第58話 「死の舞踏会 その④」
「ねぇ、ノアさん。
もしも私たちが、吸血鬼だってバレたら……どうすれば良いんですか?」
海へと沈む夕日を眺めながら、クロエは問いかけた。
「フレイヤと仲が良くなって……私、怖いんです。
幸せな気持ちが大きくなるほど、不安や罪悪感も大きくなっていく。
嘘と偽りで塗り固められた人生を、ずっと続けなくちゃいけない。
人間のフリを、演じ続けなくちゃいけない。
でも、いつかはきっと――バレてしまう。
その時、私……耐えられない気がして」
涙の滲ませた瞳で、クロエはノアを見た。
「……う~ん。きっと、大丈夫なんじゃないかな」
「え?」
「その時は、誠心誠意、謝ればいいよ」
あまりに能天気な答えに、クロエは言葉を失い、俯いた。
「そんなの……受け入れてくれる訳……」
「いいや、許してくれるさ」
ノアは、迷いなく言い切った。
「クロエの正体を知っても、きっと受け入れてくれる。
俺たちの普段の言動が、それを証明してくれる。
だって、あのゾルデも受け入れてくれたんだよ?
アイツが大丈夫だったんだから、この世の誰だって分かってくれるさ」
屈託のない笑顔で、ノアは楽しそうに言う。
(あぁ、やっぱりノアさんは眩しいなぁ……)
夕日に照らされているからじゃない。
その前だけを向く考え方が、疑うことなく人を信じられる優しさが、温かくて眩しい。
「……分かりました。
その時は、私も誠心誠意、謝ります!
例え許してくれなくても、何度でも」
「いいじゃん、いいじゃん。
その時は、俺も一緒に頭を下げるからね。なんか、菓子折りでも持ってこうよ」
ノアさんは、あまり深く物事を考えていない。
でも、そんな無邪気さが、私を勇気づけてくれる。
どうしようもなく悩んでいる私を、簡単に救ってくれる。
――大好きな人。
◇◆◇
そして、今。
恐れていた瞬間は、最悪の形で訪れてた。
ならば、やることはただ一つ。
「フレイヤ――!
ずっと騙していて、ごめんなさい!
言い出せなくて、ごめんなさい!」
声が震える。
剣を握る手も、感覚が鈍い。
「私、出会う前から吸血鬼にされていた。
でも……貴方の事を、本当の友達だと思ってる!」
クロエの表情は、視たこともないほど苦しそうだった。
「クロエ……」
「アハハハッ! 友達ぃ!? 馬鹿言ってんじゃねーよ!!
人間はすべて私たちの餌! どうせお前も、何人も吸い殺して来たんだろ!」
カトレアは嘲るように大剣を振るう。
「人のフリした化物が……! もう、全部終わり。
こいつら全員に正体がバレたのよ?
仮にここを切り抜けても――次に剣を向けられるのは、お前自身。
アハハハッ、ざまぁみろ!」
「例えそうなったとしても……誠心誠意、謝ります」
防戦一方。
剣を受け止めることしか出来ない。
それでもクロエは前を見る。その眼の火は消えていない。
「――ッ! なんでお前は、そんな眼が出来る!
お前も私と同じ化物なんだよ! 化物! 化物がっ!」
次第に押され始める。
「――黙れ」
横合いから、大剣が振り抜かれた。
「お前なんかと、クロエを一緒にするな」
フレイヤの声は震えていた。
その感情は、怒り。
「例えクロエの正体が、吸血鬼だったとしても……!
彼女が“親友”なのに変わりはない!
そして、私たちはサンライズの仲間だ!」
「……フレイヤ……」
一番ほしかった言葉。
親友。仲間。
自分の正体を知ってなお、フレイヤはそう言ってくれた。
堪えていた涙が込み上げ、溢れ落ちる。
「ハハッ。なんて顔だ……。
話は家に帰ってから、ゆっくり聞かせてもらいます。
まずはコイツを倒しますよ。クロエ!」
「――うん!」
◇◆◇
フレイヤは思う。
こんなに涙でぐじゅぐじゅになる吸血鬼など居る訳がない。
あんなに美味しそうに、ご飯を頬張る吸血鬼など居る訳がない。
夜に弱くて、テントで添い寝しても、すぐに眠ってしまう吸血鬼など居る訳がない。
例え吸血鬼なのだとしても、彼女はなりたくてなった訳じゃない。
人間として生きようとしている。
命を懸けて、戦っている。
ならば、私も親友として隣に立つ。
(私に、吸血鬼の親友が出来る日が来るなんてな)
顔が自然と二ヤケてしまう。
二人の連携は完璧だった。
クロエの動きは鋭さを増し、フレイヤもそれに引っ張り上げられる。
「闇を照らせ――《ルミナス》!
燃やせ――《ファイアボール》!」
「光剣――《セイクリッドエッジ》」
クロエは、吸血鬼の苦手とする光魔法と火魔法を駆使する。
影と闇の魔法を剥がし、その隙に、フレイヤが鍛え上げた剣技を放つ。
「ちょこまかと……! なぜ、吸血鬼が人間と連携できる……なぜ、こうも!」
「――《血刃の舞》。理由は簡単です」
「親友パワーってやつだよ!」
二人の猛攻に、カトレアは成す術がなく追い詰められる。
「天を裂く光剣よ、闇を断て――《ジャッジメント・ブレード》!」
心を乱され、焦りが動きを鈍らせる。
この戦いの最中。
卓越した戦闘センスで、カトレアの域にまで迫っていたクロエ。
そこに、フレイヤの力が重なり――
勝勢は、もはや揺るがなかった。
「……ありえない」
フレイヤの一撃が、地面が抉り、衝撃波が走る。
袈裟懸けに刻まれた傷は、確実に命へと届いていた。
血の大剣が崩れ落ち、力を失った血は、霧となって夜に溶けていく。
「……クロード様……」
カトレアの膝が、ゆっくりと折れる。
伸ばされた手は、誰にも届くことなく宙を掻いた。
最後に零れた名。
それは愛だったのか。
それとも――ただの執着だったのか。
静かに地へと伏した身体は、もはや何も語らない。
◇◆◇
「……ふれいやぁ……! ごめん、ごめんなさい……!」
鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、クロエは抱き着いた。
フレイヤは、その小さな体を静かに受け止める。
「やれやれ……」
小さく笑い、クロエの頭に手を置いた。
「話の続きは、帰ってからだ」
その声は、どこまでも穏やかだった。
きっと解り合える――そんな確信が、そこにはあった。
二人は顔を上げ、次なる戦場へと足を速める。
戦いは、まだ終わっていない。
――その時。
屋敷の奥から、とてつもない衝撃が轟いた。
空気が軋み、魔力が唸る。
カトレアなどとは、比べるべくもない、絶対強者の威圧。
全力のノアとクロードが、すでに刃を交え、ぶつかり合っていた。
最初の衝突音が、高らかに鳴り響く。
血と狂気に満ちた夜は、もはや引き返せぬ戦慄となり、終曲へと流れ込んでいく。
二人はプリキュア!




