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第63話 「変態再臨」


――聖域には、吸血鬼の始祖が眠っている。


今では忘却の都と呼ばれるようになった《アグリオン》では、

その王の目覚めを待つかのように、多くの吸血鬼が集結している。


魅惑の夜候クロードの派閥は壊滅。

血薔薇の女王の派閥にも、多少の痛手は追わせているものの、今なお数は多い。

野良の吸血鬼たちも合わせれば、その数は五十体にも達しているという。


ジークハルトのもたらした情報はデカい。


「見直したぜ、ジークハルト。

まさか、吸血鬼どもの総本山をばらすとはなぁ?」


あのゾルデも、隠しきれないほどご満悦だ。


焚き火の赤を映した鋭い眼が細められ、嬉しそうに無骨な口元が吊り上がった。


「今後の最終目標が見えたね。

ジパーン国の魔物被害を収拾したら、ハッシュベルト国に戻って戦力を整える。

そしたら、忘却の都アグリオンへと襲撃、って訳だ?」


いつも襲われる側だが、今回こそ襲撃を仕掛ける側に回れる。

とはいえ、五十体規模の吸血鬼相手となれば、相応の戦力でもって臨まなければならない。

生半可な戦力で臨めば、返り討ちは目に見えている。


「あぁ……! 交易都市に着いたら、すぐさま聖銀旅団へと手紙をしたためる。

俺たちがジパーン国へ行っている間にも、リゼンたちに準備を進めてもらおう」


ゾルデの脳内では、すでに戦力配分、物資、進軍経路、日程――

戦の算段が目まぐるしく回っているのだろう。


滲んだ闘志を隠しきれず、その眼は爛々と輝いていた。


「その作戦が成功すれば、本当に悪しき吸血鬼の根絶やしも夢ではありませんな、ゾルデ殿!」


戦闘狂のフレイヤも、完全に火が付いている。

血沸き肉躍るとは、まさにこのことだ。


敵の強大さに素直に慄いているのは、俺とクロエだけのようだ。

二人の物怖じしない様子に、ちょっと救われる。


「――して、主よ。

今後は、わたくしはどのように動けば?」


未だ地面に膝を付いて、指示を待っているジークハルト。

その姿は、まるで忠実な騎士のようにも見える。


「う~ん。大まかな場所は分かったけど、正確な場所まで知りたい。

それと、道中に人間たちが気づかれずに近づけるように、良さそうなルートも下見して欲しい」


「それと、可能な限り決戦までに敵の数を減らしたい。誘い出しは可能か?

他にもニコラとかいうクソ野郎の居場所や、他の最上位種の動向も知りてぇ」


知りたいこと、やりたいことなどを挙げれば、きりがない。

だが――


「――お任せください! 必ずや、そのすべてを果たしてみせましょう!」


ジークハルトは嫌がる様子もなく、俺たちの頼みを喜々として受け入れた。


……どうしよう


変態であることなど、忘れてしまいそうなほど頼りになる!







一通りの話し合いが終わり、ジークハルトは速やかに依頼遂行のため旅立とうとしていた。


「あっ――そうだ!」


その背に、ふと思い出した疑問を投げかける。


「実は、血液魔法についていい修行法とかないか聞きたかったんだよね。

ジークハルトって、なんか血の扱い方が凄いじゃん?」


師匠になる者などいないと思っていたが、そういうばコイツがいたのを忘れていた。


俺の見立てでは、ジークハルトは本当に人間の血を吸っていない。

そして、体内にもそう多くの血液を貯め込んでいない。


――にも関わらず。


その僅かな血液だけで、普通に俺たちと互角に渡り合ってみせた。


先ほども突然現れて、びっくりして攻撃してしまったが、一瞬で生み出した小さなナイフ一本で全てを捌かれている。

桁違いの技量だ。コイツ以上に、指導者としての適任はいない。


「なるほど!

それで宙に血剣を舞わせていたのですか……あれは、修行の一環だったのですね?」


実は木の影で、数時間ほど俺たちの様子を伺っていたらしい。

ストーカー気質が垣間見えてシンプルに怖い。

気配の断ち方も上手すぎるから、余計に厄介だ。


クロエとフレイヤも戦慄している。


「主の血液魔法なら、すでに相当な域に達していると思いますが……。

そうですねぇ~」


両腕を組み、眼を閉じ、しばし考え込んだ末――


「――そうだ! わたくしのことを殴るというのはどうでしょうか!?」


名案とばかりに、晴れやかな顔。


すべの好感度を台無しにする発言に、俺もまた戦慄したのだった。




◇◆◇




――いや、待て!


この有能で忠実なる男を、卑下するには早計だ。

少なくとも、思考なき狂人ではない。


何かしら意図しての発言かもしれない。


「それは……お前の被虐趣味か? それとも真面目な修行か?」


「――半々ですね」


……くっ! 五割!

許せるか許せないかの絶妙なライン。


「……そうか。

始める前に、その……意図を聞かせてもらおうか?」


殴ることが修行になるとは一体どういうことなのか。

コイツなりの理論があるはず。

それを聞く前に、頭ごなしに否定するほど、俺は短慮じゃない。


「あの時――主に殴って頂いた時に、新たな扉が開けたのです。

死に瀕した身体、そこから生きて戻れた細胞の歓喜!

わたくしの耄碌もうろくした脳が、痛覚と快楽の境界を越え、喝采に打ち震えました。

ぜひ、今一度あの痛みを……いえ、あの祝福を頂きたく!

あの感覚が未だ忘れられないのです!!」


「待て――違う。そっちは聞いてない。

俺が悪かった。本当に悪かったから……修行の意図の方を頼む」


「あぁ、なるほど」そう言わんばかりに、ジークハルトは微笑んだ。


どうしよう……想像より重症だった。

筋金入りの変態。苦痛を糧にする倒錯者を、俺は造り上げてしまったのか……?


自分が犯した取り返しのつかない罪の重さに、軽く目眩を覚えていると、

ジークハルトは泰然と話を続けた。





ジークハルト曰く。


別に殴る行為に深い意味はなく、本質はあくまで血への解釈の違いを伝えるための手段だったそうだ。

あわよくば殴られたいだけ、という本音も白状した。


――コイツ!


血液魔法は「血を使う魔法」じゃなくて、「血と会話する魔法」だそうだ。

力でねじ伏せれば、一時的には形になる。だが必ずどこかで破綻する。


「大量の血を動かすのは、二流のやり方です」


そう言って、彼は自分の指先から滲んだ赤を、ぽとりと落とした。


――その雫は、地に落ちることなく空中にピタリと留まる。


「一滴です」


血は歪まず、ほぼ完全な円を描いていた。

焚き火の熱にも、夜風にも引っ張られず、震えない。


「これを、形も位置も変えず、一時間保ってみましょう。

それが出来て、ようやく“入口”です」


俺は喉を鳴らした。

正直、派手さはない。

でも、ここまで繊細な操作を俺は出来ない。


「血は道具ではありません。体の延長……いえ、もう一つの感覚器官です。

視覚や聴覚と同じように、血もまた“感じて”います」


血は嘘をつかない。

喜び、怒り、悲しみ、不安――感情はすべて、流れに滲んでいる。

真に研ぎ澄ませば、相手の体内を巡る血からさえ、それを読み取れるようになるでしょう。


「だから、主。

血が騒いでいるうちは、決して精密な操作は出来ません。

ましてや、会話など不可能」


静かな血。

澱まない血。

それを扱えるようになれ、と。


「……そんなこと、本当に出来るようになるの?

俺は、まだ血を感じることも出来ていないんだよ」


素直に、不安を吐露した。


今まではなるべく多くの血を蓄えて、操作し、時に魔力に変換していただけだ。

ただの道具であり、力。それが俺の持っていた血への解釈。


ジークハルトの立つ場所は、あまりに遠い。


「安心してください。

今はまだ分からないでしょうが、必ずや主なら理解できます」


そう告げる声に、迷いはない。


「血に選ばれた貴方様ならば……必ずです」


その眼差しには、確かな確信があった。

そして、心を震わすような、温かな希望が宿っていた。


「では、次に会う時までに、どれほど成長したかを知りたいので……」


危険な前置きに、嫌な予感を感じる。


「一発頂いてもよろしいでしょうか?」


――やっぱりか。


だが、そのブレない姿勢と俺の道標になってくれたことに免じて、

俺は今できる最大の一撃をお見舞いしてやったのだった。



頼れる変態。


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