第59話 「死の舞踏会 その⑤」
ノアとクロード。
二人が同時に踏み込んだ瞬間、屋敷が悲鳴を上げた。
床板が砕け、壁が内側から爆ぜる。
魔力と魔力の衝突が、空気そのものを押し潰していく。
クロードを真似るように、俺も血の鎧を身に纏い挑む。
だがそれは、彼の禍々しい装甲とは対照的に、無駄のない洗練されたフォルム。
そして始まる、最初の攻防。
――防御無視。
互いに全力を叩き込む、純然たる殴り合い。
紅のオーラを纏った拳が、鎧を砕き、砕かれる。
数十発に及ぶ、命の削り合い。
「ハァ、ハァ……」
「どうした。まさか、これで終わりか?」
クロードの声が、笑いを含んで響いた。
自分の膂力には、正直なところ自信があった。
だが――クロードのそれは、明らかに限界を超えている。
(一撃が重てぇ……! どんだけ血を吸ってんだよ!)
その血は、もはやただの液体ではない。
重厚な質量を持った力そのものだ。
数百という人間の血を吸い集めて手に入れた暴力。
鎧は砕ける。
だが、本体までは、ほとんどダメージが通らない。
「くそっ……だったら、ぶった切ってやる」
腰に据えた刀を抜く。
アズラ深淵四刀が一本――《黒崩》。
美しい黒の刀身が、静かに姿を現す。
魔力を巡らせ、血で強化する。
(――んあ!?)
その瞬間、違和感が走った。
纏わせた傍から、ズルズル啜るように消えていく。
魔力も、血も、根こそぎだ。
おいおい、待て待て……!
三百年もの間、倉庫で眠っていた魔剣が、
溜め込んだ飢えをぶちまけるように、片っ端から喰らっていた。
どれだけの名剣だろうと、強化が出来なければ折られる。
本当にちょっと待ってください。
しかし、クロードにその願いが通じる訳もなく……。
「――いくぞ!」
クロードが血の大剣を構え、躍りかかる。
純粋な斬撃。
だが、膨大な血を纏ったそれは、剣というよりは鈍器のよう。
ぶつかり合うたび、制御を失った血が、礫のように四方へ飛び散り襲い掛かる。
――ふざけんなよ、この呪われた魔剣が!
このままじゃ、戦いにならない。
かくなる上は、多少の消費覚悟で満腹にしてやるだけだ。
無限に吸収されるなんてことは、さすがにあり得ないはず。
「うおおおおぉぉ!!」
自身の血と魔力を、これでもかと吸わせる。
体内に蓄えた血を、惜しげもなく解き放つ。
渦巻き、迸るほどの魔力も、すべてを全開だ。
常識の範疇を逸脱したそれが、空気を震わせ、世界を軋ませた。
◇◆◇
屋内に駆けこんだクロエとフレイヤは、思わず足を止めた。
衝撃音と共に始まった、激闘。
――否。
レベルの違う存在同士がぶつかり合う、災害の衝突だ。
「……近づけない」
フレイヤが、大剣を握り締めたまま歯噛みする。
纏う魔力越しですら、肌が痺れる。
立っているだけで、身体の芯が揺さぶられる感覚。
クロエは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
(……なに、これ……)
剣を握る手が、かすかに震える。
すぐにノアの手助けに入るつもりだった。
だが――無理だ。
自分の力量では、この場に立てない。
踏み込めば、足手まといになるか、容易く踏みにじられるだけ。
ついさっきまで必死に戦っていた自分が、ひどく小さく思えた。
(他の皆は――)
視線を巡らせる。
リゼンとバルバルは、倒れ伏すゾルデの傍にいた。
治癒魔法特有の、淡い緑の光が輝いている。
雷帝と呼ばれた男は、血に濡れ、微動だにせず横たわっている。
それでも、二人は必死に呼びかけ続けていた。
「ゾルデさん……! 死んではいけない!」
リゼンの声は、焦りで掠れている。
「おおぉ……兄貴ぃ!!」
バルバルの叫びは、地響きのようなに屋内に響いた。
息があるのかどうかすら、分からない。
だが、死の縁に立っていることだけは、誰の目にも明らかだった。
「そんな、ゾルデさん……!」
クロエは、考えるより先に駆け出していた。
倒れた身体の傍に膝をつき、袖を捲り上げる。
「 傷を癒せ――《ルミナヒール》!」
未熟な回復魔法だろうと、今は関係ない。
ほんの一滴でも――命を繋ぎとめられるのなら。
少しでも足しになればと、リゼンに合わせて重ね掛けをする。
意識はない。
それでも、呼吸は浅く胸を上下させている。
(良かった――まだ、生きてる!)
繋ぎとめられる可能性が残っている。
それだけ分かれば、十分だった。
リゼンとクロエは、言葉も交わさず、ただひたすらに治癒魔法をかけ続ける。
バルバルとフレイヤは、衝撃から守るように防御魔法を張った。
屋敷を揺るがす激闘の只中で、彼らは命を繋ぐ戦いを始めていた。
◇◆◇
ノアは、クロードの激しい攻撃に耐え続けていた。
剣を弾き、受け流し、切り結ぶ。
その一合ごとに、クロードの大剣が砕け、ノアの肌へと突き刺さる。
厄介な性質を持った剣だった。
ジリジリとダメージを蓄積され、攻勢に転じることが出来ない。
奴の血は、無尽蔵かと思わせるほど膨大だった。
削っても削っても、減った傍から湧き出てくる。
まるで血の泉だ。
かくいうノアは、魔剣の代償を払い続けていた。
アズラ深淵四刀――《黒崩》。呪われた刀と呼ばれた理由がよく分かる。
ふざけた刀に、血と魔力を餌として与え続ける。
どれだけ強化をしようとも、ズルズルと吸われて力を保てない。
だが、無限に思える胃袋にも、ようやく終わりが見え始めていた。
「ハァ、ハァ……ようやく、腹が満ちたようだな」
魔剣・黒崩が、ようやく吸うのを止めた。
星空を閉じ込めたような刀身が、鈍く、しかし確かな光を帯びる。
「燃費悪すぎ……しっかり、働けよ!!」
思わぬ形で、相当な量の血と魔力を消耗してしまった。
これでナマクラだったら、即売却が確定する。
それでも、ようやく力が安定した。
血と魔力の強化により、赤黒いオーラを迸らせる。
「随分と……余裕そうじゃない、か!!」
苛立ちを叩きつけるように、クロードの禍々しい大剣が振り下ろされる。
それを、切り上げて弾き返す。
――はずだった。
ズルッ。
手に残った感覚が、今までとはまるで違う。
ゴトン。
一拍遅れて、重い落下音が響いた。
視線を落とすと、床に転がっていたのは――クロードの剣の切っ先だった。
「「――なっ!!」」
驚きの声は、ほぼ同時に漏れた。
互いの視線が、自然と《黒崩》に注がれる。
「……馬鹿な」
とてつもない切れ味。
クロードの額に、冷や汗が浮かぶ。
今の一撃を、血の鎧で受けようとしていたら――
間違いなく、両断されていた。
「や、やばぁ……」
食べさせた分、働けと言ったが、想像を超えている。
「ふざけた刀だ……! こんな所で、血を無駄に使わされることになるとは……」
クロードの血が、ボコボコと歪な膨張を始める。
「この力は、王と戦うために取っておきたかったんだけどね……」
血が蠢き、異形の輪郭を形作る。
顔までも兜で完全に覆われ、その表情は伺い知れない。
歪な巨剣と盾を構えた姿。堅牢無比な分厚い鎧。
クロードは、今まではまだ全力じゃなかった。
その奴を、ついに本気にさせた。
――させてしまった。
「サァ……シュウエンダ」
恐怖と暴力の権化が、そこに立っていた。
この一話で終わらすつもりが……長くなったので分けました。
ずっと戦ってて、すいません。




