第11話「動き出す者」
――あの後、悲しみに暮れながら爆買いした。
調味料一式、調理道具一式、そしてアンクルさんに教わった冒険者の必需品たちだ。
色々買ったが、その中で特に高かった品が3つある。
一つ目は武器。
黒鋼剣だ。鉄剣よりも頑丈な、鋼剣。そこにさらに、闇の魔鉱石をふんだんに混ぜ合わせた逸品だ。
頑丈さと魔力伝導率ともに申し分ない。
闇魔法と血液魔法との親和性も高く、なにより黒い刀身がかっこよすぎる。
二つ目はリュック。
これがなぜ高いかというと、これは魔導収納具の一種だからだ。
魔導鞄といい、魔導技術と空間魔法を融合させた物で、内部に小規模な異空間領域を保持している。魔物を狩ったなら、素材まで持って帰らないともったいない。
このマジックバッグを使えば、重量を無視して大量に運べる。
三つ目は指輪だ。
オシャレに目覚めた訳ではない。これも魔導収納具なのだ。
収納指輪と呼ばれるタイプで、マジックバッグに入らないサイズのものを収納する。やり方は簡単で、指輪で触れて魔力を流せば異空間領域へ飛ばせる。
指輪は自在に指のサイズに合わさる金属で出来ており、俺の人差し指に深紅の宝石が輝いている。
実は一番高かったのだが、一目惚れだった。なので、相当気に入っている。
とまぁ、Eランクの冒険者とは思えないほどの高級装備に身を包んでいるわけだ。
――何? あれだけあった金はどうなったかだって?
そりゃほとんど残ってないよ。
黒鋼剣も高かったが、何より魔導収納具二つは高級品だ。
実入りが良い職業とは言え、Cランクでも持ってない奴は多い。
それを二つも買ったもんだから、銀貨もろくに残ってない。ホカホカだったのに財布が泣いてる。
でも、良いのだ。これもすべて初期投資ってやつさ。
ガンガン依頼をこなして、ランクを上げて――老後に備えるくらい貯蓄してやるぜ!
もう少しこの世界に慣れたら、この国の首都ルミナスまで行くつもりだし。
とりあえずCランクになるくらいまでは、ここでまったりスローライフをするつもりだ。
◇◆◇
――黒衣の狩人ゾルデは、羅針盤を見つめてほくそ笑んでいた。
そこに針は存在せず、ただ黒鉄の円盤の中央で、一滴の血が苦し気にのたうっている。
まるで救いを求めるように、細く伸びた血脈が、西の方角を指して止まった。
「……西だな。かなり遠くまで逃げてるようだ」
机越しにそれを聞いていたヴェルナーは、ひどく痩せていた。
髪は乱れ、頬はこけ、手は震えている。
「西だと……!? まさか、キャメル国まで逃亡したんじゃないだろうな!
あいつは昼間でも動ける吸血鬼なんだぞ!」
椅子を蹴って立ち上がるヴェルナー。
それを見てもゾルデは眉ひとつ動かさない。
「関所での情報は入っていないんだろ? だが、隣国まで逃亡しててもおかしくないな」
「な、なんてことだ……。お前があの時、ちゃんと仕留めてさえいれば……!」
その言葉に、低い声が割り込んだ。
「ヴェルナーさん。それはあまりに酷というものです」
灰色の修道服を纏う男――《リゼン》。
胸元の黒い聖印は逆さに吊られ、古い血で汚れていた。
「ゾルデさんは上位の純血種と戦い、そして生きて帰られました。それだけで誇るべきことです」
「そうだ。兄貴を責めるな……五年も生かしていたお前が悪い」
軋む甲冑の音と共に、巨躯の男――《バルバル》も口を開く。
肩幅は壁のように広く、人外めいた威圧を放っている。
その二人の、ただならぬ気配に押され、ヴェルナーが言葉を詰まらせた。
ゾルデは静かに口を開く。
「……いい。言い訳はしないさ。あの時は確かに油断していた。
まさか、あんな半端者が――あそこまで血を操れるとは思わなかった」
淡い灯りの中で、その瞳が冷たく光る。
「だが、次は確実に仕留める。そのために、お前達を呼んだ」
元神官のリゼンと重戦士のバルバル。二人とも信頼厚い仲間だ。
ゾルデ率いる、吸血鬼に強い憎しみを持つ者たちの集団――『聖銀旅団』。
吸血鬼狩りを専門とする異端の狩人の一員でもある。
別室では、彼らの他にも数名の団員が到着している。
「本来であれば、あのニコラとかいう吸血鬼の血を手に入れられたなら良かったんだがな……。
だが、あの少年――ノアも中々に面白い相手だ」
ゾルデは薄く笑う。
それは、残虐な狩人が獲物を前にした時の笑み。
「全力のゾルデさんでさえ、傷一つ付けられなかったとは……やはり上位の純血種ともなると別格ですね」
「兄貴……そいつの血で何をするつもりだ?」
バルバルが低く問う。
「なぁに。今回の対象はどうやら吸血鬼の“王の血”が入ってる。あのニコラという吸血鬼も、その王の血の匂いに釣られたらしい。どうだ、面白いことになりそうだろ?」
「なるほど……まさか、王の血とは恐れ入りました。やはり、あなたに付いて来て正解だった」
「当たり前だ。兄貴は凄い」
「そんなことはどうでも良い! まずはノアだ……早く奴を仕留めてくれ!
あんな場所に五年も閉じ込めていたんだ。一体どれほど俺の事を憎んでいると思う?
俺には子供たちもいるんだぞ」
声を荒げるヴェルナーに、三人の視線が冷たく向けられる。
「……だが、脱出の時にもアイツは手を抜いていたように見えたがな。あれだけの力を隠していたんだ。殺すつもりだったら、いくらでもやれたはずだ。だが、どうだ? アイツは誰の命も奪っちゃいない」
本来、ノアは衛兵を即座に殺し、その血を吸いつくせたはずだ。
――だが、そうしなかった。
衛兵の命すら奪わず、その結果が警笛を鳴らさせ、身を危険に晒した。
せめて、血を少し吸っていれば、あんなに弱った身体で俺と戦わずに済んだものを。
「俺は人間を襲わない」か……あの少年の必死の言葉が蘇る。
ゾルデはわずかに目を伏せたが、すぐに冷たい声を戻した。
「そんな顔をするな。もちろん仕事はするさ……依頼だからな。それに吸血鬼は皆殺しと決めている」
立ち上がったゾルデの黒衣が、ランプの灯を裂くように揺れた。
「行くぞ、お前たち。標的はノア――吸血鬼の王に血を汚された半人半魔の吸血鬼だ!」
魔導収納具――内部に小規模な異空間領域(容量空間)を保持している。
魔導具職人でも空間魔法陣を安定化させられる者はごく一握り。
そのため、生産数は少なく、中古市場でも価格が下がらない。
一般的には「魔導鞄」や「収納指輪」が主流だが、腕輪型、宝珠型など様々な形状が存在する。他人が無断で開こうとしても「開封拒絶反応(魔力逆流)」が発生するため不可能。
これはギルドカードと同様に、魔力波長を覚えさせる仕組みを利用している。
異空間領域が破壊されてしまうため、停止している物でなければ収納できない。(つまり生き物は不可)
偽物や欠陥品が多く出回っており、アンクルさんの教えがなければ恐らくノアはパチモンを掴まされていた。
灰の魔女ミンミ――大陸随一の魔法使いと呼ばれ、ハッシュベルト国で宮廷魔術師を務めていた過去を持つ。不老不死を求めて、数多の禁術に手を染め始めてしまい闇に堕ちた。それでも、今だその手掛かりは掴めていない。年齢不詳だが、最低でも70歳は超えている。彼女の居所を知る者はごくわずか。噂では“穢れた沼地”と呼ばれる地に住んでいるらしい。
十数年前、ゾルデは吸血鬼を絶滅させるべく、知恵を借りようと彼女の元を訪れた。それ以来、二人の奇妙な縁は続いている。力を貸す代わりに、いつも怪しげな素材集めを依頼されている。今回は“夜鴉の瞳”と“白金蛇の抜け殻”を要求されたとか……。どちらも稀少な物で、手に入れるのに七日を要した。
血痕羅針――灰の魔女に作ってもらった魔法陣が刻まれた魔道具。儀式用にいくつかの触媒と、追跡対象の血液を要する。ノアの血は、右肩に突き刺したナイフから血を採取した。古の呪法を用いているため、現在これを再現できるのは、彼女だけと云われている。




