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第61話 「夜明けの先へ」


――終わった。勝った!


そう思った瞬間、全身から力が抜けた。

喜びを分かち合う暇すらなく、ゾルデが崩れ落ちる。


「ゾルデ!」


無茶な技の代償だ。

身体は限界を超えている。今すぐに治癒魔法が必要だ。


だが、リゼンとクロエも、すでに魔力切れの様子。

俺が治癒魔法を掛けて、救援を呼ぶまで繋ぎとめるしかない。


「フレイヤ――! 急いで、治癒魔術師を――」


「おやぁ? 随分と慌てた様子ですね」


――ぞくり。


その声を聞いた瞬間、心臓が凍りついたかのような衝撃を受けた。

全身の血の気が引いく。


バッ、と振り向いた先。

クロードの死体の傍らに、黒い影が立っていた。


気配に、まったく気付かなかった。


「――に、ニコラ……!」


「覚えていて下さったんですね」


ニコリと笑う。

白い牙が、闇に浮かび上がる。


新たな最上位吸血鬼。

このタイミングで!? 一体どこから?


「まさか、クロードさんを打ち破るほど強くなっているとは、驚きましたよ。

クフフフッ」


空気が重くなる。

こいつは、今まで会ったどんな敵よりも異質だ。


(ヤバい……)


刀を抜き、魔力を纏う。

だが、自分の意思とは関係なく身体が震える。


満身創痍の状態で、無傷のコイツを相手に出来るのか?

底がまるで見えない。俺が時間を稼いで、皆を逃がすしかない。


「そう警戒なさらずとも。この死体を回収しに来ただけです」


ニコラが一歩前に出て、クロードの死体を見下ろす。


「さすがに、この血を貴方に渡す訳にはいきませんから」


影が、意思を持ったように蠢き、

クロードの亡骸を絡め取り――沈め、呑み込んだ。


嫌な予感が胸を刺す。


(あの血を……全部、持って行かれる……)


とてつもない数の人間の血。

それが、最上位吸血鬼の手に渡る意味。


絶対にろくなことにならない。

分かっているが、隙がなくて動けない。


「王子よ」


名を呼ばれただけで、心臓が跳ねた。


「いよいよです。あと三月ほどで、“闇夜の宴”が始まるでしょう。

それまで、どうか健やかに……」


優雅な一礼。


言葉と態度とは裏腹に、俺を見る眼は、熟すのを待つ捕食者の眼だ。


まるで、次の再会を約束するかのように。

影は音もなく溶け、ニコラの姿は消えた。


一歩も動けなかった。


冷や汗が、背中を伝う。

前に会った時より、明らかに力が増していた。

いや――違う。


(俺が強くなったから、力の差が分かるようになっただけだ)


あれは、今の俺たちでは届かない存在だ。


このままじゃダメだ。もっと強くならなくちゃ。


血の量でも、魔力量でも、質でも――

今は完全に、押し負けている。


しかも、期限は三ヶ月もない。


勝利の余韻は、跡形もなく消え去った。

胸に残ったのは、焦燥と恐怖だけだった。




◇◆◇




屋敷の外で待機していたアウグスト総帥たちが、なだれ込んできた。


あれだけ警戒していたにもかかわらず、ニコラという侵入者を許してしまったためだ。

どうやら、外では陽動のため吸血鬼が暴れていたらしい。


そちらの鎮圧に手間取り、駆け付けた時には――すでに、こちらの戦いは終わっていた。


兵士の一部が、反射的にクロエへ剣を向ける。


だが、それを総帥が低い声で制した。


「下ろせ」


一言で、刃が引かれる。


「彼女の正体については、あとで事情聴取させてもらう。

だが、ともに戦ってくれた姿は、しかとこの目で見ていた。

悪い様にはしない」


総帥は、俺たちを見て静かに頷いた。


「それよりも負傷者の手当だ! 急ぎ、治療術師を呼べ!」


床に横たわるゾルデの姿を見て、声を荒げる。


その指示のおかげで、ゾルデは即座に手厚い治療を受けることになった。

予断は許さない状態だが、彼の生命力に懸けるしかない。


――その最中。


クロエが、兵士に囲まれ連行されようとする。


「待て!」


思わず声が出た。


「俺の身体にも、吸血鬼の血が半分混じっている。

彼女を連れていくなら、俺もだ」


総帥が、わずかに目を細める。


「――そうか、君もか」


困ったような、どこか残念そうな表情だった。


「待ってください! 二人に危険がないことは私が証明します!

彼らは命懸けで戦ってくれました」


フレイヤが庇うように前に出て、声を大にする。


「疑ってはいない。だが、野放しという訳にもいかん。

心配ならお前もついていけ」


総帥は即座に首を振り、なだめるように言った。


俺とクロエは兵士たちに拘束され、その場を後にした。


総帥の言葉通り、手荒な扱いは一切なかった。

事情を聞かれ、危険性を測られるだけだ。


人間の血を吸っていないことを主張しても、証明する術はない。

それでも、聖銀旅団のリゼン団長たちや、共に旅してきたフレイヤが必死に擁護してくれた。

総帥の後押しもあり、俺たちは翌日には見張り付きで解放された。


見張りについては、「建前上必要なのだ。失礼な真似をしてすまない」と謝ってくれた。


ゾルデはというと……。

無茶の代償は重く、まだ目を覚まさずにいた。


だが、峠は越えていて、命に別状はないようだ。

――そう告げられた時、ようやく戦いは終わったのだと胸を撫で下ろした。




◇◆◇




それから俺とクロエは、フレイヤと数人の兵士に監視される生活を送った。


もっとも――その視線など意にも介さず、

俺たちは失った血を補うかのように、ひたすら食べまくっていた。


街中の店を渡り歩いき、金にものをいわせて、目に入った料理を片っ端から平らげる。


肉、魚、野菜、穀物……とにかく全部だ。


戦いのストレスが、暴食として現れたのかもしれない。

クロエも、負けじと食べまくる。


兵士たちは、その光景に完全に引いていた。


腹が膨れるほど食べ終えると、のしのしとラインベルク家の屋敷に戻っていく。

アウグストさんは、俺たちの正体を知ってなお態度を変えなかった。

これまで通り屋敷で寝泊まりを許し、客人として扱ってくれる。

その懐の深さには、感謝しかない。


軍の頂点に立つ彼の判断次第では、どんな処遇を受けていたか分からないのだから。


限界まで食べたら、次は身体を動かす――修行の時間だ。

今までは、修行といっても適度にやっていただけだ。

それなりに毎日剣を振るったりしていたが、必死だったかというとそうではない。

自分の力を、過信していたのも事実だ。


だが、クロードとの死闘、そしてニコラの姿を見て――考えは変わった。

敵は想像以上に強大だ。考えが甘かった。


血を溜めれば、力も魔力も高まる。

だが、それだけでは足りない。


血の使い方、コントロール、魔力の制御を見直す。

闇魔法や影魔法も、本家の練度には遠く及ばない。

奥の手の氷魔法も、仲間が近くにいる状態でも、冷気で巻き込むため使えなかった。

俺は多くの属性を使えるがゆえに、広く浅い状態だ。

磨かなければ、この先では通用しない。


クロエやフレイヤは、その修業相手を務めてくれた。

今回の戦いは、彼女たちにとっても大きな刺激になったようだ。



――三日後。


ゾルデは、ようやく目覚めた。


戦いの顛末てんまつを聞いたあとも、どこか静かだった。

吸血鬼であることが露見した件も伝え、体調が整い次第、街を出る方針でまとまった。


兵士達には、緘口令かんこうれいが敷かれ、市民にも口外しないように強いられたようだが、

どこからともなく噂は流れ、街では白い眼で見られることが増えた。

まぁ、兵士たちに付いて回られている時点で、噂を肯定しているようなもんだから仕方ない。

気にしないように努めてはいるが……内心は、ちょっぴり辛い。


女王陛下からは、感謝の手紙と恩賞が届いた。

だが、城に呼ばれることはなかった。

危険でないとは判断されつつも、扱いは慎重――それが現実だ。


その後、ゾルデは療養しつつも、次なる旅の準備を進めた。

因縁のクロードを討ったことで、パーティー解散の案も出たが、

これから先、吸血鬼との本格的な戦争が待っている。

ゾルデとの停戦協定は、このまま継続することとなった。


こたびの吸血鬼討伐はSランク依頼として扱われ、報酬とギルドポイントも破格だ。

俺はAランク。クロエもBランクへ昇格した。


クロエは手持ちが増え、装備を整えていた。

優柔不断な節約家だが、ちゃんと吟味して買えたみたいで安心する。


――そして、戦いから六日後の夜。


俺たちはラインベルクの客間で、荷物をまとめていた。

明日、いよいよこの街を出立する。


次なる目的地は、東の隣国――《ジパーン》。


この世界の、醤油と味噌の発祥の地でもある。

なんでも、魔物被害によって、出荷停止状態にあるという噂を聞いた。


俺にとっては、聖地みたいな国だ。

助けに行くに決まっている。ついでに、魔物を狩りまくって力を蓄える目的もある。

闇夜の宴が始まる前に、ハッシュベルト国へ戻るつもりなので、動線的にも悪くない。

ちなみに、聖銀旅団は一足先に帰国している。警戒を促して、戦争の準備をするためだ。


「この街とも、ついにお別れだね。フレイヤ……今までありがとう。」


「長いこと世話になっちまったな」


「とんでもない。また、いつでもいらしてください」


フレイヤは、付いてくるとは言わなかった。


彼女は大貴族の令嬢。冒険者に転向し、旅をする訳には行かない。

本当は一緒に旅を続けたかったようだが、俺たちの正体が吸血鬼というのも、足を引っ張っている。

いくらアウグストさん相手とは言え、頼めるわけがない。


「これからは、家のために生きていきます」


適齢期でもあり、両親の見繕った相手との縁談を受けるつもりだという。

「わがままは十分聞いてもらったから」そう言った彼女の顔は、どこか寂しそうだった。


「うぅ……ふれいやぁ……」


クロエはというと、ずっとこんな調子だ。

初めてできた友達との別れが、辛くて仕方ないのだろう。


「クロエも、元気でね……」


フレイヤの目にも、涙が滲んでいた。


「ゾルデさん、ノアさん!

私は婚約しようとも、剣を捨てるつもりはありません!

今よりきっと強くなりますから! その時は、また手合わせ願います! 」


涙を振り払うように、彼女は笑った。


「おほん――」


わざとらしい咳払いとともに、アウグストさんが現れる。


「聞こえていたぞ、フレイヤ。お前という奴は――本当に」


呆れたように、だが優しく笑う。


「お前のように剣を振ることしか頭にない奴は、どうせ良い相手も見つからん。

それに、お前の力を借りんでも、我が家はこの先も安泰だ。

なんせ、私がいるからな」


冗談めいて胸を張る。


「彼らと一緒に行きたいのだろう? なぜ、そう言わん」


「ですが、私はもう十分与えられて……わがままは、もう終わりにしないと……」


「娘のわがままを叶えてやれるのが、どれだけ嬉しいことか――。

お前の自由に生きなさい。ただし――またいつか、必ず元気な顔を見せに戻ってこい!」


静かに、しかし力強く言った。

その瞳には、どこまで子を思う、親の愛情が宿っていた。


「うぅぅ……お父様ぁ!!」


抱き合う父と娘。


その光景は、少し眩しかった。




◇◆◇




夜明けだ。


吸血鬼によって、闇に覆われていた首都ルミナス。

だが、あの激闘を越え――空は再び、朝を迎えた。


俺たち四人は、《サンライズ》として旅を続ける。


「じゃあ――行ってきます!」


新たな黎明れいめいへ向かって、再び歩み出す。


第三章 「黎明編」完結。


ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございました。


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