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第49話 「フレイヤ・ラインベルク」


――《フレイヤ視点》




《フレイヤ・ラインベルク》――それが、私の名だ。


父の名は《アウグスト・ラインベルク》。

キャメル王国の総帥にして、存在するすべての騎士団長を統括する最高位。

戦時、あるいは非常時においては、女王陛下に代りの軍事権限を行使することを許された男。

王国に剣を持つ者で、その名を知らぬ者はいない。


私には二人の兄がいる。

どちらも騎士として生き、家督を継ぐため、物心つく頃から剣と汗にまみれて育った。


そして私は――娘だった。

跡取りとして期待されることもなく、家を背負う責務を課されることもない。

厳しく叱られることもなければ、剣を振れと命じられたこともない。

自由奔放。それほどまでに、私は家族から愛され、甘やかされて育った。


兄たちは朝靄の中を走り込み、日が落ちても剣を振るっていた。

幼い私はその背中を、屋敷の回廊から眺めていた。


――取り残されている。


そんな焦りにも似た感情だったのだと思う。

自分だけが与えられた“自由”に手放しで喜べない。

見よう見まねで剣を振り始めたのは、そういう罪悪感からだ。


父はそれを咎めなかった。

むしろ微笑ましそうに眺め、時には後ろから手を添えてくれた。

「剣は、こう握るものだ」 その優しい声は、今も耳に残っている。

丁寧に手ほどきして、自分に構ってくれるのが嬉しかった。


淑女のたしなみとして学ぶべき、作法、舞踏、読書、芸術鑑賞――

それらは私にはどうにも肌に合わなかった。


剣を振るう方が、ずっと素直で、ずっと楽しかった。

私は剣に熱中し、のめり込んだ。


淑女らしからぬ私の行く末を、父たちも心配し始めていたが、無理には取り上げようとしなかった。

貴族の娘など、家柄間を取り持つために婚約の道具にされることも当然のようにある。

そうされなかったのは、本当に恵まれていたからだ。


私が12、13歳になった頃。一番上の兄が騎士団へ入団した。

その頃の私は、大人が両腕で扱うような大剣を、木の棒を振るかのように振り回していた。

自分では自覚がなかったが、父の見る目はその頃から変わったのだと思う。


私には剣の才能があった。いや、正確に言うなら、肉体の才能というべきか。


「フレイヤ。お前は将来どうなりたい?」


父にそう問われた日のことを、私はよく覚えている。


「お父様や、お兄様たちのように……私も騎士になりたいです」


心からの言葉だった。


尊敬する背中を見て育ったのだ。憧れない方がおかしい。

だが、同時に理解していた。


女として生まれてしまったことが、全てを諦めるに十分な理由だということを。

私も時が来たら、名門ラインベルク家の娘として誰かに嫁ぐ。

だからせめて、その日までは自由に生きたい。


父は、その望みを叶えてくれた。


結果として、私は騎士になった。

女性であっても、実力と家柄があれば道は閉ざされない。

トントン拍子に王城勤務の近衛騎士として抜擢ばってきされた。

女性であることも必ずしも不利には働かず、女王の傍では、男には任せづらい役目も多い。

そうした時に私は重宝され、確かな信頼を得た。


だが――その仕事は、危険とは程遠い、安全で退屈なものだった。

不審な者に襲われるようなことはまずない。魔物駆除に出ることもない。

必死に鍛え上げた剣術は、このままでは使わぬまま錆びついてしまう。

無礼を承知で、父上に頼み込んだ。純粋に剣を振るいたかったのだ。


そして今回。

大規模な吸血鬼被害を被った交易都市ベイルハートへ父たちと赴くこととなったののは、そうした理由からだ。調査の中で、ハッシュベルト国の聖銀旅団が、この戦いにおいて多大な貢献をしたことを知った。


聖銀旅団団長ゾルデ・グリムアント。

戦慄のゾルデ。史上最速のSランク冒険者。雷帝の異名は、あまりにも有名だ。

まだ街に留まっていた彼らを招き、功労者として話をする場が設けられた。


その姿を一目見て、分かった。


――この男は、本物だ。


だからこそ、口走ってしまった。「手合わせ願いたい」などと――。

今思えば、あまりに失礼だった。父上も頭を抱え、恥をかかせてしまった。

きっと、礼儀作法くらいはちゃんと学ばせるべきだったと後悔させたことだろう。


ゾルデは一瞬だけ私を見て、それから隣の青年を指さした。


「コイツを倒せたなら、俺が相手してやる」


彼は断るでも、怒るでもなくそう言った。


指名された青年は、しぶしぶ前に出て、ノアと名乗った。

弟子の立場なのかもしれない。ならば先に相手するのは当然というものだ。

まだ幼さの残る可愛らしい顔立ち。とてもではないが、ゾルデのような強者には見えない。

だが、油断はしない。木刀を構え、本気で挑んだ。


結果は――完敗だった。


攻撃がまるで当たらない。

そして、力には絶対の自信があった私だが、それ以上の力を秘めている。

異性だろうと年下にねじ伏せられたのは初めてだ。

ちょっと興奮を覚えたほどだ。


世界は広い。

これほどの強者が、当たり前のようにいる。


「我が娘のわがままを聞いていただき感謝いたします。ゾルデ殿。そしてノア殿」


父が頭を下げ、私も深く頭を下げた。


そして本題に戻る。

父が代行し、女王陛下からの感謝の言葉を告げる。

王都ルミナスで、美しく若い女性を狙った吸血被害が急増している。

ぜひ力を貸して欲しい。こたびの特別褒賞も出るだろうし。

一度、女王陛下と謁見の場を設けたいという話しであった。


もちろん、協力要請は父の独断だろう。今回、そういった話はなかった。

だが、相手は吸血鬼駆除の専門家。

今の王都での被害を考えれば適切な判断だ。


褒賞は出るし、王都の兵士たちも味方になるし、他国で圧倒的に動きやすくなる。

吸血鬼の居所を掴むには、協力者は多い方が良い。

ゾルデたちは迷うことなく協力を受け入れてくれた。


グリフォンで空を飛んで王都へ送ることを提案。

聖銀旅団は治療を済まし次第、馬車で向かう流れとなった。

だが、その提案をゾルデたちは断った。馬車すら使わずに、どうしても徒歩で向かうというのだ。


さすがに三人だけの旅では不安。

配下を付ける案が出た瞬間、私は即座に名乗りを上げた。

どんな人物たちなのか、普段どんな修行をしているのか、興味は尽きない。


「敵は若い女性を狙います。私は囮として適任です!」


そんな風に、必死に説得したのを覚えている。

それでなんとか許可が下りた。父は困った顔をしながらも、最後には許可を出した。


こうして私は――


彼らの旅に、同行することになったのだ。



◇◆◇



交易都市を出立してからの日々は、まるで夢の中にいるようだった。


次々現れる魔物。

存分に剣を振るい、肉を切り裂く。


やはり戦いはいい。


相手が強ければ強いほど胸が高鳴る。

力をぶつけ合い、勝利を掴む瞬間――これに勝る快楽はない。


もしかすると私は、騎士よりも冒険者の方が性に合っているのかもしれない。


仲間と連携する集団戦闘も、実に心地よかった。

それぞれが自分の役割を理解し、迷いなく動く。

互いを知るほどに、新たな連携が自然と生まれていく。


ゾルデ殿は面倒見がよく、私やクロエ殿の動きをさりげなく導いてくれた。

決して押し付けがましくなく、それでいて確実に成長を促す立ち回り。

さすが、歴戦の冒険者だと何度も感嘆した。


同年代のクロエ殿と他愛のない話をする時間も楽しかった。

戦いの合間、焚き火の前で交わす何気ない会話。

それだけで、心が不思議と軽くなる。

慣れない野営でも、彼女が共に寝てくれるから安心だ。


そしてノア殿は、倒して手に入れた魔物の素材を使って料理を振る舞ってくれる。

どれも美味しく、見たことのない独創的な料理も並ぶ。

一日中歩き、空っぽになった胃袋が、歓声を上げているようだった。


こんな日々が、ずっと続けばいい。


けれど、明日には王都へ辿り着いてしまう。


私の役割は、あくまで護衛――そしておとりだ。

だが正直なところ、クロエ殿のような可憐な女性がいる時点で、私の出番などない。


夜毎、吸血鬼が現れていたようだが、

そのすべてをゾルデ殿とノア殿が二人だけで片付けていた。


護衛など必要なかった。

そもそも、私の方が弱いのに、守るというのもおこがましい。


――それでも。


この時間が、終わってしまうのが惜しかった。


短い旅。

でも、私にとっては掛け替えのない、濃密な時間だった。


《サンライズ》というパーティーの一員として過ごせたこと。

この記憶を、私はきっと、生涯忘れない。




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