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第53話 「アズラ深淵四刀」


そして、夜は俺たち四人での見回りを開始した。


ここは間違いなくクロードのテリトリー。

夜気そのものが、生き物のように肺へまとわりつく。

よそ者を拒むように、冷たく、湿った感触が肌を撫でた。

いつ襲われてもおかしくはない空気。


そんな夜道を、クロエとフレイヤ二人で歩かせる。

若くて綺麗な女性だけが狙われるのなら、この二人はまさに極上の餌だ。

二人を囮にして、俺とゾルデは気配を消して周辺への警戒に当たる。


だが、眷属の一人すら顔を出すことはなかった。

囮作戦が露骨すぎたのか。

それとも――こちらが思っている以上に、相手は慎重なのか。


次の手段として、俺は自分の血を微かに香る程度撒いた。


血の匂いに敏感な吸血鬼どもは、間違いなく感じ取れるはず。

そして“王の血”は、罠だと分かっていても抗いがたいもの。

夜に滲む血の匂いは、甘く、そして挑発的だ。


襲って来ずとも、僅かでも気配を漏らせられれば、見逃しはしない。

即座に捕まえ、ゾルおじのこわ~い尋問タイムが待っている。


クロードの“魅了”がかかっているのなら、俺が無理やりにでも上書きして情報を聞き出せばいい。

しかし、俺の血にも釣られる者は現れず、その日は断念することとなる。


(……まさか、俺たちから逃げた?)


プライドの高さと、自分たちの強さに絶対の自信を持つ吸血鬼が逃げるとは考えにくい。

まして、相手は最上位吸血鬼の一体なのだ。

夜の静けさが、胸の内側に小さな棘のように引っかかる。

違和感を抱えたまま、次の夜に向けて準備を始めた。



◇◆◇



俺は数日くらい起きていられるが、他の三人は無理をすればパフォーマンスは落ちる。

ゾルおじだって、強靭な肉体と精神力を持っているだけで、人間であることに変わりはない。

みんなには、昼間は可能な限り休んでもらいたい。


なので、誰も誘わずに一人で、市場にて上位の魔物素材を探しに出向いていた。

《水魔法:上級》を覚えてそうな魔物となると、水竜系か大王イカ系がメジャーだろう。

しかし、好き好んで街を襲うこともなく、市場には滅多に出回らないらしい。

相手も野生の魔物、そりゃそうだ。人間を襲わなくても、水中には困らないだけの餌があるのだからそうなる。ないものは諦めて、続いて新しい装備を見て回る。


魔鉱石を練り込んだ《黒鋼剣ブラックスチールソード》は、神鹿との戦闘の際に欠けたままだ。

大金を手に入れたので、今度こそ欠けることのない一品が欲しい。

そのためには、金を出し惜しむつもりはない。


武器屋を片っ端から巡り、いかにも老舗しにせの大きな店へと辿り着く。


ショーウィンドウに並ぶ、高額な剣たち。どれも良い剣なのは間違いない。

だが、光沢、装飾、魔力――どれも主張が強すぎる。

煌びやかに魔鉱石をあしらわれ過ぎて好みではない。

俺はもっと、無骨な雰囲気の剣が好きなのだ。

もちろん、普通の剣もあるのだが、いかにも普通すぎても満足はできない。俺のストライクゾーンは狭い。


「とにかく頑丈で、絶対欠けなさそうな剣はないですかね? 重たくても構いませんので。

店に並べてないのも、裏にあるんじゃないですか?」


「えぇ……それはありますが。失礼ですが、ご予算の方は?」


値踏みするように、俺を見る。


「心配せずとも、お金ならあります。一番良い刀を見せてください」


布袋より、白金貨をチラリと見せると、店主の顔色が一瞬で変わった。


「要望にピッタリの剣があります。

とても貴重な“深海古龍の角”を用いた一点物でして、お値段は相当張りますよ」


――いわく。


七百年前。

ある日浜辺に流れ着いた、巨大な龍の死体。

《深海古龍オブスキュラ》と名付けられた龍には、魔石と化した角が大小四本生えていたという。


打ったのは、当時のキャメル国随一の名匠アズラ。


大太刀二本、太刀二本の四本の刀は、どれもアズラの最高傑作とされ。

《アズラ深淵四刀》と呼ばれた。


深淵の壱――《冥海》

深淵の弐――《潮穿》

深淵の参――《影凪》

深淵の肆――《黒崩》


その刀たちは、この国の王が二本手中に収め、もう一本は他国の王が手に入れ、

最後の一本は大貴族の手に渡った。

だが、その一振りを巡って――歯車が狂い始める。


城の宝物庫に眠った刀たちがどうなったかは不明だが。

大貴族の手に渡った一振りを巡り、まるで呪われたかのように、争いが起こった。

強盗団が押し入り、十数人の死者を出したり。

領主が死ぬと、その刀を誰が相続するから揉め、兄弟間での殺し合いにまで発展したりした。

そして別の貴族に引き取られたあとも、火災や突然の病死。

狂ったようにこの刀で自害をした者までいたそう。転々と巡った先々で、不幸をまき散らす。

呪われた刀として悪名が付きに付き、最終的にはこの鍛冶屋の元へ、ひっそりと流れ着いたようだ。


――なるほど。


めちゃくちゃ縁起が悪い刀じゃねぇか!

でも、正直かなりカッコいい。“いわく”なんてものは、付いていれば付いているだけ良い!


「ぜひ、その刀を見せてください!」


迷わずそう言った。


丸渕眼鏡の店主は、静かに頷くと。

奥からもちだした。

厳重に、まるで封印を重ねるかのように袋に入れられ、

中からは古い桐箱きりばこが入っていた。

御札が幾重にも貼られ、太い綱で桐箱が開かれないように固く結ばれている。


おいおい、その封印を解いちゃっていいのかよ?


桐箱の蓋が開かれた瞬間、重たい空気が流れ出る。


首筋を、死神の鎌が撫でた。


――ゾクッ。


背中に、冷たい汗が一筋落ちる。


「これが《アズラ深淵四刀》が一振り。深淵の肆――《黒崩》でございます」


あかーん!


見た目は古びた日本刀のようだが、禍々しさが半端じゃない!

怖い話を聞いたあとだからだろうか? たしかに威圧感を放っているように思う。

視界の端が、わずかに歪んだ気がした。

そして、視線を逸らそうとしても、なぜか目が離れない。


――カタッ、カタッ。


(ひいいいぃぃぃ!!! 触ってないのに、なんか、カタカタしたぁあ!!!)


「ぜひ、お手に取って抜いてみてください」


おいおい、冗談だろ? 今、カタカタしてただろうが!

抜いて良いのか? いきなり呪われて切りかかったり、自害したくないんだけど。


店長は、期待のこもった眼でこちらを見ている。

最初に会った時と違い、目が血走って、ガンギまっているのは気のせいだろうか。


え? 店長さん? あなた、まだ正気保ってますよね? 大丈夫ですよね?


「――何してる、さぁ!!」


あかーん!


店長も絶対のまれてるじゃん。

――ええいっ!ままよ!


握って持ち上げると、見た目よりもズッシリと異様に重い。

すらりと抜いた刀身は、心を吸い込まれるような美しい漆黒だった。


黒鋼剣も漆黒だったが、深みも美しさもまるで別格だ。

手のひらに、ひやりとした感触が残り、不思議と手になじむ。


どうすんだよこれ……メチャクチャカッコいいじゃん……ほしぃ。


「どうですかお客さん? 貴方にも、この刀の声が聞こえるでしょう?」


いや、全然聞こえませんけど。

え? 店主には何か聞こえてたんですか?


「三百年前より、代々我が家で預かってきましたが……もう限界なんです」


「……はい?」


「その刀は血を求めています。最後に血を吸ったのが、その三百年前。

このまま放置すれば、いつか私にも災いが降り注ぐ!

どうか、冒険者様。貴方の手で振るって上げてください!

私はもう、その呪いが解き放たれるのが、怖くて怖くて……うっ、ぐうぅ……」


いや、泣かれても困りますけど!


単純に手に余るから、俺に押し付けようとしてんじゃねぇか!

てか、精神的に不安定すぎるだろ。元が神経質な人なのか、それともこの刀の影響なのか。

分かんないから、余計に怖い。


「えっと、ちなみにおいくらですか?」


「もちろん、限界まで値下げさせて頂きます。小金貨75000枚で結構ですので……」


なんとも絶妙な値段。

国宝レベルの刀だと思えば、確かに安い。

だが、呪い付きだと思えば、やっぱり高い気もする。


「あのぉ、もうちょっとお安くなったりは?」


「でしたら、小金貨7000枚で如何でしょうか?

こちらとしても、あの《アズラ深淵四刀》の一本を、それ以上お安くは譲れません」


つまり、白金貨7枚か……。

俺には白金貨15枚分の手持ちがある。


今後も冒険者として稼ぐ予定ではあるし、取り急ぎ家を建てるつもりもない。


(……いっちゃう? いっちゃうか?)


呪われた刀だろうが、間違いなく素人目にもよい刀だ。

すでに俺の心は奪われてしまっている。早く、魔物の血を吸わせてやりたいとすら思っている。


ダメだ……迷ってるふりをしているが、もう心は決まってるわ。


「買います!!!!」


店主と固い握手を交わし、俺は最恐の一振りを手に入れたのだった。




◇◆◇



もう、今の俺にブレーキはない。


財布の中身が軽くなるたび、気持ちまでも妙に軽くなる。

大金を持って、一人で買い物に出たのが運の尽きだ。

財布の紐の硬いクロエさんが、一緒に居てくれたならこうはならなかっただろう。

今ごろ名綱を握られて、冷静に戻してくれたはずだ。


黒曜蜥蜴オブシディアン・リザードの鱗を用いた、軽鎧防具一式。

光を吸い込むような黒は、動くたび鈍く艶めく。

冥々蜘蛛ナイトデヴォアの夜織り糸を用いた、最高級の外套がいとう

羽織ると重さを感じないのに、包まれる感触はやけに頼もしい。

風渡り鹿テンペスト・スタッグの革を用いた、ブーツとベルトとポーチ。

足首に吸い付くようなフィット感で、これだけでも走り出したくなる。


大金を仕舞うに相応しい財布も欲しいと、銀鱗蛇シルヴァ・サーペントの皮を使った袋財布も手に入れた。これは伸縮性に優れており、見た目も美しい。

この財布を持ち歩くだけで、店員は只者ではないと思ってくれるはずだ。

――まぁ、これだけの装備を整えれば、分かる人には分かるだろうが。


薬屋にも向かい、ハイポーションを何本かストックする。

これから大きな戦いが始まるので、あればあるだけ良い。

とはいえ、賞味期限があるので、徐々に劣化はする。

金にゆとりがあるとはいえ、欲望に歯止めをかけ、四本に留めて置く。


試験管のような空瓶も見つけたので、買っておく。

これに俺の血を入れて、ゾルおじにプレゼントするのだ。

気色の悪いプレゼントだが、彼ならなにより喜んでくれるだろう。

たぶん、吸血鬼をおびき寄せるための罠なんかに使いたがるはずだ。


最後に、クロエの分の収納指輪ストレージリングを一つ購入した。


最高級の性能ではないが、水や食料、魔物素材を収納するのに十分な性能をしている奴だ。

クロエの薄桃色の髪の毛を思わせる、ピンクトルマリンがあしらわれた指輪だ。

光に当たると、淡く、やさしい色が指輪の縁に滲む。

指のサイズが分からなくても、自動で指のサイズに合わさってくれるのでありがたい。

彼女も欲しがっていたし、喜んでくれると嬉しいのだが……。

あまりに高いプレゼントを、彼女は快く思わない傾向があるので心配だ。

眉をひそめて「私なんかに勿体ないです。いりません!」と言われる未来が、はっきり想像できる。


刀に続き、白金貨をさらに一枚失う程の爆買いをしてしまったので、さすがにやり過ぎたかもしれない。

胸の奥で、ようやく理性が小さく咳払いをした。

クロエやゾルデに、冷たい眼で見られないことを祈りたい。



《深海古龍オブスキュラ》:SSランク。


《凍角神鹿ニヴルホーン・グラキエス》と同様。

この世に十匹に満たない、神獣と呼ばれる魔物の一体。


深海の絶対的支配者。

額には大小四本の魔石で出来た角を持つ、巨大な海龍。

700年ほど前――その死骸が、首都ルミナス近辺の浜辺に打ち上った。


名匠アズラによって鍛えられた四本の刀は、《アズラ深淵四刀》と呼ばれた。


大太刀

深淵の壱――《冥海》 

深淵の弐――《潮穿》


太刀

深淵の参――《影凪》

深淵の肆――《黒崩》


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