第6話「血の雫」
食べられることもなく、灰色狼の死骸が無造作に転がっていた。
まだ温かい血が、地面を赤く染めている。
――あぁ、俺もこうして死んだんだったな。
前世の記憶が、唐突に脳裏をかすめる。
冷たいアスファルトの上で、流れ出した自分の血。
ただ、血がもったいないな……と、場違いなことを思っていた。
(血がもったいない、か)
今もまた、同じことを考えている。
狼たちの血が、土に吸われ、失われていく。
それが無性に惜しい。
その衝動のまま、俺は掌をかざした。
「できるかなぁ……血神ノ紋章:吸尽」
赤い血が、ゆっくりと蠢き始める。
まるで生き物のように、肉体から吸い出され俺の手元へと集まってくる。
まだ熱が残っており、生命が息づいているようだ。
灰色狼5匹分の血が合わさり、空中でフワフワと浮いている。
「よし。このまま全部を圧縮――頑張れ、頑張れ」
心臓の鼓動を取り戻すかのように、血が震える。
そして――一渦巻くように小さく、小さく圧縮されていく。
とてつもなく難しい血液操作。
生まれたのは、深紅の硬質な輝き。
それは小さな赤い石だった。
掌の上で光を宿し、血の雫が宝石になったような――見惚れるほど美しい結晶。
まるで、一滴の涙のよう。
血とは生の象徴だ。
この“血の雫”はお前たちの生きた証。
生の欠片だよ……。
使い道なんてわからない。
けれど、なんとなく大事に取っておくことにした。
小さな布袋にその石を入れ、袋を背負い直す。
さてと、隣国キャメルへ向かおうか。
◇◆◇
西へ――そのつもりで歩いている。
けれど、実際は合ってるかは分かっていない。。
太陽も雲に隠れたら、方角の頼りにはなってくれないのだ。
その辺は感覚だ。
いつかは、街道か街へ出ると信じたい。
木々の間を抜け、谷を越える。
道なき道を進みながら、現れる魔物を狩っては糧にしていった。
必ずしも、スキル持ちの魔物だけでは無いようだが、肉を食うだけでも力が増す感覚がある。
肉を噛み、喉を通すたびに、身体の奥でドクンと濃い血が脈打つのだ。
前よりも、明らかに操作できる血が増えている。
夜になると、魔物の活動が高まった。
俺にとって狩りの時間だ。
目を付けたのは、ふっくらとした黒い梟だ。
この『超聴覚』をもってしても、驚くほど静かに飛んでいる。
子ネズミを捕まえて満足気に、木の枝の上で食べている。
悪いが次は狩られる側に回ってもらおう。
闇に溶け、背後に回りこむ。
そのまま投げナイフで撃ち落とすつもりだった。
呼吸を殺し、いざという瞬間――。
梟の首がグルリと回った。
(うわっ――気づかれた)
梟は威嚇するように翼を広げると、唐突に闇魔法を放つ。
飛び出したのは、複数の黒い刃――。
「あぶねっ!」
ギリギリ避けると、黒い刃は地面に鋭く突き刺さっている。
ただの梟かと思いきや、割と好戦的だ。
魔法を使う魔物は高ランクの者が多い。なかなかに器用な鳥である。
「ほいっ、ほいっ!」
『血神ノ紋章:凝晶武装』により投げナイフを作り攻撃を仕掛ける。
しかし、大きな翼によりナイフを跳ね返された。
闇の魔法を纏うことで、防御力を跳ね上げている。
このナイフ程度じゃ、傷一つ付けられていない。
お返しとばかりに、翼全体に纏わせていた闇を、巨大な斬撃にして飛ばす。
かろうじて避けるも、地面は抉れて吹き飛んでいる。
これを直撃したら、俺でもタダじゃ済まない。
(魔法を使う魔物は、さすがに強いな!)
想像してたより、ずっと強い相手。
だからこそ、絶対に何かしらのスキル持ちだろうし、逃がしたくない。
しかし、視線を戻すと、先ほどまで居た場所に闇梟の姿がない。
また無音で飛んでいるのだ。一瞬でも見逃すと、闇夜に溶けて居場所が掴めない。
僅かに感じる風の音。
そして先ほど食べていた子ネズミの血の匂い。
(――上か!?)
直上から襲い掛かろうとしていた闇梟を察知して、カウンターの短剣を振るう。
バキッという、鈍い音と共に相手を吹き飛ばす。
何とか体勢を整えた闇梟は、枝にフラフラと停まる。生身でもかなり頑丈だ。
「――ほいっ、ほいっ、ほいっ、ほいっ!!」
今度こそ、好機。
飛んで逃げられないように、休みなく投げナイフを飛ばし続ける。
血の消耗は大きいが、遠距離攻撃方法がこれしかない。
闇梟も翼を羽ばたかせながら、それを防いでいく。
ギィン、ギィン、ギィン――
攻撃しながらも、すぐさま梟の元へと距離を詰める。
そして、ゼロ距離へ。
「ほいっ、捕まえた~!」
ジャンプして、目の前まで飛ぶと、首根っこを左腕で掴む。
その瞬間、手のひらから出した血の刃でトドメを刺す。
漆黒の翼が闇に溶けるのか。
静かだし、俺相手じゃなかったら見つけるのも困難だったかもなぁ。
手に入れたばかりの、超聴覚と超嗅覚が、かなり役立った。
(獲物はまとめて、あとで食べよっと!)
飛ぶ鳥は、見た目の割に可食部が少ない。
羽をむしれば、肉は僅かだ。
血が滴らないように、また小さな血の石へと凝集させておく。
血抜きも同時に出来て完璧だ。
さてと、どんどん行くぞ~!
夜風が梟の羽を撫でる。
その場には、夜の静寂だけが残されていた。
マジック・アウル:Aランク
見た目はただの梟。だが侮るなかれ、実は闇魔法を使う森の上位種。
その羽は美しく貴重。ノアは毟って捨ててしまったが、高級な羽ペンになるため高値で売れる。
とある地方では、姿を見た者は病に至るという迷信がある。首が自在に回ってこわい。




