第15話「最強への一歩」
胃袋がパンパンになるまで赤角猪を平らげ、スープも鍋の底が見えるほど飲み干した。
自分の食べっぷりに苦笑するしかない。
(俺ってこんなに大食いだったんだ……)
最近ますます食欲旺盛になり、食べたそばから力へ変わっていく。
それに呼応するように、身体はグングンと伸び、筋肉が増えた。
その成長が嬉しい反面、やはり人間じゃないんだという現実を思い知らされる。
――その時。
湿った土を踏む音が一つ、近づいているのが分かる。
ようやく客人が現れたようだ。
食後の運動が始まる。
現れたのは水鱗狼。
狼と言われれば、ギリギリ納得できる……かもしれない。
毛はなく、代わりに青い鱗が光を弾く。滑らかな流線形の肉体は、巨大な魚と獣の中間。
四肢の動きは異様に柔らかく、地を蹴る瞬間だけ獣らしい。
(なんていうか、かなりキモイな……)
地上での動きは思ったよりも遅く、ぎこちない。
地上と水中を欲張った結果、中途半端な魔物になったのだろう。
そう思うと、自分を見ているようで哀れに感じる。
水鱗狼の口元がプクリと膨らむ。
次の瞬間、しょぼい水弾がビュッと飛んだ。
「――うわっ!」
ビックリした。「火が消える」という考えが脳裏をよぎる。
とっさに闇の盾を作り、火をかばう。
こんな水鉄砲なら生身でも耐えられそうだが、焚き火はそうはいかない。
「――黒刃!」
闇をまとめ上げた刃をいくつも放つ。
避けることも抵抗することもできずに、水鱗狼はあっけなく串刺しになった。
「えっ、弱っ……!」
人間として生きるため、血魔法に頼らず闇魔法でどこまでやれるか試しているが……。
この程度の相手では手応えがない。
腹も満ちているし、そもそも狼系の肉は不味い。
少しだけ肉を切り取り、残りは血を吸い尽くして赤い石へと変える。
こいつから得られるスキルには何も期待していない。
塩胡椒を適当にふりかけた串焼き一本を食べて、ため息をついた。
少しでも、白身魚のような肉質を期待した俺がバカだった。
筋張って固く、臭く、ただ不味い。
得られたスキルは『水魔法:初級』のみ。
(……でしょうね)
――気落ちしたのも束の間。
胸の奥で何かが弾けた。
『火魔法:中級』『水魔法:初級』『雷魔法:上級』が共鳴し――新たな力が刻み込まれる。
新スキル『エレメンタルマスター』を獲得していたのだ。
(おかしいだろ……スキルが合わさった訳じゃない。なんか突然増えたぞ!?)
この力を本能が理解する。
使う前から、肌で感じる。このスキルは恐らくヤバい!
既存の魔法を、“強化”するタイプのスキルらしい。
手のひらに大きな炎球を作り出す。
今までのようなぎこちなさが消えた。
数段早く魔法の構成ができ、間違いなく威力も上がってる。
それは、この火球から放たれる熱が物語っている。
(これが『エレメンタルマスター』の能力?……マジで、こんなの反則だろ……!)
本来の俺の“適性属性”はギルドで診てもらった時に“闇と光”の二属性と判明している。
逆を言えば、それ以外は不適正という意味だ。
それでも、俺の血の力で強制的にスキルを習得して、無理やり使用可能にしていた。
理論上、俺は全属性であっても使用できる。
そしてその力は、人間が本来習得することのできないスキルすらも当てはまる。
探知だの耐性だのを獲得していたのがその証拠。
しかし、魔法発動までに時間が掛かったり、本来ほどの力を引き出せていないのも何となく理解していた。
さすがに仕方ないことだと思っていた。
適性が足りないことによる、上限のような枷。
これは血肉をもっと喰えば越えれるかもしれないし、修行次第で成長するのかは、まだ分からなかった。
別に適性属性の“光と闇”を使いこなせるようになれば十分だと思っていたので、急ぐ必要もなかったのだ。だが、この『エレメンタルマスター』により、認識が変わる。
このスキルは、俺の魔法の限界を一気に引き伸ばしてくれた。
今まで使いづらかった魔法が、適性魔法のレベルで自然に使える。
(ぐひひひ……これは嬉しすぎるぞ!!)
笑いが漏れる。止まらない。
しばらくは、体中から爆発するような喜びに舞っていた。
ここに来て正解だった。
それに、夜はまだ長い。獲物はまたやって来るだろう。
(はやく次が来い! この力を試させてくれ!)
喜びを噛みしめながら、闇と炎の揺れるこの場所で次なる訪問者を待ち続けた。
◇◆◇
二匹目の訪問者は――巨大なブルースライムだった。
Eランクの最弱モンスター。
ただし今日はやけに立派で、水を沢山含んでいるのか、直径1メートルくらいはある。
触れるとプルプルしており、ひんやりと冷たくて気持ちが良い。
俺への敵意はなく、デカくて可愛いので、転がして水鱗狼の死骸へと案内してやる。
今の俺は、最高に機嫌が良いのだ。
(ほら、お食べ……)
スライムは喜々として死骸を体内に取り込む。
内部が泡立ち、じゅわりと溶かし始めた。
暇なのでその様子を、しばらく眺める。
そこまでグロテスクに感じないのは、俺に魔物の血が混じっているからなのだろうか。
むしろ、その溶けゆく様子を面白いとすら感じている。
しばらく観察しているが、溶かすのは思ったより大変なようだ。
こんなペースじゃ、半日はかかるだろう。
(……ん? 待てよ)
脳裏で警鐘が鳴る。
(って、あぶねぇ!! 全部溶かしたら、依頼達成にならねぇじゃねぇか!!)
俺の黒刃で唐突にコアを貫かれ、弾け消える巨大スライムちゃん。
裏切るような真似をしてすまない。この子が一番驚いていることだろう。
依頼証明となる死骸の一部が必須だったのを忘れていた。
分かりやすく頭部をまるまる収納指輪に回収する。
あれだけ大きかったスライムちゃん。
しかし、今は見る影もない。
やはり、ほとんどが水分だったのだろう、残った身の部分は小さくブルブルしている。
例えるならば、コンニャクと寒天の中間だ。
そういえば、スライムはまだ一度も口にしたことはなかったが……。
(これを喰うのは、なかなかに勇気がいるなぁ~。どうせスキルもないだろうし)
悩んだ末に、味見を決意する。
まずは塩で揉みこみ、ヌメリを落とす。
水ですすいで塩抜きし、ナイフで等間隔にスライスしていく。
見た目は悪くない。
果実酢をかければ心太のように食べれるだろうか?
だが、醤油を持ち合わせていない今、酢醤油でないなら味気ない。
ここはシンプルに塩でいく。
ちょんちょんと塩をつけ、恐る恐る口へ運ぶ。
噛む。
噛む。
噛む。
ただの塩味しか感じない。
スライム自体はやはり寒天に近く、味のない歯ざわりでしかないようだ。
別に悪くはないが、好みでもない。
――おっと!
まさかのスキル獲得!
『水耐性:小』『衝撃緩衝』だそうだ。
サイズがデカくなろうが、Eランクから抜け出せないブルースライム。
魔物最弱王から、思わぬスキルが獲得できたものだ。
続きざまに、胸の奥で光が弾けるような感覚。
(……って、えぇ!?)
『火耐性:大』、『雷耐性:中』、『水耐性:小』が統合され――『エレメンタルレジスト』を獲得した。
何じゃそりゃ。
と言いたいところだが、次に水耐性をゲットしたら、ここら辺は統合するんじゃないかなと予想していた。三属性によるダメージ軽減か。
さすがに“無効”のようなチートの類ではない。だが、生存率が上がる系のスキルは大歓迎だ。
何より、常時発動型なのもポイントが高い。
――ありがとう。偉大なるスライムよ!
ひと時だけ友人だったスライムに、静かに手を合わせた。
いつか、鍋でもやる時にまたチャレンジして食べてみよう。
スライム料理には、無限の可能性があるのだ。
未来の料理を想像しつつ、焚き火の前で息を吐いた。
この夜は、強くなる夜だ。
次の一歩は、すぐそこにある。
伸びしろですね。
ちなみに、同系統のスキルは“統合”により、より上位のスキルに進化します。
今回は初めて、特定のスキルの“共鳴”により、別のスキルが目覚めた模様。
それで入手したのが『万象操者』。
偉大なるスライムに黙祷を捧げるとともに。
ブックマーク・高評価をよろしくお願いいたします。




