第44話 「サンライズ」
これより第三章。
またまたしれっと新メンバーが!?
俺たちは今、首都ルミナスに向かい歩みを進めている。
“王の血”を継ぐ半人半魔の吸血鬼――俺とクロエ。
聖銀旅団の元団長、ゾルデ・グリムアント。
そして、キャメル国女王直属近衛騎士、フレイヤ・ラインベルク。
奇妙な四人旅だ。
五日かけて首都へ向かう予定で、道中は街道を選んだ。
グリフォンを使えば空を飛び半日、馬車を使えば三日もかからないが、徒歩を選んでいるのはあえてだ。
理由は単純。
吸血鬼たちに、俺たちの“足取り”を教えることで、襲撃のチャンスを与えてやることだ。
俺がまだ交易都市に留まっていると吸血鬼たちに誤解されれば、市民が狙われ続ける。
だったら最初から、餌が動いていると分からせた方がいい。そうした配慮である。
クロエの読みでは、すでにここらの街道一帯は見張られている。
“王の血”を持つ俺という存在は、それだけ価値があるのだという。
――俺が原因なのなら、全てを引き受けて返り討ちにする。
最上位の吸血鬼が直接来ないなら、すでに相手にならないだろう。
吸血鬼絶対殺すマンのゾルデもいるし、負ける要素はない。
街道を進んでしばらくすると、数匹の魔物と出くわした。
Dランクのゴブリンだ。
こん棒を引きずり、濁った目でこちらを見ている。
緑色をした醜悪な亜人種だ。
見るからに知能が低そうな奴らで、清潔感のかけらもない汚い姿をしている。
「ゴブリンですね。数は四体だけですか」
フレイヤは魔物の出現にも動じることはない。
周囲を警戒しながらも、声は落ち着いている。
「ここは私が……」
フレイヤが一歩前に出た。
陽の光を受けて、揺れる金色の髪。
きっちりとポニーテールに結われている。
無駄のない鎧姿で、背には彼女の体格には不釣り合いに見えるほど巨大なグレートソードが背負われている。
彼女は背中に手を回し、大剣を引き抜いた。
金属が鳴る音は低く、澄んでいる。
抜き身となった鋭い刃を見て、ゴブリンが叫び、飛びかかる。
次の瞬間、
大剣が風を裂いた。
一閃。
その一振りで、四匹居たゴブリンの半分が死んだ。
骨ごと断たれた胴体が、地面に転がる。
一メートルをゆうに超えるグレートソード。
その重さは10㎏はくだらないだろう。
だが――
その剣が“重そう”に見えない。
それは彼女の技量故か、それとも並外れた怪力からか……。
「ハァッ!!」」
追撃するように。剣を振り払い、残りのゴブリンも蹴散らしていく。
手助けする準備はしていたが、俺たちの出番はまるでなかった。
(やっぱり、本物だ)
一度手合わせさせられたから分かる。
技量も判断も、すでにAランク相当だろう。
近衛騎士は“選ばれた者”しかなれない。
彼女も若きエリートであり、それだけの力を持っているのだとよく分かる。
「すごい……!」
クロエが素直に声を上げる。
「さすが、その若さでキャメル国の近衛兵になれるわけだ」
ゾルデでさえも、関心している。
「いえ。大した相手ではありませんでしたから」
虚勢でも自慢でもなく、事実を告げているだけの口調。
そう言って、フレイヤは軽く頭を下げた。
大剣を振り払い、血を切る。
気取った様子はなく、それがいつもの動きなのだと分かる。
慣れた手つきで、ゴブリンの耳を削いでいく。
首都に戻ったら、ギルドポイントの証明に出すのだろう。
(このパーティー……冷静に考えて、相当ヤバいよね)
俺とゾルデはSランク相当。
クロエとフレイヤもAランク相当の実力はあるだろう。
普通なら出会うはずのない者たちが、吸血鬼討伐のために即席のパーティーを結成した。
吸血鬼が相手ならともかく、それ以外の魔物を相手にするなら過剰戦力だ。
ちなみに、この即席パーティーの名前は出立前に決めてある。
始めは、「別にパーティー名なんて、なくても良いんじゃない?」と軽い気持ちで口にした。
何気なく言ったつもりだったが、空気が一瞬で変わった。
ゾルデが、ドン引きした目で俺を見る。
フレイヤは、痛ましいものを見るような視線。
クロエに至っては、よほどショックだったのか、今にも泣きそうだ。
(やばい、これは地雷だったのか! まさかそんなこだわりがあったとは!)
「な~んてね。絶対必要だよね! どんな名前が良いかなぁ……」
俺は咳払いして、誤魔化しつつ。
皆の顔を見回す。
こういう名付けは苦手なのだが。忘れては行けない、一応のリーダーは俺なのだ。
ならば、これは俺の役目なのだろう。
吸血鬼を狩るために集まった、凸凹な面子。
暗い夜を越えて、眩い朝へ向かうような……。
「夜明けをもたらす者たち……《サンライズ》って名前はどうかな?」
一瞬の間。
「サンライズ……“日の出”か。俺たちにピッタリのいい名前だ」
ゾルデが、満足そうに頷く。
「私も気に入りました! さすがノアさんです!」
クロエの顔が、ぱっと明るくなる。
フレイヤも、大きく頷いた。
その仕草が、どこか誇らしげに見えた。
(あぶねぇ~! いきなり白い眼で見られるところだった!)
長旅になるのだから、なるべく仲良く、楽しくしていたい。
人の顔を色を伺いながら、空気を読むのは忘れない。
そういったものには敏感でなければいけないのだ。
それが、世渡りのコツなのだから。
◇◆◇
「今日はここいらで休むとしよう。予定より進みは早いし、順調だな」
日が傾き始めた頃、ゾルデの一言で野営の準備に入る。
ゾルデが地面の落ち葉を払い、土を踏み固め、手慣れた動きでテントを張る。
フレイヤとクロエが、何も言わずとも薪を集めてくる。
俺は石を並べ、簡易の炉を作り、料理の下処理だ。
人数が増えた分、動きは早い。
皆が働き者で、役割分担せずともすべきことを理解してくれている。
食料は十二分に買い込んである。
なんたって俺とクロエは大食いだ。
今日の夕飯は、干し肉と豆を戻して作る濃いめの煮込み。
香草と塩を効かせ、最後に少量の油で香りを立たせる。
同時進行でクロエがパスタを茹でてくれていた。
熱したフライパンにバターを落とす。
ブルーオークのベーコンを細切れにして、ほうれん草と共に炒める。
これだけれでも食欲をそそるが、パスタを投入して絡ませていく。
「うわっ……いい匂いですね!」
フレイヤが、ぽつりと言った。
「もう、お腹がペコペコです。ノアさんはとっても料理上手なんですよ?」
クロエが弾んだ声で言う。
出来立てを皿に分け、皆で囲む。
皆が夢中で食べている。
不思議なものだ。
どうなるか不安だったが――こうして仲間と囲む食事は、やたらと美味い。
「ノア……お前の作る料理は、そこらの店よりも美味いんじゃないか?
砦街アーデルの奴らに聞いた通りだったとはな」
「えっ……あの街で、聞き込みまでしてたんですか?」
「皆がお前のことを褒めていたぞ。期待の大型新人だってな」
「わっ! 私と出会う前の話ですか、聞きたいです!」
何気ない会話に、笑い声。
焚き火の音。
夜風に揺れる炎。
吸血鬼の血を持っていても。
吸血鬼狩りが隣にいても。
今この瞬間だけは、
ただの“旅の仲間”だった。
夜明けへ向かう者たち――《サンライズ》。
その名が、最強の冒険者パーティーとして各地に伝説を残すのは、まだ少し先の話。
フレイヤ・ラインベルクさんとの出会いは、おいおい書きます。
誰コイツという生暖かい眼で、見守ってください。




