第62話 「闇への道しるべ」
ジパーン国へと向かう道中は、馬車を用意してくれた。
四人がゆったりと座れる対面座席を備えた、オーソドックスな造りの幌馬車だ。
雨風を防げるそれは、野営の負担を劇的に減らしてくれる。
御者台の前に繋がれている馬は、魔獣の血を引いており、一般的な馬よりも一回り大きい。
光沢のある黒毛は手入れが行き届いており、大地を蹴る蹄音は力強い。
性格は温厚で賢く、多少の魔物の奇襲程度では動じない胆力も持ち合わせている。
長距離移動も苦にしない、頼れる旅の相棒たちだ。
まずは交易都市ハルバードへと三日で戻り、そこから五日かけてジパーン国へと向かう。
ジパーン国は、この世界の味噌と醤油発祥の地。
そこで魔物被害を収集しつつ、吸血鬼との決戦に向けて力を蓄える。
“闇夜の宴”への猶予は三ヶ月。
三ヶ月経てば、赤月が天に満ち、吸血鬼の王が目覚める。
吸血鬼総出で吸血行動を開始し、そして次なる眷属をつくる儀式。
それだけは、絶対に阻止しなければならない。
病み上がりのゾルおじに御者を任せ、俺は黙々と魔力コントロールの修行を行っていた。
血液魔法、五大属性、氷魔法、影魔法――その全ての練度を上げるには、時間が足りない。
最優先は、もちろん血液魔法。
次点で氷魔法。次が闇と光魔法の順だ。
自分の本来持つ相性と、相手への有用性を鑑みての判断だ。
それ以外の魔法については、残念ながら後回しだ。
《全相魔導》のスキルのおかげで、及第点以上にはすでに届いている。
万能タイプを目指すより、どこかを突出させなければニコラたち最上位種には敵わない。
剣術ならゾルおじに教われる。だが、それ以外の魔法となると適切な指導者はいない。
魔法教育も受けていない俺は、いつだって手探りだ。
急ぐ旅路だが、大切な馬を使い潰すわけにはいかない。
日が暮れると、馬具を外し二頭の額を撫でて労わった。
蹄に石が挟まっていないか一頭ずつ入念に確認。
栄養価の高い干し草に、ほんの少しの塩を混ぜて与えると、馬たちは満足げに鼻を鳴らした。
首を寄せてくる人懐こさが、余計に可愛さを増させている。
魔導鞄の四次元的収納空間から、ニンジンを二本取り出すと、馬の口元へ持って行く。
ボリボリと小気味よい音を立てて咀嚼する彼らは、俺たち《サンライズ》の新しい仲間だ。
自分たちも簡単な料理で、腹ごなしを済ませ、見張り交代をしながら休憩を取る。
焚き火が途絶えないように世話をしながら、揺らめく焔の先端が、虚空に火花を散らしては消えていく姿を眺める。こういった時間も、貴重な修行の時間だ。血液で出来た剣を数本宙に浮かして操作する。
集中力こそ要するものの、こんなことをしていて本当に強くなるのだろうか。
正解のない行動に、不安と焦燥は拭えない。
――はぁ
重い溜息を夜の闇に吐きだし、俺はぼんやりと森の奥へ目をやる。
闇に沈んだ木立の陰、焚き火の光が届くかどうかの境界線に、そいつは立っていた。
「――――ッッ!! ドワアァァ!!!」
総立ちする鳥肌と共に、反射的に宙に浮かしていた血剣を飛ばす。
至近距離でこちらを見ていたのは、漆黒の外套と、こちらを射抜くような真紅の双眸。
吸血鬼が立っていた。
「――お、お待ちください! 我が主!」
焦りの声と共に、放たれた血剣を弾く音だけが響く。
「なっ――あっ! お前、ジークハルトか!?」
存在をすっかり忘れていた。
サンライズの幻のメンバーにして、初めて出来た俺の部下だ。
そういえば、血薔薇の女王の動向について情報収集かなんかを命じていた気がする。
うろ覚えだけど。
いつものように目だけを閉じていたゾルデが跳び起き。
馬車からはクロエとフレイヤも慌てて顔を出す。
「さようでございます。我が主よ。
わたくしのような若輩を覚えていて下さるとは――恐悦至極」
焚き火の光を反射して、彼の髪はまるで滴る血のように鮮烈な赤を放っていた。
彫刻のように整った顔立ちは、相変わらずの貴族的な気品を際立たせている。
そんな男が、漆黒の外套を翻し、音もなく片膝を突く。
指先までもが完璧な所作で胸に手を当て、恭しく首を垂れた。
「……久しぶりじゃん。いっつもビビらせんなよ」
「申し訳ございませんでした。お仲間の方々も、起こしてしまい申し訳ない」
震える声は、これまでの不遜さを微塵も感じさせないほど後悔に満ちている。
「出たな……変態野郎が」
「ど、どなた様ですか? 吸血鬼ですよね?」
初めて出会った時は、俺とゾルデが二体一で本気で仕留めにかかった。
ゾルデ渾身の一閃と、俺の全力ボディーブローを喰らってなお死なず。
挙げ句の果てに「ありがとうございます。実に、気持ちがいい」と言い放った、怪物だ。
クロエとフレイヤには、その存在すら伏せていたんだった。
困惑し警戒している二人に、危険はないけど変態だということを、しっかりと教える。
「それで……顔を出したってことは、それなりの情報を持ってきたんだろうな?」
高圧的な態度で、ジークハルトを見下ろすゾルデ。
「血薔薇の女王ローゼリアの派閥は、確かに眷属を集めている動きはありましたが、主を追うような動向は見受けられませんでした。どうやら、始祖エルノワールの目覚めの時まで、聖域にて待つおつもりの様子でしたね」
「待て――聖域? 吸血鬼の王がどこに眠ってるか知ってるのか?」
「えぇ、もちろん。それが何か?」
さも当然とばかりに、不思議そうに首を傾げた。
「お、お前っ……! 俺たちが、どれだけそこを知りたかったか」
喉まで出かかった怒鳴り声を、ゾルデは必死に飲み込んだ。
そして値千金の情報だと、今だ理解できていないジークハルトに呆れ果てた。
「我々の言う聖域とは、ハッシュベルト国の北の果て――聖なる都のことですよ?」
「北の果て? 一体どこのことだ……そんな土地は知らねぇぞ!」
ゾルデは記憶を辿るが、そんな地名は存在しない。
そもそも、ハッシュベルト国の北の果てといえば、魔獣ひしめく大森林のさらに向こう側だろう。
厳しい雪山ばかりの場所に、街なんてある訳がない。
「かつていた人間はすべて滅び、今は忘れらた都が残るだけですから……」
彼の真紅の瞳が、ふっと遠くを見るように細められる。
そこには今目の前にある森の景色ではなく、数百年、あるいは千年の時の彼方に沈んだ
“かつての輝き”が映っているようだった。
「それに、大山を繰り抜いて、中に巨大な街と聖堂を造り上げた神聖な場所ですので、発見はし難いでしょう。
存在を知らぬのも無理はありません」
人間が遥か昔に忘れ去った、孤独な歴史。
それが、この一体の吸血鬼によって語られたのだ。
「大山を繰り抜いた街だと……そんな場所があるなら、確かに昼も夜も関係ねぇ。
まさに、吸血鬼たちの楽園という訳だ……!」
想像だにしなかった情報に、ゾルデは悔しそうに拳を握った。
「ありがとう、ジークハルト! これで闇夜の宴が始まるまえに、先手を打てるよ!」
「左様でしたか、何はともあれ主たちが喜んでいるのなら、わたくしも大変喜ばしい!」
美しい無垢な貌が、今は最高に腹立たしく、そして同時に、どうしようもなく頼もしい。
得られた情報の大きさに、胸の奥は少しも軽くはならない。
知ってしまったからこそ、見えた闇もある。
それでも――俺たちなら。
迫りくる夜だって、きっと迎え撃てるはずだ。
お久しぶりです。お待たせしました。
気力を振り絞って、また一話書き上げました。
ブックマーク・高評価よろしくお願いします。




