第23話「寒さを吹き飛ばせ! 激うま、辛味噌熊鍋!」
「おーい! みなさん無事ですかぁ!?」
吹雪の音に紛れて、よく通る声が響いた。
四人が一斉に顔を上げる。
ナリアが震える手で光球を作り出し、声の主を照らし出す。
洞窟の入り口。
明かりに照らされた、ひとりの影が立っていた。
毛皮のマントを羽織り、雪まみれの髪を振り払う少年――ノアだった。
「――ノア!? お前、なんでここに……!」
カノンの安堵と驚きが入り混じった声が洞窟に響く。
「助けに来たよ。と、いっても俺一人なんだけどさ」
“一人”という言葉に、期待がわずかにしぼむ。
救助隊ではなく、まさかの新人が一人でやって来たのだ。
今話題の新星とはいえ、この吹雪を相手に何ができるというのか。
トラグたちの顔に、不安の色が浮かぶ。
だが俺は、そんな空気を気にも留めなかった。
「とりあえず火を起こします。皆さん、動かないで」
そう言うと、背負っていた《魔導鞄》をから、手際よく物資を取り出していく。
灼熱石をいくつも並べ、乾いた薪を積む。
魔力を込めた瞬間、赤い火花が散り、洞窟の中が一気に明るくなった。
あっという間に、薪へと燃え移り炎が大きくなる。凍てついた空気がほぐれていく。
「……すげぇ。こんなにすぐ、火が……」
「乾いた薪は、普段から集めてあるんで安心してください。
灼熱石も沢山あるので二日くらいは余裕でもちます」
その様子を見て、ほっと息をつく面々。
皆の顔に少しずつ血の気が戻る。
俺は火の明かりの中、真剣な顔で外を振り返る。
「外に――やばい気配の魔物がいます。おそらく、この吹雪そのものが、そいつの仕業です」
「魔物が吹雪を……? ありえん……そんな話、聞いたこともないぞ」
とトラグが呟く。長年冒険者をやっているが、噂にも聞いたことはない。
「……実は、俺も見ました。気のせいかと思ってましたが、黒い影のようなものが、確かに……」
カノンの声が震える。
それを聞いて、沈黙が落ちる。
火の爆ぜる音だけが、かすかに響いた。
俺はその緊張を断ち切るように、軽い調子で言った。
「とにかく、明日まではここで耐えましょう。
アンクルさんたちが、すでに救助のタイミングを見計らってます。
朝になれば救助隊が来てくれるかもしれません」
そう言うやいなや、今度は、収納指輪から、次々と物を取り出し始めた。
「お、おい……何をする気だ?」
「え? お腹が空いてるでしょう? 寒いし、温かい料理でも振る舞おうかと」
一瞬、四人の時間が止まった。
「ノア……正気かよ……」
「お前、今この状況で料理だと?」
カノンたちの呆れをよそに、俺は真顔で大鍋を取り出し、火の上に据えた。
俺はまだ夕飯を食べていない。走って体力も使ったし、腹ペコだ。
肉の塊――アーマーベアの肩肉をぶつ切りにして放り込む。
次に大量の白菜、ネギ、ニラ、人参、里芋、干しきのこを次々と投入。
そこにお待ちかね、今日手に入れたばかりの味噌を溶き、唐辛子を少し加える。
身体の芯から冷えているようだし、唐辛子パワーで温めてあげたい。
いっきに濃厚な香りが、狭い洞窟を満たしていった。
「うわっ、なんだこの良い匂いは……!!」
「おい……その茶色いのは何だ!? こんなにうまい匂いがするもんなのか……?」
そのリアクションを待っていた。ニヤリと笑う俺。
味噌と醤油の美味しさは、この世界に布教すべきことだ。それが俺の使命。
「ふふふ、これは味噌という名の万能調味料ですよ。
ジパーン国からの行商人から手に入れました」
吹雪の音が遠のいたように感じた。
立ちこめる湯気が、身体の芯を溶かすように暖かい。
すでに彼らは、今の状況を忘れて、目の前の鍋に釘付けだ。
俺は見せつけるように木杓子で鍋をかき回し、湯気の中で笑う。
「おい、ノア。もう、それ完成じゃねぇのか!?
我慢できねぇ、早く食いたいぜ……」
ふふふ、流石に意地悪がすぎたようだ。
彼らは極度の緊張下で空腹を忘れていただけなのだ。腹は減っている。
俺も限界なので、そろそろ食べるとしよう。
「そうですね。名付けて――
《寒さを吹き飛ばせ! 激うま、辛味噌熊鍋!》の完成です!」
ゴクリと唾を飲む彼ら。
それぞれの木椀に次々と盛り付ける。
待ちきれず、受け取った瞬間にトラグが一口啜った。
次の瞬間、目を見開く。
「……うめぇ!!!」
他の者たちも、すぐさま啜り、柔らかくなるまで煮込んだ熊肉を頬張る。
辛味噌の暴力的なまでの旨味が、冷え切った身体に染みわたる。
やはり、腹が減っていたのだろう。夢中で食べている。
「あったけぇ、生き返る!」
「ノア、お前……マジで料理が上手かったんだな!」
「ありがとう、ノア君。あなたは命の恩人よ……」
死を覚悟した凍える夜に、突如差し伸べられた救いの手。
それが、こんなに美味しい熊鍋を振る舞ったのだ。
笑いと涙が混ざり合い、失いかけていた活気がみるみると戻っていく。
辛味噌熊鍋が美味しくできたことには満足している。
それは良い。
だが、ふと顔を上げ、外を向く。
(……来てるな)
吹雪の向こう。不気味な観察者。
“それ”の気配が、確実に近づいている。
どうやら、無難には済まなそうだ。
火の光が揺れ、ノアの瞳が赤く染まる。
鍋の温もりの向こうで、闇が音もなく蠢いていた。
◇◆◇
その場を立つと、洞窟の外へと一歩踏み出す。
――ゾクリ、背筋が凍えるほどの冷気。
遠くから、吹雪の音と共に、何かが近づく気配がする。
どうやら戦いは、避けられなさそうだ。
「敵が近づいて来てます。
どこまでやれるか分かりませんが、ちょっと追い払ってきます」
口元を引き締め、俺は告げる。
「なに言ってんだ! 本当に、こんな吹雪を起こすような化け物相手なら殺されるぞ!」
トラグの声が、洞窟に響く。
みんなの心配そうな目が自分を追う。俺は一瞬だけ視線を返した。
カノンも顔を曇らせ、問いかける。
「最悪、そいつをどうにかしないと吹雪が収まらないんだろ?
一か八かみんなで戦うか?」
先ほどから胸の奥がざわつく。
今までとはレベルの違う相手。
Bランク以下の仲間がいくら増えようと、好転する見込みはない。
まして今の状態では、みんなの体力は落ちきっていて、足手まといになるのは目に見えている。
自分も、血魔法を見せられずに本気を出せなくなる。
「みんなは体力が落ちてる。俺なら一人で大丈夫だよ。
魔物の嫌がる匂いを撒いたら、すぐ逃げてくるからさ」
もちろん、本当はそんな匂い袋など持っていない。
手に持ったのは、今まで集めた魔物たちの血の石が入った袋だけだ。
「安心して。念のため、俺の鞄だけは置いていくからさ」
そう告げ、俺は魔導鞄を地面に置く。
もし自分が戻れなくても、コイツらが数日生きれるだけの食料や薪、最低限の物資はここにある。
血の石と収納指輪だけを手に、風に吹かれながら吹雪の中へ踏み込む。
なおも止めようとする声が、一瞬で遠くへ掻き消える。
雪が耳を覆い、視界を奪う。だが、心臓の鼓動ははっきりと、力強く、確かな存在感を持って響く。
(正直、腹が立ってたんだよね~。こんな吹雪で、じわじわいたぶるような真似してくれちゃってさ!)
俺は《血神の紋章》を使い、全力の身体強化を行う。
身体から紅いオーラが迸る。
黒い刀身の黒鋼剣を抜くと、血液とオーラが伝い、赤黒く強化されていく。
その剣を、確かめるように握りしめる。
さてと――最近ますます人外じみてきた俺だけど、“格上”を相手にするのは久しぶりだ。
「いっちょ、やったりますか!」
寒い中、食べる鍋は至高。
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