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第64話 「関所を越えて」


「お前ら、いよいよジパーン国との国境だ」


馬車を走らせていた、ゾルデの声。


閉じていた瞼をゆっくりと開くと、研ぎ澄まされていた五感が現実の色を取り戻す。

結跏趺坐けっかふざを解くと、一つ大きな伸びをした。


俺の目の前には、なおも新円を描きながら浮き続ける一滴の血があった。


ジークハルトとの再会から五日目。

“静かな血”の修行も、おおむね順調だ。

ここまで出来たなら、次の段階に進んでも良いだろう。


クロエも、ここ数日――俺を真似るように修行に臨んでいたのだが、

正直――俺よりも断然センスが良いらしい。

昨日の段階で、次の修行を開始している。悔しい。


視線をやると、一見して同じように一滴の血液を浮かしているのだが、

そこに注ぎ込まれた魔力量は、俺の数倍だ。

限界まで魔力を注ぎ、それを維持する。

暴れそうになる血を静めるのは、さらなる集中力と魔力コントロールが求められる。


クロエは、すでにそれも出来ているように思う。

可愛いのに、末恐ろしい。


ジークハルトから、いくつか手ほどきを受けていたようだが、たった数日で化けた。

嬉しいような、悲しいような、だ。


「運転ありがとうございました。ゾルデさん!」


「任せっぱなしで、悪いね。ゾルおじ」


旅の道中、馬車の運転はゾルデがほとんどやっている。たまにフレイヤと交代するくらいだ。

その間、俺とクロエは荷台で、血液魔法の修行に専念させてもらった。

もちろん、何もしていない訳ではなく、食事の準備と馬の世話は俺たちの仕事だ。

マキバオーとカスケードと名付けた二頭の馬は、俺たちにとてもよく懐いている。


「気にするな。それより、まずはキャメル国を出国する手続きだ。

そのあとは、少し先でジパーン国に入国することになる。

お前らは、ただ俺についてくればいい」


ゾルデが顎で示した先。


舗装された石の街道の先には、石を積み上げた立派な関所が建っていた。


――おぉ!


そういえば、前にこの国に入った時は、意図せず密入国だった。

衛兵に身分証となるギルドカードを見せたりするのは、新鮮だ。

出国する際には、別に金を求められることもなく、拍子抜けするほどあっさり通してくれた。


すると、ほどなく見えたのは川だ。


なるほど、この川を国境にしているのか。

自然が引いた線――人間が「ここから向こう」と決めるには、実に都合のいい存在だ。


ここに立って初めて、川の両岸に向かい合うように関所が建っていたことを知る。


不思議なことに、互いの建物はよく似ている。

高さ、構造、配置。

敵対しているわけではなさそうだが、均衡だけは崩さない。

どちらかが大きくすれば、相手も同じだけ大きくする。

その無言の張り合いが、石の厚みに表れている。面白い。


川に架けられた一本の石橋。その中央には、何もない。

いや、正確には――どちらの国にも属さない場所があった。


「こういった関所と関所の間はな、緩衝地帯と言ったりする」


ゾルデが低く言った。


「揉め事が起きれば、どちらの国も関知しにくい。だからこそ、無茶が出来る。

いわば無法地帯だ。気は抜くなよ」


たったそれだけの忠告で、俺の中の血が少しだけざわついた。


――ふぅ。俺もまだまだだな。


ジークハルトも言っていた。

緊張や恐怖、そして痛み。

普段は血を自分のモノに出来ていても、簡単に動じる。

だからこそ、難しいのだと。


「と、まぁ――脅しはしたが、ここは川を挟んでいるし大した緩衝地帯じゃない。

場所によっては、数キロに及ぶ緩衝地帯があって、そこに無法者共の隠れ家なんかがあるのは事実だがな」


そういって、ゾルデは意地悪く笑った。




◇◆◇




石橋を渡って川を越えたら、ジパーン国側の関所は目と鼻の先だった。


こちらの関所も、キャメル国側とよく似ている。

赤褐色の石で組まれた壁には、風雨に晒された痕跡が刻まれ、長く厳しい国境の歴史を物語っている。


槍を携えた兵士が数名、こちらを値踏みするような視線で見据えた。


「止まれ」


低く、警戒心を隠そうともしない声。


「入国者か。お前たちは、我が国になに用だ?」


視線が、俺たち一人ひとりをなぞる。

武装、馬車、人数。

荷台に積まれた物資と、女性二人の顔ぶれを見て、眉がわずかに寄った。


「最近、魔物どもが活発化している。

貿易もままならぬことを、知らぬわけではあるまい?」


眉根を寄せ、険しい口調。


それに堂々とした態度で、一歩前に出たのはゾルデだった。


「承知している。だからこそ、だ」


ギルドカードを二本の指で挟み、差し出す。


「俺たちは冒険者だ。

ジパーン国で発生している魔物被害の討伐に、助力しに来た」


兵士がカードを受け取り、目を落とす。


――次の瞬間。


空気が、はっきりと変わった。


「……Sランク!? ぞ、ゾルデ・グリムアント!!」


声が、わずかに裏返る。


兵士は慌てて姿勢を正し、カードをもう一度見直した。

その視線が、ゾルデの顔へと跳ね上がる。


「し、失礼しました……!

貴殿が、かの有名な雷帝殿でしたか!」


その声に、周囲の兵士たちも、ざわりと動く。


――すげぇ。

まさか、ゾルおじがそこまで有名人だったとはな。


続いて、俺たちも順にギルドカードを提示していく。


「君も、その歳でAランクなのか……!?」


俺のカードを確認し、目を見開く。


おぉ、Aランクともなると、そういう反応されるのか。

……気持ちいい。


「さらに……Bランクが二名」


若い女性二人も、Bランクであることに舌を巻く。

先ほどまでの訝しみは消え、代わりに浮かんでいるのは、

驚愕と、そして――安堵。


「失礼を申し上げました。

今のジパーン国にとって、あなた方の戦力は……非常にありがたい!」


兵士は深く一礼する。


背後の兵士たちの表情も、明らかに和らいでいた。

警戒する目ではなく、縋るような期待の目だ。


「もちろん、入国税は不要です。

まさか、他国からSランク冒険者のゾルデ殿に応援に来て頂けるとは……!」


「それは、ありがたい。厚意、感謝する」


軽く頭を下げる、何気ない仕草ひとつにも、貫禄があるように見えてきた。


「だが、ここを通る前に、あなた達の知る情報を教えていただきたい。

なにぶん、甚大な魔物被害としか聞き及んでいないものでな」


ゾルデはすかさず情報収集に入った。


とりあえず、主要都市を目指しながら情報を集めるつもりだったが、ここはまさに最適な場所だ。


「もちろんです!

詳細までは届いていませんが、それでもお伝えできる範囲であれば!」


兵士は一度、言葉を選ぶように息を整えた。


「魔物どもは、首都マテンロウの北側から攻めて来ています。

そのため、雷獣山脈の麓に広がる大森林から、来ているものと思われています」


「原因は不明らしいが、強力な個体の出現か、魔物の異常増殖って噂だぜ」


別の兵士も、自分たちが聞き及んだ情報を口々に伝えてくる。


「首都マテンロウか……それは、どんなところだ?」


「マテンロウは、この国の中央に位置する、いわば要です。

東西南北の主要街道が交差する結び目であり、巨大な穀倉地帯を守るような立地にあります。

税として集めた穀物の集積所でもあるため、ここが落とされようものなら、大飢饉は避けられません……」


「守る土地がデカすぎるのに、魔物は後から後から湧いて来るらしい。

もちろん、すぐに各地から戦力を集結して対処しているから、すぐには落とされないだろうが。

未だに、収拾の目途は聞こえてこねぇ」


ここの関所の兵士たちも、最低限を残して首都への応援に戻されているらしい。

街は、魔物から守るために立派な防壁があるため、よほどのことでは落とされない。

だが、田畑を荒らされるのを防ぐために、結局は外に出ない訳にはいかないのだ。


止まらない情報を、真剣に受け取っていく。

そして、おおよそ聞き終わった。


「貴重な情報だ。助かった」


ゾルデが静かに頷いた。


「いえ……こちらこそ」


兵士は、ほんの一瞬だけ視線を伏せる。


「この先、決して平穏とは言えませんが……ご武運を!」


関所の番人たちに見送られ、俺たちは進む。


この国は、今まさに助けを求めている。

そして俺たちは、その渦の中心へと、足を踏み入れたのだった。



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