第27話「陽の下に生きる理由」
ーークロエ視点ーー
すでに陽は落ちた。
ベイルハートの外れ――こんな空き地があるのは幸いだった。
ノアさんが、拾った薪を並べ、火を起こす。
焚き火の上に鍋を吊るし、昨日の残りの肉と野菜を刻んでは入れる。
「ごめんね、クロエ。本当だったらご飯屋さんに連れてって上げたかったんだけど、金欠だからさ」
「いえ、むしろ嬉しいくらいです! それって、昨日も食べた鹿肉ですよね?」
「そうだよ。まだ沢山あるからさ、クロエも遠慮せずに食べてよね」
彼は手際よく鹿鍋と、ステーキを用意している。
香ばしい匂いが鼻をくすぐり、見ているだけで涎がでてくる。
それに、この鹿肉は美味しすぎて、食べるとなんだか力が湧いて来る気がするのだ。
最初、「街の外で調理しに行こう」と言い出したノアさんを、私は必死に止めた。
なにせ、すでに吸血鬼に居場所は知れている。夜に街の外へ出るのは自殺行為だ。
彼は素直に頷き、私なんかの言うことをあっさりと聞いてくれた。
今日は野宿せずに、素泊まりできる宿も取ってくれている。
「本当に、良い匂いですね。食欲をそそられます」
「これね、味噌っていうんだよ。ジパーン国からの行商で手に入れてさ~」
そう言って微笑む彼は、火の赤に照らされて一層柔らかく見えた。
あの時――私との戦闘の中でさえ、彼はどこか穏やかな表情をしていた。
私を傷つけまいと気遣うように投げ飛ばし、見たこともない氷の魔法で動きを封じられた。
怒るでもなく、殺すでもなく、ただ静かに理由を聞いてくれた。
私はありのままを話した。命令で動いていることを……。
普通は信じたりはしないだろう。だが、彼は疑う様子もなく受け入れた。
そればかりか、疲れ果てていた私に料理を振る舞ってくれたのだ。
あの時の料理の味は、生涯忘れることはないだろう。
主である吸血鬼に咬まれてから、獣の血以外など口にしたこともなかった。
ノアさんの作る料理は、不思議と、心まで温かくなる。
その理由が、彼の“優しさ”からくるものなのだと、今ならわかる。
◇◆◇
お腹いっぱいになるまで食べ、宿の柔らかいベッドで眠る。
とっくに忘れていた。
私も人間だった頃はこういう生活をしていた。
もう……2、3年も前の話だ。
「じゃあ、おやすみなさい。クロエ」
「……おやすみなさい。ノアさん」
誰かと「おやすみ」と言い合うことすら、胸の奥がじんと熱くなる。
本当は、こういう風に人間のように生活していたかったのだ。
吸血鬼の血を与えられ、それはもう叶わぬことだと思い込んでいた。
そうではないのだと、彼が教えてくれた。
暗闇を見ると、思い出すのは、あの主の顔。
冷たく、傲慢で、支配だけを望む吸血鬼。
その命令は絶対であり、血を分け与えられた私に逆らうことなど許されない
――半人半魔の吸血鬼。
ろくに血を飲めず、力も弱い。何もかもが中途半端。
同じ吸血鬼たちもまた、私を“成り損ない”と嘲った。
そんな私が唯一役に立つのは、陽の下でも活動できるから。
その力が、今回はこれ以上なく役立った。
だから、私なんかが主であるバッカス様に呼び出されたのだ。
「クロエ! 王の血を持つ、半人半魔の吸血鬼を探しだせ!
奴も昼間に活動している。成り損ないのお前も、初めて役に立つ。
失敗は許さん。他のも者に先を越されることも許さん!」
バッカス様の命令はそれだけ。
詳細など私に語られることなどない。
理由も、意味も、何も教えられないまま。
ただ、他の眷属から聞いた話によると、バッカス様も彼を吸血鬼にしたジェイムズ様より。
ジェイムズ様は、彼を吸血鬼にした血薔薇の女王より命じられているということ。
功を上げたいバッカス様も、他の吸血鬼たちも焦るわけである。
つまり、吸血鬼の世界で、最も力ある方から下って来た命令なのだ。
鼻もたいして利かない私に、“王の血”などといわれても分かるはずがない。
けれど、その血を嗅いだ瞬間、私は悟った。
ノアさんと相対した瞬間に、それは確信へと変わる。
それは確かに“王の血”だった。
ろくに戦ったこともない私は、当然怖かった。
だが、バッカス様の方が何十倍も怖い。意を決して挑む。
心のどこかで、成り損ない同士ならチャンスはあるかとも思ったが、その力はかけ離れていた。
正直、私レベルではバッカス様ですら理解出来ない程に強い。
その彼でさえ、ジェイムズ様には頭が上がらず、更にその上が存在している。
吸血鬼の世界は、あまりに深く、底知れない闇のよう。
力ある者が上に立つ、血の階層と暴力で成り立っている。
ノアさんが、私より数段強かろうと、決して抗えはしない。
吸血鬼は執念深く、どれだけ夜を避けようと、いつか必ず動くだろう。
彼は、いつか必ず捕らえられる。
私には、それを救う力などない。
だが、その日までの短い間だろうと、私は彼に従うことを決めた。
それはバッカス様への裏切り――つまり、死を意味する。
それでも良い。
彼だけが、私に優しく接してくれたから。
私を一人の人間として扱ってくれた、唯一の人だから。
――彼こそが、私の新たなる主なのだ。
◇◆◇
朝が来る。
ベイルハートの街が、金色の光に包まれていた。
石畳の上でノアさんと新しい服を見せ合い、私たちは笑った。
「じゃあ、今日こそお金稼ぎしなくちゃね!」
「……はい。ノアさん!」
私は、ほんの少しだけ顔を上げて、陽の光を見た。
まぶしくて、痛いほど明るくて――それでも、目を逸らしたくない光。
今の私は、確かに“陽の下に生きている”。
文章が分かりにくかったらすいません。
眷属の派生です。
紅月の王(休眠中)
↓
1000年前に眷属になった者たち(すでに全員死亡)
↓
血薔薇の女王ローゼリア(純血種と呼ばれる最上位吸血鬼)
(他には、魅惑の夜侯クロード、眠れる災厄ゴードン、闇に誘う者ニコラがいる)
↓
ジェイムズ(上位)
↓
バッカス(中位)
↓
下位の吸血鬼たち。
その下位の吸血鬼にすらなれなかった落ちこぼれが、半人半魔であるクロエ。
上位から中位の吸血鬼の眷属でなければ、血が薄まり過ぎている。
下位吸血鬼の血では、眷属化の成功率はかなり低い。
人間にとっては吸血鬼の血は毒なので、大抵の者は吸血鬼になれずに死んでいる。
数うちゃ当たる精神で、やはり吸血鬼になる者たちはいるのだが。
クロエのような、半人半魔は相当に稀有な存在。
力もC~Bランク冒険者と同程度しかない。




