第43話 「ゾルデの決断」
俺を巡る、吸血鬼と狩人たちの三つ巴の戦いは、静かに幕を下ろした。
リゼンはもちろん、ゾルデたちも深手を負っている者が多い。
逃げ延びた吸血鬼もいるが、戦果としては十分すぎるほどだ。
冒険者たちは大半が治療院へと運ばれていき、街にはようやく、人間の息づかいが戻り始めていた。
交易都市ベイルハートを襲った吸血鬼による大規模襲撃は、瞬く間に周辺国まで響き渡った。
冒険者たちに多くの負傷者を出したが、結果として一人の死者も出すことはなかった。
一般市民への被害はなく、街への被害も最小限に抑えた結果となる。
対して、吸血鬼たちは十体の討伐に成功。
聖銀旅団の名を、大きく轟かせる快挙となった。
◇◆◇
それから数日後。
俺とクロエ、そして聖銀旅団のゾルデ・リゼン・バルバルの三人で、話し合いの席が設けられた。
「よぉ、ノア。逃げずに現れるとは感心だ」
「どうせ逃げても、また見つかるんでしょ。
それより、ちゃんと話しておきたいこともあるしね」
軽口で返しながら、俺は椅子に腰を下ろした。
ゾルデの顔は以前より穏やかだが、その奥にある警戒心はまだ消えていない。
「リゼンさんはもう動いて大丈夫なんですか?」
「えぇ、おかげさまで。まさか討伐対象に救われるなんて思いませんでしたよ」
「お前らは、おでたちの命の恩人だ!」
素直で真っ直ぐなバルバルの声に、空気が少しだけ温くなる。
俺が切り出す。
「じゃあ、その“恩”に免じて――お願いだ。
俺とクロエは人間として生きていたい。正体については他言無用。
そして、俺たちが人間を襲わない限り、命を狙わないで欲しい」
単刀直入に本題を伝える。
「お前らが人として生きたいのも理解した。そう示す行動も見せてもらった。
だが、強い力を持った“危険な種”には違いない」
ゾルデの目が鋭く光り、刺すような静寂に包まれる。
俺は息だけで笑うように答えた。
「じゃあ、俺たちと争う気? その場合、全力で抵抗するけど?」
話し合いが決裂する可能性は考慮している。
それほどまでに、彼らの吸血鬼に対する憎しみは強い。
だが、それで命を差し出すほど、お人よしではない。
緊張がテーブルの上に落ちた。
数秒の静止――
ゾルデが深く息を吐く。
「――結論はまだ出せていない。だから聞く。
お前らは、今後どう動くつもりなんだ?」
「……俺たちは、首都ルミナスを目指す。クロードがそこにいるんだろ?
俺の事を狙ってるみたいだし、ムカツクからぶっ飛ばすつもり」
ほっといても相手から来るだろうが、わざわざ待つ義理もない。
居場所が割れているのだから、先手を許さずに、こちらから出向くつもりだ。
俺の力も大きく増したし、今ならクロエも十分な戦力になる。
「そうか。ならば結論は出たな。
聖銀旅団を“抜けて”、俺も首都ルミナスへ向かう。
もちろん、クロードの野郎を殺すためだ。そのために、俺をお前らのパーティーに入れてくれ」
ゾルデはコーヒーを一口飲みながら、平然と驚きの内容を口にしてきた。
「なっ――なにを言ってるんですか! ゾルデさん!
旅団を抜けるってどういうことですか!」
椅子が鳴る。
リゼンが勢いよく立ち上がった。
その驚きように、俺は口を出すタイミングを逸してしまった。
「そのままの意味だ。コイツらを見逃すのなら、
俺が受けた、ノアの親父の《ヴェルナー・ノイマン卿》の依頼を蹴ることになる。
吸血鬼の撲滅を謳う聖銀旅団の理念に背くことにもなるし、責任は負わなきゃならねぇ」
「だからといって! もはや、この二人を見逃すのは団員で話し合い決めたことです。
貴方一人が責任を負う必要などありません!」
ゾルデとリゼンが言い合いを始める。
というか、すでに俺たちを見逃すことが決定していたのは初耳だ。
思わず、クロエと顔を見合わせる。
「そうだが、団員はハッシュベルト国にも何人も残している。
彼ら全員を説得するのは難しいだろうし、何より先代たちから団を受け継いできた責任がある」
「たしかに理解させるのは難しいでしょうが、不可能ではありません!
時間をかけ、この二人を知れば彼らも考えを改めるかもしれません」
「そんな悠長な時間は無い。明らかに吸血鬼たちの行動が活発化してきている。
俺はこの機を逃したくない。それに、俺たちの判断で、ノアとクロエを見逃すからには、
今後も人に危害を加えないか監視する役割が必要だ。俺以上に適任は居ねぇだろ?」
「だからって! 貴方の存在がどれほど大きいか、理解しているはずですよ!」
「そうだで、兄貴ぃ!」
ゾルデの言い分も分かるが、団長がいきなり脱退すると言い出すのは困るだろう。
リゼンやバルバルは必死だ。それだけ彼が、不可欠な存在ということだろう。
しかし、ゾルデはやはり頑固者だった。
「ノアに付いて回れば、監視しながら、向こうから吸血鬼がやって来る。
悪いが、俺の中でこれは決定事項だ。団長はリゼンが引き継ぎ、バルバルを副団長とする。
《ヴェルナー・ノイマン卿》には俺が責任を持って、謝罪の手紙を送っとく。
引継ぎは以上だ」
「うわー。ちなみに俺たちに拒否権はないんすか?
ゾルおじと一緒に行動するとか、寿命が縮んじゃうよ……」
俺とクロエで気ままに楽しく、吸血鬼狩りをしながら旅をするつもりだったのだ。
そこにこんな殺気立った男が加わるなんて、生きた心地がしない。
「つれねぇこと言うなよ……一度は殺し合った仲じゃねぇか?」
「いや、一方的に殺されそうになっただけですやん……。俺の話も全然聞かないしさ」
「そうか。監視を拒否するってことは、俺と闘うってことでいいな?」
「うわっ、うわー。クロエ聞いた? パワハラおじさんじゃん!」
そんなことを言われたら、拒否するという選択肢はない。
俺も相当強くはなったが、出来ることならゾルデと戦いたくはない。
「クロードは眷属も多く作り出してるようだし、協力し合おうじゃねぇか?
ってか、ついでに吸血鬼を皆殺しにしようぜ?」
「なんでそんな軽いノリで吸血鬼撲滅を誘ってるんだよ……。
取りあえず、クロードを倒すまで共闘するのは良いけどさ、パワハラと寝首を掻くのは禁止だからね?」
「了解だ、リーダー。クロエも、これからよろしく頼む」
話をスイスイと進めていくが、リゼンさんたちは全然納得していないようだ。
しかし、考えを改める気はないようで、中々に強引な男である。
長居話し合いの末、結果的にリゼンたちが折れることとなった。
「まさか、あのゾルデさんが半人半魔の吸血鬼の仲間になろうなどとは……。
ノア君、クロエさん。この人は無茶を平気でする。よろしく頼みましたよ」
「え……あ、はい。お互い苦労しますね」
「全くです。この人に魅入られた我々が悪いのです」
リゼンは困ったように笑った。
「では、ゾルデさん。団員への説明はちゃんと自分で行ってくださいね!
それと、皆の傷が癒え次第、我々も首都ルミナスを目指します。
それまでどうかご無事で」
「ふっ――お前らが来る頃には、片づけておくさ。
そしたらゆっくりと、観光して帰ると良い」
(どうせ俺の血を使って、相手をおびき寄せたりするんだろうなぁー)
いい様にこき使われる未来が見える。
クロエはというと、別に嫌がることもなく、賑やかな様子を楽しそうに眺めている。
「クロエは本当に大丈夫? 嫌だったら強く断るけど……」
「え? 全然嫌じゃないですよ。むしろ、仲間が増えて嬉しいです!
それに、私たちの正体を分かってて認めてくれてるんですよ!」
クロエは、本当にうれしそうだ。
地獄の吸血鬼生活から考えれば、どんな環境でも楽しく感じるのだろうか。
いや、単純に彼女が素直な性格なんだろう。
「分かった。クロエがそういうなら、俺も覚悟を決めるよ。
ゾルデ、これから俺たちはパーティーだ! 過去の因縁は忘れ、仲良くしようぜ」
「あぁ。仲間でいる間は役立つつもりだ。信用してくれて構わないぜ」
硬く手を握り合う。
「私のことも忘れないで下さいよ~」
クロエが、その上に手を乗せた。
水と油の関係だった者たちが、確かに混じり合ったのだった。
吸血鬼の血を持つ者と、生粋の吸血鬼狩人。
ここに確かに“理解”が芽生えていた。
◇◆◇
その後は、聖銀旅団の団員たちに挨拶にいった。
吸血鬼討伐によるギルドポイント獲得、依頼報酬の分配などのためだ。
冒険者というだけあって、そこら辺はキッチリしている。
俺とクロエは、ゾルデたち聖銀旅団と共闘した扱いとなっている。
Aランク相当の吸血鬼を十体討伐しているのだ、その報酬は莫大だ。
人数で割っても、旅路の準備資金としては十分すぎる額になった。
「首都ルミナスは、片道五日くらいかかるんだよね。遠いなぁ」
「大陸の西端に位置するからな。塩水で出来た海が、一面に広がっているらしい」
「海……!? 私、見たことありません!」
「かくいう俺もないな。煮詰めるだけで塩が無限に手に入るらしい。
塩は貴重だ。吸血鬼狩りを終えたら、山ほど土産にしようぜ」
ゾルデは思ったよりも、普通に会話の出来る男だった。
四六時中むすっとしていて、雰囲気が最悪になるかと思っていたがそうでもない。
クロエとも普通に会話をするし、Sランク冒険者というだけあって博識だ。
「じゃあ、資金も手に入ったことだし。今日は必要な物を集めて、旅の準備に充てよう。
せっかくの交易都市も、一日くらい満喫したいからさ!」
「賛成だ。夜になったら、お前らの宿に顔を出す。そこで旅路の計画を話合おう」
ゾルデはそういうと、さっそうと歩いて行った。
監視とか言っていたから、てっきり一緒に回るのかと思ったが、そこまで活動を共にするつもりはないらしい。
「……もしかして、私たち二人きりにしてくれたんですかね?」
「え? なに、そういう感じ? なんか勘違いさせちゃったかなぁ」
「勘違い……そ、そうですね。あははは……」
ゾルデは思いの外、気をつかうタイプなのかもしれない。
それか、自分が独りになりたいだけな気もする。
「とりあえず、クロエの服や装備を見て回ろっか! 長旅の準備をしないとね」
「いいんですか? 私も自分用の剣が欲しかったんです!」
「そしたら、剣は俺がプレゼントするよ。
クロエは今回のギルドポイントで一気に“Cランク”まで上がれたしさ。お祝いってことで!」
クロエがぱぁっと頬を染めた。
そして、跳びはねるように喜んでいる。
俺たちの足取りは羽のように軽い。
まるでスキップするように大通りを進んでいく。
吸血鬼の血が混じっていても。
人間みたいに笑っていい。人と一緒に生きていい。
それが、たまらなく嬉しかったのだ。
その後、武器選びでクロエの優柔不断が発動。
ばったり再会したゾルデに、良い剣を見繕ってもらった。
砥石の選び方などを教わり、結局そのまま一緒に街を回りましたとさ。
これにて第二章「三つ巴編」は完結です。
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
第三章ですが、ストックもなくなったので、ゆっくりペースで投稿していきます。
モチベーションが高まるので、ブックマーク・高評価よろしくお願いします。




