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第60話 「死の舞踏会 その⑥」


《天裂雷獅ヴァルガ・ストルム》――

ハッシュベルト国とジパーン国の国境。

“雷獣山脈”の上空、常に渦巻く雷雲の奥に棲まう神獣の一体。


普段は空を王座とし、滅多に地へ降りることはない。

だが、ひとたびその巨体が山脈へ降り立てば、

大地は雷を浴び、土は焼け、生命は等しくほふられる。


それは、天災だった。


神の怒りの具現。

身体から溢れた魔力は、山肌をどこまでも駆け巡るいかずちとなる。


ゾルデは幼少期、その“天災”の末端に触れてしまった不幸な子供だった。

――いや。

両親が感電死したにもかかわらず、生き残ったのだから、

幸運だったと言うべきなのかもしれない。


山のふもとの街道を偶然進んでいたゾルデの一家は、その雷に穿たれた。

そして、ゾルデは身寄りを失った。


当の本人は、その時の記憶を何も覚えていない。

気付いた時には、雷雨の中倒れていたのを盗賊に連れ去られ、奴隷商に売られていた。

奴隷として鉱夫まがいの労働に従事させられることになるのは、また別の話だ。


だが、確かなことが一つある。


彼は、雷の化身――《ヴァルガ・ストルム》の力の一端に、確かに触れている。

身体に残った雷痕が、その証明だった。


それが後に“雷帝”と呼ばれ、史上最年少でSランク冒険者へと上り詰めたゾルデと、

どこまで関係しているのかは分からない。

ただ一つ言えるのは、人外じみた雷耐性と、膨大な魔力を持っていること。


――彼は、雷に愛されていた。




◇◆◇





クロードが異形と化した後。

二人の死闘は、さらに激しさを増していた。


あの凄まじい魔剣でもってしても、クロードの強化された剣、盾、鎧に阻まれる。


拮抗――いや、僅かだが、押しているのはクロードだ。

それほどまでに、最上位吸血鬼は強かった。


頼みの綱のゾルデは、肉体の損傷はある程度が癒えている。

リゼンの魔力が尽きるまで治癒魔法を掛け、

クロエも残り少ない魔力を、か細い糸のようにゾルデへと流し込んだおかげだ。


――だが、目覚めない。


「お願いします……ゾルデさん。ノアさんを助けて……」


この戦いに加われるとしたら、それはゾルデをおいて他にいない。

だが、クロエの懸命な祈りも、ゾルデには届かない。


リゼンは激しく息切れしながら、ゾルデを揺さぶる。


「ぜぇ、ぜぇ……こんな道半ばで何をしている、ゾルデさん!

約束を果たすんじゃなかったのかっ!!!」


そして、声を荒げて、ゾルデの胸板を拳で叩いた。


――パチッ


その衝撃によって、かすかに静電気が身体から弾けた。


ピクッ。

顔がしかめられ、呻き声が漏れる。


「……っ、リゼンさん! 反応が!」


期待の視線が向けられる。


ゾルデは、静かに瞼を開いた。


「うっ……ここは……」


状況をまだ理解できない様子で、こめかみを指で押さえた。

だが、上から覗き込まれるように、四人の顔を見て状況を理解した。


「そうか、夢を見ていた……」


「えっ……何を言って……」


答えることなく、ゾルデはゆっくりと上体を起こし、前を向いた。


小さな巨人と化したクロード。

その前で、ノアが必死に抗っている。

切りつけても、削っても、即座に修復されて苦戦を強いられている。


「気にするな……忘れていた昔の記憶さ」


ゾルデは双剣を拾い上げ、立ち上がった。


「また助けられちまったな……ありがとう。お前ら」


振り返ることなく、そう告げる。


雷鳴のような男は、毒気が抜けたように静かだった。

静謐せいひつすら纏い、戦場へと歩み出す。


「――待たせたな、ノア」


「――!?」


魔力も纏わず、ふらふらと近づくその姿に、ノアは目を見開く。


「マサカ……ナゼ、イキテル!」


とうに捻り潰したはずだった。

何度死んだと思っても、幾度となく立ちはだかる不死身の男。

死神すら想起させる男に、クロードは戦慄する。


「ま、待ってたよ――ゾルおじいいいぃぃ!!」


大喜びするノアに向けて、ゾルデは微笑んだ。


「終わりにしよう」


首を鳴らし、双剣を握り直す。


「――10秒だ。10秒で削り切る。あとは頼むぞ、ノア」


「は? 何言って……」


理解が追いつかないノアをよそに、ゾルデからの返事はない。


「ふぅ……」


息を吐き、神経を集中させる。


夢の中で見た、あの神獣の姿を思い出していた。


「――《神雷冥装・神殺し》」


唱えた瞬間、ゾルデの身体は蒼雷に包まれた。


髪の毛は逆立ち、身体中に雷痕が浮かび上がる。


一目見て理解した。

身体強化魔法《怒りの神雷》とは、似て非なる魔法。

これは人智を越えた力。

命を削る、禁忌の技なのだと。


――バチィ。


稲妻と共に、ゾルデの姿が掻き消えた。


気付くと、まばたき一つの間に、クロードの目前に立っていた。

そして、双剣が唸りを上げた。


ガンッ!


一つ目の衝撃音と共に、クロードの剣と盾が弾かれる。


ガガンッ!


二つ目の衝撃音と共に、クロードの鎧へと傷がつけられた。


ガガガンッ!


双剣を振るう動作が見えない。

動作が、音を置き去りにする。


ガガガガガガッ!!


必死に抵抗しようとするクロードの動きが、ひどく愚鈍に見えた。


「――ヤ、ヤメロオオォ!!!」


猛烈な勢いで、振るわれる連撃。

雷そのものと化したゾルデが、巨人の鎧をみるみる内に削り取っていく。


(10秒!? 本気であの鎧を剥がし切る気か?)


俺だけじゃ、本体に届かない。

でも――今のゾルデの力があれば!


出来得る限りの強い技!

アイツを確実に殺せるだけの、必殺技!


そんな技ねぇよ……!


分からない。

それでも自然と構えたのは、この魔剣・黒崩だった。


抜刀術のように柄を握り、極限まで魔力と血を注ぎ込む。


ゾルデが、クロードの抵抗をものともせずに削りまくる。

あの無限に湧き上がる鎧を、命懸けで剥がしてくれる。


(魔剣・黒崩よ……もう食えないなんて言わねぇよなぁ?)


吸わなくても、無理やり押し込む。

限界を越えろ!


「ノア!!! ――今だ!!」


――ジャスト、10秒。


掛け声とともに、跳び退いた先。

完全に鎧が禿げて、剥き出しになったクロードの身体が見えていた。

最高のお膳立てだ。これで、決めなきゃ男じゃない。


「血神ノ紋章――《暴食・神威薙》!!」


抜刀と同時に、血の巨大な斬撃が放たれる。

その技は、クロードを呑みこむようにして、一刀両断に伏した。


最期の呻き声すら許さない――完全勝利。


この日、ゾルデの十六年に及ぶ復讐は、ようやく果たされた。


血と雷の匂いだけを残して、夜はようやく静寂という名の幕を下ろす。

死の舞踏会は、誰にも拍手されることなく――静かに終曲を迎えた。



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