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第41話「無慈悲のリゼン」


ゾルデが追撃に出たあと、残された聖銀旅団は八人。


リゼンとバルバルは二人組。他の団員は三人一組で戦線を維持している。

対峙する吸血鬼は四体。いずれもAランク相当の実力を持つ。


団員にもAランクはいる。それでも相手の方が数段強い。

身体能力はもちろん、生命力と治癒力は完全に魔物のそれだ。

さらに、血液、闇、影――三系統の魔法を自在に使い分けてくる上、闇夜が味方をしている。

平等な条件下なら対等に戦えるかもしれないが、それらの総合的な能力差により圧倒的優位を築いていた。二倍の人数差があっても、戦況は五分どころか不利である。


団員たちは《太陽結晶サンクリスタ》を使い、太陽光を閉じ込めた魔石で影を奪う。

聖水を浴びせ、聖なる銀で鍛えた武器で応戦する。

どれも対吸血鬼戦では有効な手段。


吸血鬼たちは元が人間。判断力も連携も巧みで、こちらが光源を作れば即座に砕き、

聖水は闇で編んだマントが受け止める。

手の内を晒すほど、相手に動きを読まれ対策を講じられ始めていた。

本来なら、そうなる前にとどめを刺し切る。


だが、複数の吸血鬼を同時に相手することなどないため、なかなか倒しきれない。

追い詰めたと思っても、カバーが入ってしまい、その間に傷を回復されてしまう。

同じ手は何度も通じない。じりじりと差が開いていく。


それでも戦線が崩れていないのは、一人の男の存在が大きい。

“無慈悲のリゼン”。

右手に黒檀の杖、左手に分厚い聖典。その姿は戦場に立つ敬虔けいけんな神父そのものだった。


副団長である彼は、光魔法のスペシャリストであり、

ゾルデが現れるまでは、最も多く吸血鬼を狩った対吸血鬼の専門家だった。


「影なる姿を現せ――《グローリア・パージ》!」

「光の裁きを受けなさい――《ホーリー・ジャッジメント》!」


眩い光が影を剥ぎ取り、続けざまに大技が叩き込まれる。

二種類の魔法を同時維持する離れ業は、尋常ではない魔力制御によるものだ。


聖なる力を宿した光魔法は、吸血鬼の放つ闇を切り裂く。

生まれた一瞬の隙を、バルバルの破戒槌が粉砕した。

これで、すでに二体の吸血鬼を沈めている。


リゼンたちは知らぬことだが、彼らが倒したのはジェイムズの眷属たち。

残る二体はクロードが作った上位眷属であり、さらなる力量を持つ者たちだった。


彼女たちは不用意に近寄らず、遠距離から鋭い魔法を撃ち込み、

“削り殺す”ための連携だけに専念している。


「私は拒絶する――《マリス・アナテマ》!」


リゼンは聖なるバリアを展開し、団員をかばいながら戦う。

言い方は悪いが、動きの悪い弱い者から狙ってくるからだ。

彼が守らなければ、すでに半数は死んでいただろう。


吸血鬼との戦闘はこれが一度目ではない。

ここに来る前に、すでにバッカスの眷属と戦いを重ねた直後だ。

そして、長旅による疲労が、ここに来て肉体と魔力に重くのしかかる。


「ハァ……ハァ……ッ……あと二匹……!」


光が揺らぐ。

闇が広がり、世界が吸血鬼の領域へと塗り替えられていく。


上位眷属の二体は影に潜み、気配を消し、忍び寄り刺そうとする。

こちらが攻勢に転じる“その瞬間”すら狙って揺さぶってくる。

一瞬たりとも気が抜けない。


団員たちの傷は増え、治癒と護りのためにさらに人員を割かざるを得ない。

戦線は細る一方だ。


傷ついた者を見捨てるという選択肢はリゼンにはない。

負傷者を中心に円陣を組み、頭上には光魔法の灯り。

バルバルはその最前に立ち続ける。


丸太のような腕、壁のような肩幅。鎧ごと“巨塊”と呼ぶべき男。

どれほど傷を負おうと膝をつかないことが、堅牢けんろうのバルバルと呼ばれる所以ゆえんだ。


「うふふ……その光が消えた時が、あなた達の終わりよ?」

「ほらほらぁ、どうしたの?」


二人の吸血鬼は楽しむように攻撃を繰り返す。


「ぐううぅ!! リゼン……このままじゃ持たねぇよぉ!!」


破戒槌を盾にしても、追撃は止まらない。

ゾルデは単身で多数の吸血鬼を追って行った。

向こうの方が本命であり、危険性はこちらの比ではない。

すぐに戻ってくる可能性は薄い。リゼンは状況の悪さを、痛いほど理解していた。


(すいません……ゾルデさん。我々の力じゃ……倒しきれない……)


悔しさが胸を焦がす。


「あはは、隙だらけよ!」


――バァン!


飛び込んだ闇の魔力が、団員の掲げていた光球を叩き潰す。

一瞬の闇。

瞳が闇に慣れるまでの“数秒”の隙が生まれる。


「……しまった!」

「う、うおおおぉぉ!!」


バルバルが闇雲に破戒槌を振るう音だけが響く。

敵の姿はどこにもない。


(どこから来る!? ――早く光を!)


リゼンが残り少ない魔力で光を作ろうとした瞬間。


――ザシュッ!


「ぐああっ……!」


腹部に鋭い痛みが走る。

反射的に光を生むと、前方からの攻撃を警戒していたバルバルの背後に、すでに吸血鬼が立っていた。

まるで影からそのまま生まれたかのように、ただ静かに。


「リゼン!!」


噴き出す血。

熱が一気に奪われ、意識の端が暗く沈む。


この傷は――命に届いている。


治癒魔法のスペシャリストでもあるリゼンは、即座に己が死を悟った。

治癒魔法には多くの魔力を必要とする。そんな魔力は誰も残っていない。

そしてこれは、ポーションの類で治る傷でもない。

ならば、できることは一つ。


「み、皆さん……私が囮になります。全員で撤退を……!」

「何言ってんだリゼン!」

「仲間を見捨てるなんて――!」


必死に止める団員たち。

だが、リゼンの覚悟は揺るがなかった。


「私は……もう助かりません。最期に役立ちたい。皆は生きて……ゾルデさんの力に……!」


黒檀の杖に体を預けて立ち上がる。

掌は血で滑り、聖典は真紅に濡れていく。

皆を生きて返せば、必ずやゾルデさんと共に吸血鬼を絶滅させてくれる。

あの人は特別だ。きっと、娘の命を奪った吸血鬼にも復讐してくれるに違いない。

自分は道半ばで倒れるが、ここで残った意志は聖銀団員の皆が引き継いでくれる。


「リ、リゼン……おでは!」

「命令です……! 貴方が率いて撤退しなさい……バルバル!!」


怒鳴ることのないリゼンが、初めて吠えた。

覚悟の熱だけが声に乗り、戦場の空気すら震わせる。


「一度は祈りを捨てた身……だが、この世に神がいるのなら!

どうか、皆を守る力を……!」


最後の魔力を杖に注ぎ込もうとした、その時――


二つの影が目の前へ飛び込む。


「助けに来ました! コイツらは、俺に任せて!」


――ノアとクロエだった。


(ば、馬鹿な……先ほどの少年と少女!?

ならば、この子が“王の血”を持つ今回の討伐対象のノア!)


「助けに来た」――本来なら到底信じられるはずのない言葉だ。

なぜなら、相手は狡猾な吸血鬼なのだから。

だが敵であったなら、二人の女吸血鬼に気を取られていた隙に、背後から撃たれている。

二人の気配に、敵意の鋭さはなく、むしろ温かい。


「俺が止血するから、クロエは治癒魔法を全力で!」


ノアはリゼンへと手をかざし、血液魔法で瞬時に血管を塞ぎ、流血を止めていく。

半人半魔の吸血鬼。

その必死な行動は、本気で人間の味方として戦っている証だった。


「えっ、えっと……すぐ横になってください! 私が治癒魔法をかけます!」


クロエに促され、リゼンはバルバルに支えられ倒れ込む。

その出血量を見て、クロエは顔を青くした。

この男はこれほどの傷にもかかわらず、気合だけで立ち、戦おうとしていたのだと。


「傷を癒せ――《ルミナヒール》!」


クロエの手から緑の光が噴き出し、リゼンの腹部を包む。


「ま、間違いなく治癒魔法……。お前も吸血鬼ではないのか?」


少しでもおかしな真似をしたら、即座に攻撃しようと身構えていた団員たちが驚く。

武器を構えたまま、しかし迷い始めていた。


「わ、私も……半人半魔の吸血鬼なんです。化物ばけものだけれど、人を助けたい気持ちは本当です! 覚えたててで、まだ初級魔法しかできませんけど……助けます!」


刃を向けられ、取り囲まれながらも彼女は動じない。

一人の少女が、懸命にリゼンを救おうとしてくれている。

震える声でも、揺るがない意思がそこにはあった。


その姿に、団員たちは武器を下ろす。


「お願いします……副団長を……助けてください……」

「半魔でもいい! どうかリゼンさんを……!」


口々に頼まれるクロエ。


「はいっ……!」


クロエは答え、全力で魔力をリゼンへ注ぎ込むのだった。


リゼンさんは、元聖職者。なので、冒険者ランクはそこまで高くありませんが、実力だけならばSランクでもおかしくはない才能を持つ。いわゆる天才。


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