9 騎士団長エルミナ視点1
9話
「ど、どうしよう。エルミナ様……」
セレナ嬢がすがるような目で私を見る。
こんな状況だというのに逃げないのか。
勇敢だな、この子は。
私は彼女の瞳に、妹分である四人の冒険者の姿を思い出す。
「大丈夫だ。いざとなったら、私が止める。
なのですまないが、私のかわいいかわいいアビー殿を預かっておいてくれ」
「あの、アビーちゃんはレイヴァリア様の、だと思うんですけど……」
私はずっと抱いていた、ずっと抱いていたいアビー殿を泣く泣くセレナ殿へ預けると、彼女とアビー殿の頭を交互に撫でた。
止めるさ。
命に代えてもな
私達はギルド内にある闘技場へ移動した。
野次馬は私の指示でシャットアウトしてもらった。
これ以上目立つのは、レイヴァリア殿が望まないだろうしな。
男共四人は闘技場の対面で、これみよがしに武器を素振りしたり、魔法を展開したりしている。
まさか——武器をそのまま使うつもりなのか?
それはダメだろ。
「貴様ら! 武器は——」
私の言葉はレイヴァリア殿の軽快な「カカカ」という笑い声に遮られた。
「よいよい。負けたあとの言い訳に使われても鬱陶しいし。好きにさせるがよかろう」
「——レイヴァリア殿、あいつ等に勝てるのか?」
「勝てる。が、どう勝つか、ちと悩んでおってな。エルミナ殿はどうしたい?」
「どう、とは?」
「あやつらを、気絶させる程度か、再起不能か、じゃな」
「私は——正直、あいつらなど死んでしまえと思っている。
だが、あいつらの実力を認めている部分もあって、街の発展や防衛に貢献しているのも知っている。だからできれば——」
「承知した。軽く懲らしめる程度で許してやろう。
——こりゃセレナ殿、そんなに泣きそうな顔をするでない。
すぐに終わらせるから待っておれ。
なにせ熊畜生の引き渡しや、宿探しなど、やるべきことが目白押しじゃからのう。カカカ」
「レイヴァリア様、その、がんばってください」
「がんばらないとマズイのはあいつらじゃがな。カカカ」
レイヴァリア殿がセレナ嬢の頭を優しく撫でた。
どう見てもレイヴァリア殿の方が年下なのだが、なんなのだ――この包容力というか、安心感は。
「おいコラ! これはどういう状況だ!」
叫び声と同時に現れたのはギデオン——冒険者ギルド、ギルドマスターだ。
さほど大柄ではない引き締まった体型に、惑わされるなかれ。
元Sランクの冒険者で、剣の実力は、かの剣帝と引き分けたほどだ。
私と目が合う。
「エルミナ様? どういうことですか! 騎士団長のあなたがいながら、どうしてこんなことになってるんです!」
「うっ……」
言葉に詰まる。
確かに状況だけ見れば、私はいたいけな幼女の危機を黙って見過ごしているとしか見えない。
どう弁明すればいいのか悩む私を救ったのは、やはりレイヴァリア殿だった。
「カカカ。そこの御仁よ。エレミア殿を責めるのはお門違いじゃぞ?
この状況を望んだのはワシじゃし、それを受け入れたのはあそこの猿どもじゃ」
「——覚悟の上ってことか?」
ギデオンの顔が一瞬で冷静になる。
やはり歴戦の勇士。
レイヴァリア殿の纏う異様な空気に気づいたか。
「なにが起ころうと自己責任じゃろ?理解しておる」
「一応、契約書を書いてもらうぞ?」
「了解した」
レイヴァリア殿とクズ四人は、ミレーヌの渡してきた書類にサインをした。
スラスラと美しい文字を書いたことに驚いた。
ほんとうに、何者なのだ。
契約は完了した。
つまり、たとえどんな傷を負おうことになろうが、死ぬことになろうが、ギルドや相手に一切の責任はない。
——本当にこれで良いのだろうか?
ここへ来て私は迷っていた。
はたして私の行動は正しいのだろうか。
一見ただの自殺にしか見えない馬鹿げた試験を、レイヴァリア殿が受けた理由——それは私だ。
私の名誉を傷つけたアイツ等に対する、レイヴァリア殿の怒りだ。
レイヴァリア殿は心の底から普通の生活を望んでいる。
規格外な言動や、信じられないほど美しい外見が徹底的に邪魔しているが、彼女の希望は「普通」であり「平穏」なのだ。
なのに、私のために——私が侮辱されたからという理由で、彼女はここに立っている。
感謝、感動、そして申し訳無さ。
私の心はぐちゃぐちゃだ。
そしてもう一つ。
私を動かしている——いや、私の良識を止めている大きな感情。
それは——好奇心だ。
騎士として、一人の戦士として、そして騎士団の団長として、私はこの少女の力を見たかった。
つまり彼女の善意を、好意を、勇気を、利用しているのだ、私は。
ふ。
我ながら最低だな。
今からでも遅くない。
今更ながら己の愚かさに気づき、この馬鹿げた試験を中止しようと前に出た私は、レイヴァリア殿と目が合った。
ドキッとした。
——「止めるでない」
言葉には出さずとも、その瞳が言っていた。
——「わかっておる。気にするでない」
そうも言っている。
自分に都合の良い馬鹿げた幻聴かもしれん。
だが私の心は決まった。
このまま見守ろう。
いざというときは、この小さな戦士と同じ痛みを我が身に受けよう。
「それでは——今から、レイヴァリア君のギルド認定試験を開始する」
ギルドマスターの言葉に、闘技場が静まり返った。
もう、後戻りはできぬ。