第21話「覚悟と決意」
「あははっ、上手いものですね、ノアさん!」
「すごい、すごい! 馬に乗るのって面白いですね!」
砦街アーデルへ向かう道中。
鞍がガタンと揺れ、体が軽く跳ねる。
初めての乗馬は想像よりずっと背が高く、風が頬を撫でていく。
馬の体温が、内腿にじんわり伝わってくるのが妙に安心感がある。
横では、トモハスさんが手綱を緩め、穏やかな笑みで並走してくれている。
「にしても……本当に全部収納できるなんて驚きました。
収納指輪というのは、あの大きさの馬車までいけるんですね」
「正直、俺も驚きましたけどね。アーマーベアを仕舞えたなら、
馬車も行けるんじゃないかなーって試したら、本当にいけちゃいました」
この収納指輪が一番高かったが、本当に買って良かった。
人生で買って良かったランキングを付けるなら、味噌と醤油に次いで第三位に入るだろう。
この指輪を作った、魔導具職人は相当腕が良かったのかもしれない。
当たりを引いたものだ。
売れ残った商品を買ってくれて、かつ、捨てる羽目になりそうだった馬車まで回収したのだ。
トモハスさんは、醤油と味噌を大幅に値引きすると言ってくれた。義理堅い人だ。
しかし、彼女も商人。はるばる他国からやって来たのだ。
命を救われたとて、利益を削るのは辛かろう。
それに彼女には、今後とも味噌と醤油の伝道師として活躍して貰わねばならぬ。
だから、俺なりに救済措置として代案を用意した。
◇◆◇
街に戻り、ギルドへ。
ヴァルクル五匹分の耳を提出し、Cランク依頼を達成する。
その後に、Bランク冒険者でもあるトモハスさんの出番だ。
受付嬢――といってもメリアさんではないが、その方にトモハスさんが口を開く。
「実は、道中で冬眠明けのアーマーベアに襲撃された。
そこを、通りがかりのノアさんが不意を突いて討伐してくれたんだ。
私は怪我を負い、何も出来なかったので、単独討伐としてギルドポイントをノアさんに加算して欲しい」
証拠として、収納指輪からアーマーベアの死骸を取り出す。
今回は依頼があった訳ではないので報酬は出ない。
しかし、危険な魔物を討伐すると、相応のギルドポイントがもらえる。
彼女には値引きの代わりに、“証言”をしてもらったのだ。
Dランクの俺なんかが、Bランクのアーマーベアを単独討伐するのは現実的でない。
受付嬢はかなり驚いて、事実なのか疑っている様子。
こうなるのを見越しての証人なのだ。
だが、共同討伐としてポイントの分配も出来るのにしないのだから、しつこくは疑われなかった。
こういう時にも、期待の新星という肩書が役立ったのかもしれない。
結果――《Cランク》へとランクアップを果たした。
戻って来たギルドカードの色が、鉄色から銅色へと変わっている。
第一段階の目標も達成でき、これで心置きなく街を離れられる。
最近、俺の身長が急激に伸びており、体格から変わりつつあるのでタイミングとしてはバッチリだ。
変に疑われる前に、この街をおさらばしたい。
ギルドを出て、トモハスさんとともに馬車修理屋まで案内する。
店の前で指輪から壊れた馬車を取り出す。
その様子を見ていた店の職人が、ひゅう――と、口笛を鳴らす。
トモハスさんはしばらく言葉を失って、それから噛みしめるように笑った。
「ノアさん。何から何までお世話になりました。
交易都市ベイルハートにはちょくちょく味噌と醤油を売りに来るので、
またいつかお会いできる日を楽しみにしています」
「えぇ、俺も楽しみにしてます!
もしも来てくれなかったら、ジパーン国まで行っちゃいますからね!」
彼女は笑い、胸に手を当てる。風に揺れる黒い髪が美しい。
凛とした気品ある別れ。名残惜しさは少しだけ。彼女とは、またきっと出会えるだろう。
俺は街の喧騒に戻り、ギルド併設の素材買い取り所へ向かう。
アーマーベアを売りに来た。胆のうも爪もどちらも薬の素材になるらしい。
想像より、かなり高く。なんと、それだけで小金貨三枚が手のひらに乗った。
魔石はまだ売っていないのに、十分な大金だ。
俺は、熊肉のみ一部回収して毛皮などもすべて売っぱらう。
これで財布も潤い、味噌と醤油を使って料理を楽しめる。
◇◆◇
その浮かれた心を、一瞬で凍てつかせるような出来事が起こった。
隣のギルドで、アンクルさんたちが慌ただしく声を交わしている。
ただならぬ空気だった。気になるので様子を見に行く。
「アンクルさん。なんか騒がしいようですけど、どうしたんですか?」
「ノアか……。実はな、カノンたちのパーティーが、
高山に《白鱗苔》の採取に行ったまま戻らないらしい」
彼の声は低く、抑えた焦りが滲んでいた。
「今日の早朝に出て、連絡が途絶えたきりだ。
実は数刻前から、山の方が猛吹雪に見舞われてるらしくてな……巻き込まれて、
身動きが取れんのやもしれん」
「その吹雪のせいで、引き返してきた冒険者もいるってんだろ?
方向が分かんなくなるくらい強い吹雪って話だ」
「あぁ。にも関わらず、受付嬢の話では、アイツら全員がかなりの軽装だったらしいぜ。
よりにもよって、クソっ……」
彼らの会話に胸が冷えた。
視界が一瞬だけ狭まる。
楽しい気分が溶け、まるで心臓ごと雪に埋もれたみたいだ。
「ど、どうするんですか!?」
問いの答えは、上級冒険者たちの険しい表情に書かれていた。
「もう夜になっちまう。まして、吹雪の山となったら、俺たちだろうと危険だ。
せめて、雪が止んでから捜索隊を出すしかないだろうな……」
その判断は正しい。
彼らは、自分の力を正しく理解している。
だからこそ――救えない。
少なくとも明日の朝までは動かない。雪が止まなければ、その後も助けには向かえないのだ。
上級冒険者だろうと、自然の力には及ばず。彼らは、あくまでも人間なのだ。
アンクルさんたちは拳を握りしめ、苦い顔をしていた。
新人教育担当として、責任を感じているのだろう。
静まり返ったギルドに、外の風の唸りだけが響く。
俺は黙って窓の外を見た。
(俺なら……夜だろうと関係ない。吹雪は辛いが、耐えきれるかもしれない……)
俺が血を吸わなかろうと、人助けしようと、この先もずっと人間には戻れない。
どこまでいっても、半人半魔の吸血鬼である事実は変わらない。
俺は化物なのだ。
だからこそ――救える。
覚悟が決まった。
街の先、白く煙る山並みを睨む。
この力を、誰かのために使うのだ。
白鱗苔採集――Bランク
主に高山にのみ生えている。切り立った崖のような場所に密集していることも。
とある“魔力再生の秘薬”に使用される。高山は、ワイバーンなどの翼竜が生息しがちなので見つかると危険。
ブックマーク・高評価をよろしくお願いいたします。




