8 冒険者ギルドでの洗礼
8話
「ハハ。子供は無邪気でかわいいっすね」
アビーは歩きながら、子供たちに囲まれていた。
「すごーい!」
「ニャンちゃんカッコイー!」
「あたしも乗りたーい!」
「ぼくもー!」
子供たちの声に答えたのは、アビーの背にまたがったエルミナ殿じゃった。
「ダメだ。今は私とセレナ嬢の番だ。20年も待ち続けてようやく訪れたこの幸福を何人たりともに譲る気はない。断固拒否する」
うむ。
大人げない御仁じゃな。
「エルミナ様ずるーい!」
「エルミナ様いいなぁー!」
むむ。
異常なほど注目を集めておる。
もしや普通の状態ではないのでは?
ま、まぁ普通じゃないのはアビーと、アビーに跨る二人であって、ワシではない。
なのでこれはセーフじゃ。
ちなみにハンス殿は門番の仕事があるので、お別れした。
また会うこともあるじゃろう。
「ああ、なんてことだ……。もうすぐ冒険者ギルドについてしまう。
レイヴァリア殿。少し遠回りをしてもよいだろうか?
できればこのまま旅に出たいのだが?」
「名残惜しいじゃろうが、遠回りも旅も諦めてもらおう。
早く用事を済ませて寝床を見つけねばならんのじゃ」
「くっ。仕方あるまい。いかん、泣きそうだ」
「いつでも会いに来るがよい。
アビーもワシも当分はこの集落におるじゃろうからな」
「会いに行く!絶対会いに行く!毎日行く!」
「別に構わんが、これだけ大きな街じゃと、そなたの仕事も少なくなかろう。
己の本分を見失うでないぞ?」
「くっ。5歳の子供に説教されてしまった。
しかもド正論。たしかに毎日は無理だ。
だが、たまに会いにいくのは大目に見てほしい」
「だれに言い訳しておるのかよくわからんが、よいじゃろう。
——ん?冒険者ギルドとは、あの建物かのう?」
「よくわかったな。その通り。あれがそうだ」
わかるわい。
戦士の臭いがするからのう。
臭くて臭くて鼻が曲がりそうじゃ。
さて、どうなることか。
カカ。
‡
「冒険者登録をしたいのじゃが」
教えてもらった通り、ワシは受付の女性へ話しかけた。
「へ?お嬢ちゃんがってこと?なにこれイタズラ?」
「ワシじゃし、イタズラでもないのじゃが、無理かの?」
「あの、一応規定があって、10歳以上じゃないと登録できないの。お嬢ちゃんいくつ?」
「100歳は超えておるが、よく覚えておらん」
90歳くらいまでは数えていたのじゃがな。
「ふふふ、おもしろいお嬢ちゃんね。あと5年したらまたおいで」
「ミレーヌ、ちょっといいか?」
ここでエルミナ殿がフードを外し、前に出た。
できることなら自分だけでなんとかしたかったのじゃがな。
建物に入る前に『なるべく手出しはしないでくれ』と頼んでおいたのじゃ。
ズルしたみたいで気持ちの良いものではないが、年齢が問題ならば、まぁ仕方あるまい。
「へ?エルミナ隊長? どうしました?ってかなんですか、その猫ちゃん。私にも抱かせてください」
「猫については触れないでくれ。——じゃなくて、その子の実力は『白い翼』隊長の私が保証する」
「まさか、エルミナ隊長が推薦を……で、でも、規則をやぶるわけには——」
「ギルド規則、第4️条『10歳未満でも、試験次第で登録は可能とする』。つまり問題はない」
「そうなると。この子がÇランク以上の冒険者と試合をすることになりますけど……」
「問題ない。『スノーレギオン』がBランクだろ。彼女たちなら——」
「おいおいおいおいっ!」
エルミナ殿の言葉を粗野な声が遮った。
「いつからここは託児所になったんだぁ!?」
「ラグナーか——貴殿には関係ない。ほっといてもらおう」
「おや?」
男はいいオモチャを見つけたような下卑た顔で近づいてきおった。
「おやおやおや?誰かと思えば、ルクセルティア最強の騎士と誉れ高い、エルミナ様じゃないですかぁ。
どうしたんですか、子供連れで。
もしかしてエルミナ様の子供ですかぁ?
万年処女だと思ってたのにやることやってたんですねぇ。
いやぁびっくりしましたぁ」
するとテーブルに座っていた男たちが一斉に囃し立て始めおった。
「まさか男女に突っ込む男がいたとはねぇ!」
「おい、まさかお前じゃねぇだろうな!?」
「冗談言うな! 俺にも選ぶ権利があるっての!ギャハハハ!」
男たちはゲラゲラと下品な声で笑い続けておる。
エルミナ殿は——抱いたアビーを驚かせまいと『気』を抑えておるのか。
エルミナ殿はワシが一目置くほどの実力者だ。
普段の状態ならば、これほど侮られることはなかろう。
つまり、エルミナ殿のやさしさが、性別が、若さが、男どもを調子に乗らせてしまったわけか。
ふん。
気に入らんな。
ワシの戦ってきた魔獣達のほうが、まだ可愛げがあるわい。
なのでワシは——
「カカカカカ!」
爆笑してやった。
「実力差もわからぬ猿がキーキーとうるさいのう。
ワシは冒険者ギルドとやらに来たつもりが、どうやらここは動物飼育小屋だったようじゃ。
いやはや、うっかりしてしもうたわい。カカカカ」
ワシの言葉に、男どもの馬鹿笑いが止まる。
「ミレーヌ殿と言ったかな?」
ワシは受付のお嬢さんに言った。
「ワシの認定試験の相手はあやつら四匹でお願いしたいのじゃが、どうじゃ?
それとも猿相手では試験にならんかの?」
「だ、ダメです!あの人達はAランクで——」とミレーヌ嬢。
「レイヴァリア殿!貴殿の実力を疑う訳では無いが、流石に相手が悪すぎる!」
エルミナ殿が青い顔で止めようとする。
「ふむ」
ワシはエルミナ殿の手を取り、そっと撫でた。
「——レイヴァリア殿?」
硬い手じゃった。
決して太い骨を持つでもない。
その手が、ここまで硬くなるほど剣を振り続けたのじゃな。
ワシには見える。
雨の日も、雪の日も、炎天下の日も。
ひたすら剣を振り続け、振り続け、振り続けて、この領域に到達したのじゃ。
並大抵の努力ではない。
許さん。
この戦士の意志を、努力を、成果を笑うやつは決して許してはならん。
「ガハハ。もう遅い。いいぜ?俺達がお前のテストをしてやるよ」
「大丈夫だよ、嬢ちゃん。ちょーっとそのきれいな顔がヤケドでズルズルになるだけだから。ククク」
「世の中には子供だからって、手心を加えない大人がいるってことを教えなくちゃな。グフフフ」
「……殺す」
男たちの視線がワシに突き刺さる。
いいぞ。
このねっとりとした殺気。
あまりの不快さに、思わず手加減を誤ってしまいそうじゃ。
「決まりじゃな。なぁに安心するが良い猿ども。
殺しはせん。殺しは、のう?カカカカ」
さぁ、猿どもよ。
調教の時間じゃ。