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第46話 「スケベ」


交易都市を出立して三日目。


ここまでの旅路は、驚くほど順調だった。

魔物に遭遇しないわけではないが、出てきた端から片付いていく。


正直――

俺たちに遭遇した魔物の方に、同情すら覚える。


今日の犠牲者は、Bランクの人狼――《ムーンウルフ》。

鋭敏な嗅覚と、無駄な肉を削ぎ落とした強靭な肉体。

そこから生み出される最高速度は100キロを超えるという。

魔法を使えずとも、爪と牙だけで人間を引き裂くには十分だ。


……にもかかわらず。


クロエが放った光魔法が、視界を白く塗り潰す。

その刹那、ゾルデのナイフが雷を纏い、正確に脚を貫いた。


地に縫い止められた獣を、

フレイヤの大剣が、ためらいなく両断する。

一連の流れは、あまりにも鮮やかだった。


俺はというと、索敵要員として立っていただけだ。

近づく気配を知らせるだけで、仕事は終わり。


解体作業もゾルおじがテキパキと行ってくれる。

死骸から血を抜き切ると流石にフレイヤにバレるので、コソコソとほどよく血を集めるだけだ。


(……暇だなぁ)


クロエの師匠という立場も、いつの間にかゾルおじに奪われていた。

というか、俺自身が彼に剣を教わっている始末だ。


彼からしたら俺の動きも素人同然。

身体能力とスキル頼りで戦ってきた俺にとって、

剣の握り方から振り抜きまで、すべてが修正対象らしい。


クロエも、変な癖がつく前にゾルおじに師事できたのは幸運だろう。

魔物の知識や解体のコツを、目を輝かせて聞いている。


フレイヤも同様だ。

戦闘自体は慣れているが、実戦で得られる学びは多いらしい。


「王城守護も悪くありませんが……私の場合は、戦いの方が刺激的でしょうに合ってます」


刀身に付着した血を拭きながら、彼女は楽しそうに言った。

どうやら、彼女は立派な戦闘狂の素質持ちだ。

そういえば、ゾルデに初めて会った時もいきなり戦いを挑んでたか。

なぜか俺が戦う羽目になったが……。

こんな美人なのに、人は見かけによらないな。


「どうかしましたか、ノア殿。私の顔になにか?」


きょとんとした顔で、フレイヤが首をかしげる。

おっと失礼。ジロジロと見過ぎてしまったようだ。




◇◆◇




しばらく進むと、山から流れ落ちる細い小川に出た。

簡素な橋が一本、架けられている。


「水が綺麗だ。ここで補給しておこう」


「やったぁ~! ゾルおじ、魚はいなそう?

ビリッとやって、夕飯用にとってよぉ!」


俺が甘えるように頼むと、ゾルデは小さく鼻を鳴らした。

最初こそ“ゾルおじ”呼びに怒っていたが、今ではすっかり慣れたらしい。


「少し待ってろ。川の様子を見てくる。お前たちは今のうちに身体を休めておけ」


そう言うと、彼は岩場を跳ねるように駆けていった。

あの身軽さ、まるでカモシカだ。

ゾルおじに任せれば、何かしら取って来てくれるだろう。


「では、私は少し汗を流しますね。かなり動いたので」


フレイヤはそう言って、鎧を外していく。

次いで、ためらいもなく豪快に上着を脱いだ。

露わになる下着姿。


(……えっ!?)


視界いっぱいに飛び込んできた、健康的な曲線。

鎧で隠されていたが、その胸は実に豊満だ。

恥じらいというものがないのだろうか、それとも騎士という男社会に身を置くとこうなるのだろうか。

思考が一瞬、完全に停止する。


「ノアさんの……スケベ」


クロエのじとっとした視線が突き刺さる。


い、いや、違う。違うんだクロエさん。

これは不可抗力。男のさがというやつだ。

そういうつもりはなかったが、自然とそこに視線が行ってしまったのだ。


「フレイヤさん、私も!」


クロエまで上着を脱ぎ、タオルを水に浸して肌を拭き始める。


フレイヤの健康的な身体と違い、白く、きめ細やかな肌。

そして、控えめな胸元。


(あわわっ――クロエまで! だめだ。視線のやり場がない)


そう思いつつも、しっかりと視線が釘付けになる。

俺の心の中の、“紳士なノア”が現れて、その肌から無理やり視線を逸らした。


クロエは恥ずかしくないのだろうか?

そもそも、俺が男としてあまりに意識されていないだけ?

それは、それでちょっとショックかも。


背を向けたままのクロエを、再びチラリと覗き見る。

耳の先まで、真っ赤に染まっている。


(なっ――!)


恥ずかしいんじゃんか。しかも、あんなに真っ赤っかになって……。

その事実に気づいた瞬間、

なぜか俺の方まで猛烈に恥ずかしくなる。


「お、俺も……なんか獲物探してきまーす!!」


いたたまれなくなって、逃げるようにその場を離れたのだった。




◇◆◇




二十分ほどブラブラして戻ると、ゾルデはすでに帰ってきていた。


クロエと目が合うと、先ほどの出来事が思い起こされる。

それだけでドキリとして、自分の顔が火照るのを感じる。

どうやら意識し過ぎてしまっているようだ。


俺は煩悩を振り払うように、ゾルデへと声をかけた。


「さすがゾルおじ! 大漁じゃん!」


ニジマスのような魚が十匹以上。丁寧にロープをエラに通して吊り下げてある。

どうやら、内臓もすでに掻き出してあるようだ。

仕事の出来る男。何も獲物を取ってこれなかった俺とは違う。


「まあな、なかなか立派なサイズだろ。一人三匹ずつあるぞ」


ありがてぇ。本当にありがてぇ。

水も大樽へとたっぷり補給できたし、新鮮な魚は久方ぶりだ。

今すぐ食べたいところだが、まだ野営するには少し早い。もう少し移動距離は稼いでおきたい。

ゾルデの持つ《収納指輪ストレージリング》へとニジマスを収納し、俺たちは再び歩き出す。


そして、夜。

ニジマスに塩を振り、焚き火でじっくりと焼く。

脂が落ちて、火に触れるたび、ぱちりと音が弾けた。


全部焼くのも惜しくて、半分は米と一緒に炊き込むことにした。

土鍋に米、魚、刻んだ香草、醤油などの調味料を加える。

蓋をして、弱火で待つ。


立ち上る湯気に、魚の旨味が溶け込んだ香りが混じる。


蓋を開けると、ふわりと広がる湯気。

骨を丁寧に取り除き、しゃもじで混ぜると、

底には香ばしいおこげが顔を出す。


仕上げに刻みネギと胡麻を振りかけて――『ニジマスの炊き込みご飯』の完成だ!


……う、うまい。


しっとりホクホクな白身と、ほどよい塩味。そして醤油の香ばしさ。

おこげの部分が何とも言えない複雑で深い旨味をもたらしている。


「焼き魚以外で食ったことはなかったが、こりゃうめぇ!」

「本当に美味しい……さすがノア殿ですね」

「これはゾルおじが取って来てくれたニジマスがそもそも美味しいからだよ」


もちろん、皮がパリッとやけた塩焼きも絶品だった。

疲れた身体に、じんわりと染み渡る。

派手さはないが、確かな満足感があった。




◇◆◇




夜の警戒当番は、俺とゾルデが三時間ずつ。

クロエとフレイヤは二時間で交代だ。


「ノアさん。交代、お願いします……では、おやすみなさい」


クロエは眠そうな目で、フレイヤのいるテントへもぞもぞと潜り込んでいく。

本当に吸血鬼の血が混じっているのか疑うほど健全だ。

俺は夜になると、むしろ冴える。いつでも眠れるが、実は夜行性なのだ。


焚き火の音。

冷たい夜気。

木々の隙間から覗く星々。


この静けさが、好きだ。


ふと、視線を下ろす。


木の影で、何かが揺らいだ気がした。


その闇に浮かび上がっていたのは――“顔”の輪郭。


「――――っっ!!」


(顔だ! 何かがこっちを覗いている!)


全身に鳥肌が立ち、背筋がぞっと冷える。


俺もゾルデも、まるで存在に気付けなかった。


(いつの間にあんなところに……吸血鬼? それとも、幽霊か!?)



……腹減った。


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