第16話「美味い物を食べ尽くせ!」
三匹目と四匹目の訪問者は、ほとんど同時に現れた。
湖の方から現れたのは、巨大な青い影――水晶蟹。
Bランクの魔物で、2メートル近い甲羅を持つ。その戦槌のような大鋏は鈍器にもなり、何でも砕く刃ともなる。市場でたまにお目にかかるが、その甘い身は料理人垂涎の高級品でもある。
会えるとは思っていなかったが、一番会いたかった食材である。
そして森からは、霧と溶け合うように這いよる影――霧蛇。
半透明な蛇は、周囲の環境に紛れる擬態に特化している。Cランクの魔物だ。
麻痺毒を持ち、動けなくしてから締め上げて丸呑みにする。
水辺に住むので、油断して気づけなかった冒険者がたまに餌食になる。
経験上、蛇肉は意外と上品で美味い。
(豪華な二匹がお出ましだ……!)
新スキルの効果を試すのに、ちょうどいい相手。
ここは、気合を入れて戦うとしよう。
カニというのは、どの世界でも横に動く生き物らしい。
青い甲殻が、地を抉る勢いで横走りする。
水晶蟹が巨大な鋏を振り上げた、とっさにバックステップで回避する。
地面を砕くほどの威力。
さぞかし、美味しいカニ肉が詰まっていることだろう。
背後では、森陰の霧が生き物の形をとり、ぬるりと這い出てくる。
霧蛇の毒牙が狙っている。
悪いが俺の目には、はっきりとその姿を捉えている。
半透明どころか、透明だとしても《感覚統合・色域》のスキルにより丸見え状態だ。
息を吸い込み、胸の奥が熱くなる。
新しい力が、血肉の奥でうずいていた。
前後どちらも危険だが……さて、どうするか。
「――決めたぞ。まずはお前からだ」
手に魔力を込めて、火球を造り上げる。
いつもの火球とはまるで違う。
今までは重石でもしていたかのように、スムーズな魔法構築。
立ち上る熱も、今までの比ではなく、紅蓮の炎が燃え滾る。
「――《獄炎球》!」
炎球が尾を引き、霧蛇を焼き潰す。
空気が焦げ、周囲の木の葉が焦げて舞った。
(すげっ……魔法が軽く使える。これ、反則じゃないか?)
笑いが漏れる。
魔力が渦巻く高揚感。思考と同時に魔法が形を取る。
前のように、ゆっくりと集中して練り上げていくような遅さがない。
「続いて、水はどうかな~――水球、水球、水球!!」
水球をつくり上げては、放り投げる。
しかし、水晶蟹の甲羅には通じずに弾かれている。
まぁ、初級魔法程度では効かないようだけど、滑らかに連発できる。
使用感として合格だ。
「雷はさすがに弱点だろ――《蒼雷》!」
雷鳴とともに、世界に蒼白い光が迸り、水晶蟹を撃ち貫く。
そして静寂が訪れた。素晴らしい攻撃力。
一瞬の沈黙。
しかし、水晶蟹は再び動き出す。
効いてはいるが、雷が甲羅を伝って、地面まで逃れたのだろうか?
さすがにBランクともなると、一撃で始末は出来ないようだ。
ならば、次だ。
「――《紅蓮剣》」
灼熱の剣が放たれ、水晶蟹が大鋏で受け止めた。甲羅に走る深い亀裂。
圧縮した水流を噴出して反撃してくるが、ひらりと避ける。
「とどめのもう一発、《紅蓮剣》!」
潰れた腕では、今度こそ防ぎようもない。
炎剣が突き刺さり、甲殻が焼け割れた。ぐらりと揺れ、巨体が地に沈む。
静かな朝靄の中、戦いの気配が収まる。二体同時でも、危なげなく攻略できた。
「……ふぅ。魔法が楽しすぎる」
爽快感が凄い。
思考と魔力が噛み合う心地よさ。
魔法の練度が足りないのは認めるが、Bランクの相手にも通用した。
これは、本格的に全属性を鍛える価値はありそうだ。
これなら血液魔法に頼らなくても、十二分に戦える。
ようやく魔法使いらしくなってきたじゃないか。
いつの間にか夜が明けている。
運動もして、腹が空いた。
獲物はばっちり揃った。
水晶蟹の甘い身と、霧蛇の上質な白肉。
焚き火にさらに薪を投下しながら、唾が自然と湧いてくる。
――さぁ、お楽しみの調理タイムだ。
◇◆◇
脳内がパニックを起こしている。
目の前に、食べきれないほど巨大なカニが倒れているのだ。
唾液腺が壊れてしまったのか、先ほどから口内で唾液が止まらない。
俺は水晶蟹に歩み寄り、その巨大な鋏を掴む。
力を籠めると、ばきん、と響く音がして脚が外れた。
俺の炎魔法を喰らったせいで、亀裂のはいった甲殻の中から。
ほかほかの白い身が湯気を上げる。その香りだけで頭がクラクラする。
青かった甲殻は、熱された部分だけ真っ赤に染まっている。
たまらずに甲殻を剥ぐと、驚いた。
これがカニ爪のサイズかよ……!?
――ぎっしり詰まった身。
カニ好きの夢が目の前にある。
「いただきます!」
手を合わせると、行儀が悪いが手づかみでむさぼる。
「んっ……うめ、うめえええええぇぇ~!!」
ズワイガニを思い出す美味しさ。
香りが繊細で、旨味の層が細かい。
噛むほどに身の甘さが溢れて来る。
続いて、塩をひとつまみ。熱気をまとった肉に散らす。
そして、また一口。
「なんだよこれ、うますぎる!」
とりあえず、他の足は焚き火で直に炙っておく。
その隣、大鍋に湯を沸かし始める。しゃぶしゃぶの準備もしなければ……!
どうりで高級食材になるわけだ。
店に並んでたら、金欠だろうと買っちまうよ。
美味い。美味いのだが、唯一心残りがある。
「やっぱり……醤油と味噌がないのが残念だ」
この肉厚で、品のある甘さ。
そこに焦げ目をつけて醤油を垂らしたら、それだけで膝が崩れるんじゃないか?
味噌があれば、カニ鍋を必ず作っていたに違いない。
あれらの濃い旨味を足せたら……と想像して勝手に胃がうずく。
大鍋を焚き火にかける。俺の鍋は冒険者用とは思えないほどデカい。
それでも、魔物がさらにデカいため、大鍋でもまだまだ小さい。
できれば寸胴が欲しい。
だが文句は後だ。水を注ぎ、塩を投入。これだけで、熱が入ればカニの旨味は花開く。
塩だけの味付けは単調だが、それでも食い続けられるほど素材が美味い。
悪いが、霧蛇はお持ち帰りさせてもらおう。
人には優先順位というものがある。
一本ずつ減っていくカニの足。
ふと、思った。
(こいつも当然、カニ味噌はあるよな?)
じろりと、胴体の甲羅へと目がいく。
迷いなくその甲羅に指をかけ、力を込めてそれを剥がす。
殻を開いた奥、ぎっしりと詰まった濃厚なカニ味噌が目に入る。
「……これ、全部カニ味噌か?」
罪深いまでの香り。
指で少しすくい、舌に乗せる。
濃い、甘い、旨味の暴力。
「これを使って……カニ味噌汁をつくれるんじゃ……」
今の俺は、たぶんIQが300くらいある。
想像が膨らむだけで、世界が金色に見えた。
すぐさま大鍋の汁にカニ味噌を溶かし、蟹身をじゃんじゃん浮かべる。
鍋肌に泡が立ち、香りが立ち昇る。
湯気に鼻を近づけた瞬間、頭がおかしくなりそうだった。
「完成だ」
オタマで汁をすくい、一口すする。
求めていた以上の、濃厚な味噌に舌が震えた。
これが、魔物狩りの報酬だ。生き残った者だけが味わえる、最高の朝食。
生きるって、きっとこういうことだ。
その日、俺は一日かけて水晶蟹を食べ続けた。
ノアはカニを食べるのに夢中で気づいていませんが、水晶蟹を食べたことでスキルをちゃんと入手しています。『水魔法:中級』『水耐性:中』を獲得。
あとで街に帰ってから食べてますが、霧蛇からは『麻痺耐性:中』を獲得。
食べきれなかったカニ味噌は、ありったけを瓶に詰めて持ち帰ろうとしている模様。
悪くなって食中毒が心配だが、『毒耐性:中』で何とか耐えられないか考えているらしい。
恐ろしいまでの執着を見せている。
名前 :ノア
特徴 :半人半魔の吸血鬼
ランク :Dランク冒険者
所持品 :『黒鋼剣』
『魔導鞄』『収納指輪』
固有スキル:『血神ノ紋章』
獲得スキル:『超聴覚』『超嗅覚』『超視覚』が統合――『真界感知』へ進化
『魔力探知』と『熱源感知』 が統合――『感覚統合・色域』へ進化
『火魔法:中級』『火耐性:大』
『水魔法:中級』『水耐性:中』
『雷魔法:上級』『雷耐性:中』
『闇魔法:中級』
『火・雷・水魔法』が共鳴――『万象操者』を習得
『火・雷・水耐性』が統合――『属性耐性』へ進化
『衝撃緩衝』
『毒耐性:中』『麻痺耐性:中』




