第65話 「過酷な旅路」
「……酷い」
関所を抜けて数日。
魔物に襲われ、荒廃した村の情景を見て、クロエは呟いた。
空へと立ち昇る黒煙と、血の匂いを感じて走ったが、すでに遅かった。
引き裂かれた家屋の残骸。焼け残った梁から、まだ温い煤の匂いが鼻を刺す。
実りを見せていた田畑は無残に踏み荒らされ、至る所に男の死骸が転がっている。
農具を持って抵抗したのだろうが、主を失った鍬や鎌が、血と泥に沈んでいた。
百人未満の小さな村で、その魔物は死骸を貪り食っていた。
眼が異様に大きく、半ば飛び出すようにギョロギョロと眼球を動かしている。
四足歩行のそいつは、全長四メートルほどの体躯で犬のようにも見える。
道の中央に陣取っていた狛犬似の魔物は、人の血と脂で湿った毛並みを、だらしなく垂らしていた。
「……まだ、生きている人たちもいる。家の中で隠れてるみたいだ」
音や匂い――探知系のスキルで、周囲を探る。
確かに人の気配はある。皆、息を殺すように潜んでいる。
完全に手遅れという訳ではないようだった。
「なら、すぐに駆除しましょう!」
フレイヤは、背中の大剣を抜き放つ。
それを見て、狛犬魔物はようやく重い腰を上げた。
歯を鳴らし、唸り声を上げながら口内に火炎を溜め始めた。
一瞬の煌めき。
剣を構えるクロエとフレイヤの間を、雷光が通り過ぎた。
ゾルデがナイフを一本投げ、的のように無防備な眼球を突き刺す。
悶えて苦しむ魔物の前脚を、クロエが剣で切り落とす。
悲鳴にもならない声が漏れ、ガクリと態勢を崩したところを、フレイヤの大剣が脳天をかち割った。
熟れたザクロのように赤が飛び散る。
――これで何匹目だ?
街道沿いはもちろん、街や村にまで魔物が溢れている。
首都マテンロウの周辺からは、冒険者を根こそぎかき集められている。
故に、こういった魔物被害に対処するだけの余力が、地方都市には残っていない。
まして、こんな小さな村なら尚更だ。
このBランク程度の魔物一匹で、平和だった日常は跡形もなく破壊されてしまった。
俺は、魔物の死骸に魔剣――《黒崩》を突き立てて、血を吸い上げる。
アズラ深淵四刀の一本であるこの太刀は、本来なら血に飢えている。
こうやって定期的に血を吸わさなければ、戦いで力を発揮してくれないじゃじゃ馬だ。
そんな魔剣が、すでに腹が一杯になるほど血を浴びていた。
魔物に遭遇する頻度は、首都を目指すほどに増している。
もしかしたら、首都に着くころには魔物被害も終結しているではないか?
そんな淡い期待は、すぐに砕け散った。
とんだ夢見がちな、脳内お花畑野郎だったようだ。自分自身に腹が立つ。
魔剣がこれ以上血を吸い上げないので、余った血液は“血の石”へと凝集してしまう。
勿体ない精神で魔物の血液を固めて集めているが、血の石もだいぶ集まった。
小袋の中では、紅に輝く綺麗な小石たちがジャラジャラと音を鳴らした。
それらを固めて出来た、深紅のブレスレットもあるし、相当な量になったもんだ。
「何度見ても凄いですね……それ」
俺が血の石を構築する様子を見て、クロエは感嘆の声を漏らす。
フレイヤにも、俺とクロエが半人半魔の吸血鬼であることはバレてしまったので、隠す必要もなくなった。なので、堂々と血を操作しているのだが、驚いたのはむしろクロエのほうだった。
「慣れれば、そう難しいことじゃないんだけどね?」
相手の血液に自分の魔力を流し込み、操る。
クロエは魔力コントロールが繊細だから、簡単に出来そうなものなのだが、出来ないらしい。
「例え自分の魔力を流し込んだって、他者の血を操るなんて有り得ない!」と彼女は慄いた。
まして、そのまま血を石のように圧縮して固めるなんて神業のようだと言う。
自覚は無かったのだが、クロエに褒められると心がポワポワするので嬉しい。
そんなやりとりをよそに、いきなりゾルデが大声を張り上げた。
「――村を襲った魔物は討伐した!!! よければ、顔を出して欲しい!!!」
魔物を討伐しても、一向に現れる様子のなかった村人たちが、ようやく三々五々に現れる。
そして、殺された農民の家族と思わしき者たちは、その凄惨な有様を見て酷く取り乱した。
膝から崩れ落ち、欠損によって原型をとどめていない身体は、抱きしめることすら許さない。
大切な家族を奪われた悲痛な叫びは、耳にこべりつき、どうしようもなく心を凍らせた。
ゾルデは、他に魔物被害がないことを確認。
その後、動ける者たちに指示をだし、魔物の死体などの処理も教えていく。
ほっとけば腐乱臭が漂い、血の匂いに誘われて新たな魔物をおびき寄せることになりかねない。
魔石だけを繰り抜いた後、薪で囲んで燃やしてしまった。
俺は燻っていた家屋の消火活動を真っ先に指示された。
水魔法はこういう時に役に立つ。
これ以上、村に被害を出さないためにも、残り火がないよう念入りに水を掛けた。
一仕事終えて、クロエたちに合流する。
彼女は怪我を負っていた人たちへと治癒魔法を掛けて回っていた。
どうやら、この狛犬魔物が現れる前にも、他の魔物への対処で怪我人が出ていたようだ。
治し切らなかった傷には、すり潰した薬草を乗せて、丁寧に包帯で保護していく。
薬草特有の、鼻を突くようなスースーした青臭い香りが辺りを漂う。
抗炎症作用だけでなく、微弱な鎮痛作用も併せ持つ薬草は、大陸中どこにでも自生しているわりに有用だ。
脈打つような痛みが次第に鈍い痺れへと変わり、
熱が引いていくのを実感したと、怪我人たちは口々にしていた。
献身的に働くクロエは、まさに聖母のようだ。
その様子に、男どもが鼻の下を延ばし始めたので、俺が交代して早急に治してやった。
治癒魔法の腕は、まだまだクロエには負けない。
駆け出し冒険者の彼女は、初級魔法――《ルミナヒール》しか使用できない。
それでも――男たちからは、あからさまに残念な顔をされたのは、どうにも不服である。
クロエはそんな様子に気づくこともなく、中級治癒魔法を習得するために俺の手技に釘づけだ。
「深き傷を光の雫で埋めよ――《エクスヒール》!」
無詠唱でも出来るが、クロエのためにあえて詠唱もしながら見せてやる。
とんでもない集中力だ。
彼女は人助けに熱心だし、魔力コントロールが上手いから治癒魔法に向いている。
治癒魔法使いなんて、なんぼ居たっていいんですからね!
修業し、実戦経験を積み、次の戦いへフィードバックしていく。
戦いの連続の旅は、俺たちをさらに強くするだろう。
◇◆◇
その日はもう良い時間だったので、早めに休んで一泊することにした。
二頭の馬――マキバオーとカスケードは体力があり、予定よりも早い進行を可能にしていた。
ここいらで、しっかりと疲れを取るように労ってやる。
馬だって動けば汗をかく。
そのままほっておくと風邪をひくため、手ぬぐいなどで丁寧に拭いてやる。
水もたっぷり与え、大好物のニンジンを取り出すと、二頭は競うように鼻を鳴らし、落ち着きなく蹄を踏み鳴らした。――可愛い。
旅の道中で人に会うたびに、俺は魔物の動向だけでなく、知り合いについても尋ねていた。
かつて味噌と醤油を売りに出ていた女行商人――トモハスさんだ。
この国の出身とは聞いていたが、どこの街を拠点としているかまでは聞いておかなかった。
おかげで、今彼女が無事なのかは見当も付かない。
たしか、Bランク冒険者とは言っていたから、首都マテンロウの防衛に駆り出されている可能性は高い。
味噌と醤油の製造も、首都が一番活発と聞いたので、そこが出身でもおかしくない。
彼女の心配は尽きないが、どこかで巡り合えるのを信じるのみ。
「またいつか会おう」別れの際のありきたりな約束は、月並みな言葉であっても、反故にするつもりはない。そのためにも、どのみち俺に出来ることは、目の前の魔物を減らしていくことだけだ。
――翌朝。
夜明け前の冷気が薄い霧となり、村全体を白い帳で包み込む。
ゆっくりと昇り始めた太陽の光が、霧の粒子に乱反射し、視界を淡い真珠色に変えていく。
厳かな静けさ。世界がまだ目覚め切る前にもかかわらず、俺たちは出立の準備を整える。
あと二日もせずに、目的地へと辿り着く。
逸る気持ちを抑え込み、黙々と旅路を進むのだ。
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