第67話 「再会」
――ガラララッ!
尻尾の先端を振動さて鳴り響く、ガラガラという悍ましい警告音。
ラスティングスネークと呼ばれる大型蛇魔物は、腹部を不自然に膨らませ、サメ肌のように鋭い鱗を逆立てた。
全長十メートル弱の巨体を、叩きつけるように転げ回りながら迫って来る。
しなやかで強靭な筋肉が脈打つたびに、鱗が地面を激しく削る。
巻き込まれようものなら、一瞬で肉塊だ。
それが分かっていて、近づく程バカではない。
地面を蹴って、バックステップで距離を取る。
「――ほいっ!」
詠唱もなく、魔剣《黒崩》から放たれる血の斬撃。
顎が裂けるほど大きく口は開かれ、毒の滴る牙が覗いた刹那。
その頭部が、ずるりと音を立てて首から滑り落ちた。
断末魔すらなく、喉の奥から濁った空気音が漏れ出る。
人の胴回りほどある首を、容易く切り落とす鋭利さを――その技は持っていた。
剣技――血饜。
そもそも、この技は修行の末に会得したものではない。
魔剣の腹が満ち、血を吸い上げなくなったため、
血に塗れた刀身を清めるように、何気なく「血振るい」をした時だった。
何の力を加えることもなく、魔剣が血の斬撃を吐き出した。
今思うと、その切っ先に誰かが居たらと思うとゾッとする。
いわばこの技は、魔剣の嘔吐だ。吐血と言い換えても良い。
無理やり血を吸わせて、限界に達した状態で刀を振ると、この斬撃が勝手に放たれる。
詠唱不要。
魔力コントロール不要。
溜め不要。
それでいて、驚きの攻撃力と射程を誇る優秀な技。
当然、魔物の血だけでなく、俺の血を過剰に与えても発動できる。
夜天を閉じ込めたような黒刃に、星屑を散らしたような輝き。
それが、赤黒く変色することが、《血饜》発動の条件だ。
便利ではある。
だが、雑魚相手に血を吐き捨てるのは勿体ない。
今日だけで十分に感覚は掴めた。この剣技は封印しておく。
吸血鬼との決戦に備えて、魔物の血も石に変えてストックしておきたい。
こんなもの、あればあるだけ良いのだから。
遠くの空に、沈みかけた夕日の赤が滲んでいた。
燃え滾るかのようで――儚くも美しい原風景。
心に、確かな充足感が満ちていく。
「さてと――腹減ったなぁ」
豪華な夕飯を食べるために、街へ戻るとしよう。
たらふく食べた後は、夜勤の警戒にも当たるつもりだから忙しいのだ。
◇◆◇
「――あっ、ノアさん。おかえりなさい」
街の食事処は、どこも兵士や冒険者たちでごった返している。
その喧噪の中、木の卓の一角でクロエたちはすでに食事を取っていた。
本来の店員に加え、料理上手な女衆まで総出で、厨房は文字通りフルスロットルだ。
解体屋から次々と運ばれてくる魔物肉が、次々と豪勢な料理へと変貌していく。
「ノア、あまり無茶をするなよ? 昨日も夜戦に出て、ろくに休んでねぇだろ」
ゾルデは肉串を頬張る手を止め、眉をひそめて心配の声をかけてくれる。
「そうなんだけどさ。栄養摂り過ぎたせいか、力が溢れちゃって……。
じっとしてらんないんだよ」
身体はさらに一回り大きくなり、魔力量も膂力も確実に増している。
外見から子供の面影は薄れ、すっかり一人前の青年男性だ。
「ノア殿、このけんちん汁は絶品ですよ。さぁさ、どうぞ」
フレイヤが席に座るよう促し、茶碗によそったけんちん汁を差し出してくる。
根菜と豆腐、刻まれた謎の魔物肉。
味噌の香りが鼻腔を満たし、空腹の胃袋をこれでもかと刺激してきた。
湯気の立つ汁を、一口啜る。
「あぁ……めちゃ美味ぁ!!」
卓の隅に小さな木筒が置かれているのに気づき、パラパラと振りかける。
――唐辛子、山椒、胡麻、柑橘の皮……。
この世界の七味だ。
ちなみに、本当に七つ入っているかは知らない。だが、風味は似ている。
足した瞬間、味噌の甘みの奥に鮮烈な刺激が差し込み、輪郭が一気に立体になる。
美味しさが、明確に一段階跳ね上がった。
皿に盛られた、醤油で甘辛く照り焼きにされた牛王の肋肉も一口。
ほろりと柔らかく、骨から簡単に剥がれて舌の上で溶けた。
この国は、いわずもがな米も美味い。
牛王の牛タンが米の上に並び、どっさり刻みネギと卵黄がのってある。
醤油ベースの旨ダレを回しかけたら、一気呵成にかき込んだ。
胡瓜、茄子、大根のぬか漬けも絶品だ。
ジパーン国は想像通りの和食中心で、完全に俺の好みだ。
その後も、次々運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。
重ねられた皿は山のように積み上がり、女将さんも驚愕を通り越して満足気だ。
最後に、魔物の骨髄から取った出汁を使った雑炊で〆る。
朝夕二食は、だいたいこんな感じで爆食いだ。
そりゃ、力もつくってもんだ。
「うわっ……ノアさん。また随分と食べましたね!」
背後から女性に声を掛けられる。
「トモハスさん! それにお兄さんも――これから外で警戒ですか?」
「えぇ。ノアさん達の活躍は聞き及んでますよ。我々も頑張らねば」
黒髪を高い位置で結ったトモハスさんは、人好きのする笑顔で言った。
袴風のズボンに革の胸当て、腰には二本の刀が据えられている。
お兄さんも同様の武装で、まさに武士然とした引き締まった体躯をしている。
兄妹揃って、やたらと顔が良い。
実は昨日、街を歩いていた所を偶然再会したのだ。
見覚えのある人と台車がやって来て、荷台から味噌と醤油を運び込んでおり、すぐに分かった。
かつて体調不良といっていたお兄さんも回復し、今では冒険者と醸造商を兼業して忙しそうだ。
声を掛けた俺に気付くと、トモハスさんは抱き着かんばかりの勢いで距離を詰めて来た。
キャメル国にいたが、魔物被害を聞いてずっと心配していたこと。
ジパーン国を助けるために、遥々やってきたことを伝えた。
すると、真剣に聞いていた彼女は、静かに涙を流した。
そのまま両腕を広げ――今度こそ本当に抱きしめられる。
ゾルデは冷やかすように口笛を吹き、フレイヤは口元を押さえて目を見開いた。
クロエは……完全に思考停止した様子で固まっている。
いや、俺もさすがにびっくりしたけどさ。
だが、心配していた知り合いが無事だったのだから、それくらいのことは気にならない。
そのまま昨日は、長いこと立ち話してしまった。
「では――また!」
「拙者も失礼する」
二人は頭を下げ、颯爽と去っていく。
「うん! 俺も後で顔出すからね――!」
さすがに満腹なので、仮眠がてら食休みが必要だ。
「――!! 私も一緒に行きますからね。ノアさん!!」
クロエは鬼気迫る形相でそう言った。
――お、おう。
やる気満々だな。
夜になって急に元気になるとは、やはり吸血鬼らしい一面もあるようだ。
◇◆◇
夕食を終え、俺たちは拠点として借りている空き家へと戻る。
宿屋に泊まったのは初日だけだった。
俺たちの働きと、そしてゾルデの肩書を知るや否や、街の役人が「ここを使ってくれ」と空き家を差し出してきたのだ。
――こういう時、ゾルデ様様だな、と心底思う。
夜の街はまだ騒がしい。
いつ警鐘が鳴るか分からない緊張感が途切れることはなく、灯りの下を人々がせわしなく行き交っている。
そんな帰り道。
前方から、ひときわ目を引く老人が歩いて来た。
背中には、尋常ではない存在感を放つ大太刀が背負われている。
(おわっ……強そうな人だな)
国中から猛者も集まっているので、こうした熟練者は少なからず見かける。
もちろん、声をかけることなどない――はずだった。
すれ違いざま、ゾルデがふと足を止めた。
「……マグナ?」
次の瞬間、確信を込めて名を呼ぶ。
「マグナ・グリムアントか?」
呼ばれた男が、怪訝そうに眉を寄せ、こちらを振り返る。
「んっ――誰だ、お前ぇ?」
男の目が見開かれた。
「まさか……ゾルデか?」
低く、噛み締めるような声。
その場の空気が、微かに張り詰める。
――かつて、ゾルデを育て上げた男。
剣を教え、生き方を叩き込み、その背中を見せ続けた存在。
マグナ・グリムアント。
遠い異郷の地で、二人は偶然にも再会を果たしたのだった。
そろそろブックマーク・高評価が欲しいなぁ。




