第66話 「首都マテンロウ」
遠くの山の稜線から見下ろし、俺たちはようやく首都マテンロウをその眼に捉えた。
中央に白亜の天守閣。
それを囲むように広がる城下町が広がっている。
碁盤目状に整えられ、日本の古都を彷彿とさせる造りだ。
その凛とした佇まいの景色から、幾筋にも白い煙が立ち上っている。
漆喰の白壁に、黒い瓦屋根。まさに一枚の壮大な墨絵のようだ。
春先の穀倉地帯は、淡い若緑に覆われている。
背丈の低い苗が一面に揺れ、土と水の匂いが風に混じった。
山から湧き出た水は用水路を通って平野を巡り、この広大な穀倉地帯を潤している。
北を除く三方は山に囲まれ、天然の防壁を成す。
東西南北の街道が交差する“結び目”であり、この国の要と呼ぶに相応しい立地だ。
――美しく、荘厳。
だからこそ。
もし、この地が魔物の手によって落とされたならと思うと、背筋が冷える。
馬車を進め、距離を詰めるにつれて、山の上からでは分からなかった細部が見えてくる。
田畑は所々掘り返されたように荒れ、何かが暴れ回ったような轍が無数に残されていた。
男衆が魔物の死骸を解体し、次々と街へ運び込んでいる。
漂うのは、血生臭い腐臭と、焼け焦げた鼻をつまみたくなる悪臭。
すれ違う人々の多くは、藍色の袴風のズボンに胸当てや肩当、籠手などを身に着け武装していた。
数えきれぬ人員が、この国の生命線である田畑を守るために配置されている。
首都マテンロウを囲む防壁は、今なお堂々と聳え立っている。
だが近づくと、応急修理の跡と、乾ききらない血の染みが否応なく目に入った。
槍を手に持つ兵士たちの顔には、疲労が色濃く刻まれている。
終わりの見えぬ戦いに、この都は確かに削られていた。
「お~い! お前ら、見ない顔だがどこから来た?」
ゆっくりと進む馬車から、辺りを覗いていた俺達を見て、兵士たちが声をかけてくる。
全身は土と血で汚れボロボロだ。返り血を浴びた服はすでに乾いている。
何日も風呂に入れていないのだろうか、酷い有様だ。
「隣のキャメル国からだ。俺たちは全員冒険者。微力ながら助力するつもりさ!」
ゾルデがそう告げる。
「本当か! ありがてぇ!」
それを聞いた兵士の顔に、はっきりと喜色が浮かんだ。
猫の手でも借りたいほど、切実なんだろう。
まぁ、俺たちの戦闘力は“虎の手”といっても過言ではない。
持ちこたえてはいる様だが、兵士たちは満身創痍。
俺たちの旅路も楽ではなかったが、はやく助太刀してやりたいと、やる気がもりもり湧いて来る。
城門は開かれていたが、両脇と塀の上には厳重に門兵が配置されている。
同様に助力のために来たことを告げると、もろ手を挙げて歓迎された。
馬車の預け先や宿の場所を聞いて、街中へ入ろうとした――その時。
――カン、カン、カン!!
けたたましく鐘の音が鳴り響いた。
物見やぐらの上で望遠鏡を覗く男が、声を張り上げる。
「北東より魔物!! ――数は、三体!!」
怒号は瞬時に伝播し、配置されていた兵士たちが一斉に動き出す。
網目状に張り巡らされていた兵士たちは、あれよあれよの間に敵を囲みに行く。
すぐさま、助太刀に駆け出したが、数度の爆音が後、すでに戦闘は終わっていた。
倒れていたのは、三体のレッドオーク。
脅威度としては大したことのない弱い魔物だ。通称豚肉。
だが、そんな相手でも、田畑は荒らされる。
兵士たちは良い手際だが、魔力の消費は激しいようだ。
急ぎ対処を迫られるため、余計に皆が肩で息をしていた。
一段落して、今度こそ城下街に入ろうと思ったら、またしても鐘が鳴り響いた。
(――おいおい、冗談だろ?)
いつまでも、街に入ることすらままならない。
この国に足を踏み入れる者への容赦ない洗礼のような状況に、先を思いやられたのだった。
◇◆◇
「――来たよ! 二時の方角、ゴブリン四と牛王だ!」
氷魔法の氷柱によって出来た、即席の矢倉の上から敵の報せをする。
ゴブリン――それも、冒険者の死体から奪った装備品を身に着けている。
いわゆる、山賊ゴブリンだ。通常種よりも知能が高く、仲間との連携を行う。
武器も持っているため、単体でもCランクに格上げされた存在だ。
そんな四体が、暴れ狂った牛王から必死に逃げ惑っている。
頭部から異様に捻じれた双角。全長五メートルほどの黒鉄のような筋肉の塊。
その片角には、すでに貫通されて息絶えたゴブリンが串刺しにされたままだった。
「ノア――! 先に雑魚を潰す。お前は、牛王の足止めだ!」
ゾルデたちは、まずは逃げ惑う山賊ゴブリンたちを狩るようだ。
俺は地上に飛び降りると、水魔法を広げて足場をぬかるみに変える。
構うことなく突っ込んでくる牛王の足元を、解き放った冷気で凍り付かせた。
自らの勢いを殺しきれず、盛大に転倒した牛王は、脚を変な方向へと折り曲げ、骨を突き破りながら悶えた。
「ごめんね……」
足止めのつもりだったが、酷いことになった。
これ以上苦しまないように、速やかに介錯を行う。
抜刀した魔剣《黒崩》にて、丸太のように太い首を一太刀で断ち落とす。
振り返ると、ゾルデたちは各々、身体強化魔法を纏った剣術だけで圧倒していた。
ゾルデは、クロードとの戦いを経て、死線を彷徨った後から一段と鋭さを増した。
双剣《雷哭》を振るう速度は常軌を逸しており、ゴブリンは自分が斬られた事実すら理解し終えないまま頭部を地面に転がしていた。
クロエは、血液魔法による身体強化の上昇幅が甚だしく、蝶の舞のような戦闘を見せる。
相手の動きを完全に読む眼も併せ持ち、その戦闘は美しさすら感じる。
人外の怪力と速さ、要所要所で繰り出す血液魔法のコントロールも跳ね上がっており、もはや別人だ。
フレイヤは言わずもがな、その剛腕で大剣を軽々と振り回し、山賊ゴブリンを武器ごと叩き切っている。
噴き出す鮮血を見て、恍惚とする様は貴族令嬢とは思えない。
最後に残った四匹目のゴブリンは、その高貴なるお方の手によって屠られていた。
皆、頼もしい限りだ。
「全員無事だな? 魔力の消耗を抑えられている。だが、もうすぐ日没だ。
死骸を回収しつつ帰還するぞ」
ゾルデの指示の下、手伝いに来た低ランク冒険者と共に死骸を解体して街に戻る。
夜になっても魔物は現れるため、夜勤組と交代という訳だ。
無論、夜勤組の方が視界は悪く、危険度も跳ね上がる。
――昨日は、首都マテンロウに着いてから散々だった。
魔物を蹴散らし、日が暮れる前にようやく街に入って馬車を預け、宿を取った。
活躍を聞きつけた兵士の上官に呼び出され、助力の件を正式に伝え、大歓迎され今日に至る。
まず、広大な田畑を守るために、一定間隔で矢倉の建築が急がれていた。
しかし、こうも魔物の襲来があっては、作業が思うように進まない。
そこで俺が氷魔法による足場を構築し、速やかに木材で囲って、即席ながら実用に足る見張り矢倉を量産した。
その間、他の三人は――城壁周囲から離れた最北端。
すなわち、真っ先に魔物と接触する最前線を引き受けて、戦いに明け暮れていた。
昼過ぎに俺も合流し、以降は先のような形で淡々と敵処理に追われている。
長期戦闘を想定し、可能な限り体力と魔力を温存した戦闘法だ。
Aランクの魔物――石殻サイクロプスが現れた時も、俺たち四人が揃えば脅威とはならない。
連戦続きで疲弊しきっていた兵士たちにもゆとりが生まれ、交代で湯屋に行ったり休息を取らせることが出来た。
俺たちの冒険者パーティー《サンライズ》は瞬く間に街中へと轟き、すれ違う兵士や市民からは尊敬の眼差しを向けられている。当然、まんざらでもない。
街では、食べきれないほどの魔物肉で溢れ返っていた。
女衆の手によって、様々な料理に変貌を遂げたそれらを、腹ペコの俺たちが遠慮なく貪り食う。
スキルにより毒耐性持ちの俺は、廃棄されるような魔物の肉も積極的に味見していった。
あわよくば、新たなスキル獲得を狙ってのことだ。
数えきれない種類の未知なる魔物を喰らい、血肉へと変えていく。
主要な魔法はすでに習得済みだが、思わぬところで知られていないスキルは手に入るものだ。
《振動感知》《天候予知》などの新しいスキルが、まさにそれだった。
これ以上ない強くなるための環境で、俺たちは着実に力を蓄えていった。
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