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66話
優先すべきは、3人を救出したという報告を『スノーレギンス』に、1秒でも早く届けることじゃ。
『ブラッドハウンド』との試合は、12刻に始まったはず。
攫われた子供達の捜索を開始したのが11刻で、今は14刻過ぎ。
つまり試合開始から、すでに2刻以上経過しておる。
ワシは食事も睡眠もなしで1月以上戦うことができる。
じゃが、ヴィオラ達の武はそこまで到達しておらん。
修行で魔力量、気力量が急激に増えたとは言え、全力で戦うのは30分が限度じゃろう。
つまり、現時点で、すでに限界を超えておるのじゃ。
もしかしたらすでに手遅れかもしれん。
修行中は、ヴィオラ達にワシの魔力を分け与え、無限に戦わせておった。
じゃが、試合となると、その方法は使えない。
試合前に交わす契約書の文言に『試合中は外部からの支援や補助を禁止する』とあるからじゃ。
ワシは契約書に反した行動ができない。
やりたくない、ではなく、できないのじゃ。
これは半神となったことの弊害といえるじゃろう。
半神となったワシは、ほぼ無敵の存在となった。
じゃが、数々の規格外の能力を得ると同時に、制約を受けることになったのじゃ。
女神殿は言った。
『神は万能ではありません。いえ、万能であってはならない、といったほうがよいでしょう。
神は地上に法則という制約を課した代償に、自らも制約に縛られる呪いを背負っています。
つまり、わたし達神は人々の交わした『契約』に反した行動ができないのです。
半神となったあなたも、その縛りを受けることでしょう』
女神殿の言う通り、ワシは契約書の内容を無視できない体となった。
半神としての本能なのか、契約書に反する行動を想像しただけで嫌な気分になる。
無理やり契約を破ることは可能だろうが、その場合なんらかの代償を課されることになる。
代償がなんなのかはわからないが、決して安いものではないだろう。
特に不便とは思わなかったのじゃが、まさかこんな大事なときに、その縛りが効いてくるとは。
ワシにできるのは、ヴィオラ達が万全に戦える環境を整えること、だけなのじゃ。
一刻も早くレオン達の無事を知らせねばならん。
かといってこのまま試合会場に向かうわけにもいくまい。
ワシが去った後で、また孤児院の子が誘拐されては元も子もないからのう。
なのでワシは二手に別れることにした。
文字通りの意味で。
‡
大人姿のワシは3人の子供——ユリ、ミリナ、レオンと共に《転移》で孤児院『ピクシーの家』前に移動した。
「クラリス院長が心配しておるじゃろう。早く帰って安心させてやるがよい」
ワシの言葉に、レオンが難色を示した。
「あの、女神様」
「じゃから、ワシは女神殿ではないといっておろう。ワシは『女神殿の顔見知り』じゃ」
「えっと、それじゃなんとお呼びすればいいか……」
「そうじゃな。ワシのことは『レイ』と呼ぶがよい」
正直、名前については迷ったのじゃ。
まさレイヴァリアじゃ、とバカ正直に名乗るわけにもいかん。
かといって、完全な偽名を使うこともな。
じゃから、まるっきり嘘でもない『レイ』にした。
「わかりました、レイ様。監禁場所にはもう一人友達がいませんでしたか?」
「ギルのことじゃな。なぜそれを聞くのじゃ? 知っておろうが、あの小僧はお主たちの誘拐に手を貸したのじゃぞ?」
「……はい」
「ワシが助けなんだら、お主の命はなかったじゃろう。他の2人も同じ運命じゃったかもしれん。それでもギルを友と呼ぶのか?」
「ギルはずっと『ブラッドハウンド』に憧れていました。多分その気持を利用されただけだと思うんです。それに僕を殺そうとしたのは誘拐犯の男で、ギルじゃないから……」
じゃからギルを許す、と……。
さて、困ったな。
どうしたものか。
ワシはギルの記憶を読んで知っておる。
ギルが気絶したレオンの指を嬉々として切り落としたことを。
ワシとしては許しがたい。
いっそ、レオンに全てを教えるか? いや、それはどうじゃろうか。
レオンの指を切り落としたのが、ギルじゃという辛い現実を知らせるのは、あまりに酷い。
この先レオンが人間不信になりかねない。
かといって、やられた張本人が許すと言っておるのに、ワシの判断でギルを断罪するというのもな。
考えた結果、ワシはギルの処分を保留することにした。
「ギルの身はワシが預かっておる。正直、ワシはギルを許さないつもりじゃった。じゃが、お主の気持ちを知った今では、一方的にギルを断罪する気はない。まずは話をしてみようと思う。それでよいか?」
「はい。ギルをよろしくお願いします。あと、僕達を助けてくれてありがとうございます。——ほら、ミリナもユリもレイ様にお礼を言って?」
「よくわからないけど、めがみたま、ありがとう!」
「レイ様、助けてくれてありがとうなの」
ユリはともかく、ミリナは自分がどれだけ危険な状態だったのかよくわかっておらんな。
じゃが、それでよい。
汚い大人の悪意により殺されかけたなんて知らなくてもよい。
レオンが命がけで隠し通したことじゃしな。
ワシはミリナとユリの頭を撫で「どういたしましてなのじゃ」と言った。
ん? ミリナがなにか言いたそうにしておるな?
「なんじゃ?なにか言いたいことでもあるのか?」
「うん、あのね、めがみたま。クッキーは?」
「クッキー?」
はて、とワシの頭に浮かんだ疑問に、レオンが、あの……と耳打ちしてくれた。
「……僕がつい言っちゃったんです。『王子様が来るまで目を閉じていられたら、好きなだけクッキーをもらえる』って」
「ふむ。なるほどのう。——ミリナや、安心するといい。お主たちのクッキーは明日にでも知り合いに届けさせよう」
「ほんと!んとね!んとね!ミリナいっぱいたべたい!」
「え?ユリの分もあるなの?」
「ああ、お主達が食べきれぬほど届ける故、楽しみにしておるといい」
「やったー!」
「ありがとなの!——それで、レイ様?」
「なんじゃ、ユリ?」
「聞きたいことがあるなの。——レン様はレイヴァリアちゃんと、どういう関係なの?」
むむ。やはり聞かれたか。
レオンの方と見ると「あ、それ聞いちゃうんだ」って顔をしておる。
半神の能力で20歳の姿になったとはいえ、今のワシは5歳のワシをそのまま大きくしたようにしか見えん。
レイヴァリアとワシは赤の他人なのじゃ、なんて通用するはずもない。
じゃが心配無用。
この質問は想定内であり、当然ながら対策も万全じゃ。
なのでワシはリハーサル通り、悲しい顔を作り、言った。
「ワシとレイヴァリアは親戚なのじゃ。さっき見た通り、ワシには普通じゃない力がある。ワシの一族は皆が普通ではないのじゃ。じゃが、レイヴァリアには、とびっきり可愛らしい見た目以外、なんの能力もない『普通の少女』だったのじゃ。それ故に、レイヴァリアは一族から追放されてしまったのじゃ」
ワシは辛そうな顔で下を向いた。多少早口になってしまったが、大丈夫じゃろう。
チラリと盗み見ると、完璧なワシの演技にユリとレオンの二人は神妙な顔をしておる。
ミリナはクッキーのことで頭がいっぱいなのかニッコニコである。
「そうだったなの? でもレイ様はレイヴァリアちゃんの味方なの?」
ワシはユリの言葉に頷いた。
「そうじゃ。ワシだけはレイヴァリアの味方なのじゃ。じゃが一族の者はそうは思っておらん。ワシがレイヴァリアやレイヴァリアの友達を助けていることが知られたら、ワシは一族の里へ連れ戻されてしまうじゃろう。じゃから、ワシのことは、できれば秘密にしてほしいのじゃ。レイヴァリアにも言わないでもらいたい」
「レイヴァリアちゃんにも秘密なの?」
「事情があってな。ワシの存在をレイヴァリアに明かすわけにはいかんのじゃ。わかってくれるか?」
「うん。わかったなの。秘密にするなの」
「すまぬ。ユリはいい子じゃな。レイヴァリアはワシと違い、なんの能力も持たない超絶可愛いだけの普通の子供なのじゃ。じゃから、できればユリや他の子供達には、レイヴァリアに普通の友達として接して欲しいのじゃ」
「わかったなの。超可愛いレイヴァリアちゃんとわたしは、普通の友達なの」
よし。乗り切った。
しかも5歳のワシが『普通の子供』じゃと思わせることにも成功じゃ。
しかもしかも、ユリとワシが普通の友達であることが確定したのじゃ。
その後すぐ、ワシはレオン達に別れを告げた。
レオン達が建物に入ったのを確認して、ワシは周囲を見渡せる高台へと《転移》する。
また人質が取られないように、試合が終わるまではここで見張りじゃ。
試合の方はどうなっておるのか。
頼むから無事でいてくれ弟子たちよ。




