそぎなぎ倒されている。
「……馬鹿な」
その異様な光景に、言葉を失う。
広範囲にわたって、地形が滅茶苦茶に変えられていた。
「見てください――コレ!」
鱗付きの肉片が飛び散っている。
そして――巨大な傷だらけの脱皮痕。
争っていたのは大蛇か?
手がかりになればと、俺は地に残る血を舐め取った。
「――ッッ!!!」
全身を駆け巡る、雷のような衝撃。
「がっ、ぐあああッッ!!」
(――なんだこの血は!?)
喉が焼ける。
灼熱が、内側から爆ぜるようだ。
そして――荒ぶる力が、流れ込んでくる。
(こ、これは!?)
『毒耐性:極』『麻痺耐性:大』『眠り耐性:大』を獲得。
即座に統合され――『生命不侵』へと進化。
『殺意の波動』を獲得。
『蛇王の原初毒血』を獲得。
――神獣。
嘘だろ。
この血肉は、まさか神獣の物!?
「ノアさん!?」
「――どうした!!」
突然の叫び声に、全員が振る返る。
いきなり悶絶したもんだから、かなり驚かせてしまった。
「だ、大丈夫……ちょっと、この血を舐めたら、信じられないほどの猛毒だっただけ。
もう、耐性を手に入れたよ」
すでに、身体の痛みは消えた。
毒を摂取すると同時に、毒耐性も手に入れるので、基本は何とかなる。
「クククッ……ぶっ飛んだ、ガキだな」
ゾルデ達が呆れる中、マグナだけが、愉しそうに笑っていた。
「で、何か分かったのか?」
「恐らく、この血肉の主は神獣クラスで間違いないと思う。
致死性の猛毒と、殺気で相手を縛る能力を持ってる。
そして、あらゆる状態異常に耐性を持つ」
自分が手に入れたスキルから、分かっている情報を伝える。
分かるのは、あくまで人に可能なスキルだけだ。
脱皮とか、特別な肉体を必要とするスキルまでは模倣出来ない。
「時間が経ってるけど、そうとう激しく戦ったみたい。血が、凄く怒ってた」
“静かな血”の修行と共に、血から感情を読み取る修行も続けている。
日数が経っているのに、相当強い感情の残滓が残っていた。
まるで、憎悪と執念が、まだ熱を持って渦巻いているようだ。
「俺の知る限り、蛇の神獣は《地殻穿蛇ナー・ガラジャ》だけだ。
だが、地中に続く深穴が見当たらない。それとは、また別種の化物だろうな……」
マグナが答える。
「どちらにせよ問題は、それだけのヤバい魔物とやり合った相手がいるってことだな?」
ゾルデが続ける。
地形を変えるほどの激闘。
片方が喰われ、片方が手負いの状態なら理想だ。
だが、そう上手くはいかないだろう。
「皆さん! こちらに、引きずった跡が続いてます!」
倒木の向こうで、フレイヤの声。
見ると――太い、轍のような跡だ。
「いかにもだな……辿るぞ」
マグナに迷いはない。
いよいよ、間近に迫ってきた敵に、闘志を迸らせている。
「ちょっと待ってよマグナさん!
もう直、夕暮れだよ。今日は一旦休むべきじゃない?」
正直、ここに残った肉を食べておきたい。
これ以上のスキル獲得は無いが、間違いなく力は手に入る。
毒耐性の付けられない皆には、間違っても食べさせられないが、これを逃したくない。
「賛成です。吸血鬼の可能性も残っている以上、夜の交戦は裂けるべきです」
クロエも賛同する。
「ふぅ――そうだな。すまん。冷静さを欠いていたようだ」
白髪頭をぼりぼりと掻き、マグナは息を吐いた。
「今日は、ここを拠点とし休息を取る」
探索一日目。
神の庭は、酷い有様だった。
しかし、大きな手掛かりと同時に、確かな“力の残滓”を掴んだのだった。
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