表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/67

65 おうじさま

 65話


 窓の外に現れた猫は、すぐに姿を消した。

 もしかしたら、誰か助けを呼んでくれるかもと、考えたところで、フッと笑う。


 猫が助けてくれる、だって?

 バカバカしい。


 そんな奇跡があるなら、そもそもレオン達は孤児になんてなっていないだろう。


 つまり、救いなんてないってことだ。


「ん……うーん」


 レオンの後ろから声が聞こえた。

 まずい。


 ミリナが目を覚ました。

 レオンが心配した通り、縛り付けられたことに気付いたミリナは、大声で泣いた。


「うわぁぁん!うごけないよー!うわぁぁぁぁん!こわいよー!」


 ダメだ!

 もし、誘拐犯に聞こえたら、どうなるか!


 レオンは深く息を吸うと、努めて意識して、できるだけ静かな声を出した。


「大丈夫だよ、ミリナ。ほら、僕が一緒にいるからね」


「……レオンたん?ヒック」


「そうだよ。泣かなくても大丈夫。これはただの遊びなんだ。このまま静かに待っていたらお姫様役のミリナを、王子様が助けに来てくれるからね」


 レオンは言いながら、胸が苦しくなった。

 こんな嘘をついてなんになるのか。

 この先どうやってミリアを騙して続ければばいいんだ。

 助けなんてこないのに。


「ミリナはおひめたま?んと、んと。おうじたまはレオンたん?」



「僕?僕は……王子なんかじゃないよ。僕なんか……」



「ん……あ、あれ!?」


 続けてユリが目を覚ました。


「あ、ユリたん、おはよー!」


「え!?ミリナちゃんなの!?え?え?どういうことなの?」


「お、落ち着いてくれ、ユリ。今は王子様とお姫様ゴッコをしてるんだ。ミリナにそうやって説明したところなんだ。だから大きな声を出しちゃダメだ」


「え?レオンくん?」


「いいから、静かに。息を大きく吸うんだ。ほら、スーハースーハー」


「わ、わかったなの。静かにするなの。スーハースーハー」


 かしこい子だ、とレオンは思った。

 ユリはミリナより大きいとは言え、まだ5歳だ。

 本当は泣きたいほど恐ろしいだろう。


 ——一番年上の僕が弱音を吐いてどうする。


 先のことはわからなくても、今できることを全力でやろう。

 自分にできることは、命がけでゴッコ遊びを続けることだ。


 ギィ……。ゴツゴツゴツ。


 上からドアの開く音が聞こえ、続けて重いブーツの足音が聞こえた。


 まずい。

 犯人の顔を見たら、殺されてしまう。

 レオンはとっさにそう思った。


「今から、我慢大会をするよ?王子様が来るまで目を閉じていた子が優勝だ。優勝賞品は、前にレイヴァリアちゃんが持ってきてくれたおいしいクッキーだよ」


「あのクッキー!?ミリナ、クッキーたべたい!」


「優勝した子にはクッキーを好きなだけあげるよ。じゃあ、ユリもいいね?——はい、目を閉じて」


「は、はいなの。目を閉じたなの」


「ミリナもとじてるよ!ぜったいにあけないもん!」


 ゴッゴッゴッ。


 足音がレオンの眼の前で止まった。


「おうじたま?ミリナ、おめめあけていい?」


「ダメだ。この人は王子様じゃない。絶対に見ちゃダメだ」


「はは……。王子様ねぇ」


 頭上から聞こえたのは、どこか神経質そうな男の声だった。


「なるほど、俺の顔を見たら殺されるって思ったわけだ。賢いな、お前。——だがな?」


 ボグッ!


 男のブーツがレオンの腹にめり込んだ。


「……っ!」


 レオンは声を出さなかった。

 レオンの耳元で男が囁いた。


「俺は王子様じゃねぇって?じゃあなにか?俺は生まれついての悪党って言いてぇのか?」


 レオンは声を出せなかった。

 一度でも口を開くと、叫びだしそうだった。


「ふざけんな!ふざけんな!ふざけんなよ!この色男が!」


 一発二発三発と、ケリを入れられた。


「俺はな、本当は善良な人間なんだ。ロギスの野郎にそそのかされなきゃ、今頃はシルビアと仲良く冒険者をやってたんだ。そんな俺を悪党呼ばわりだと?」


 レオンの髪をつかみ、男が囁いた。


「いいだろう。お前が俺を悪党って言うなら、その通りにしてやろうじゃねぇか。目を開けるなよ?目を開けたら、次はあのガキ共だ。ヒヒヒ」


 レオンの髪を乱暴に放し、男が言った。


「ゲーム開始だ」


 そこからは地獄だった。


 ゴッ。ガッ。ボグッ。グチャ。


 何度も腹を蹴られ、顔を殴られ、足を踏みつけられた。

 おそらく、肋骨も、足も、腕も、骨が折れている。


 だがレオンは声を出さなかった。

 胃液を、血を吐き出しても、声だけは出さなかった。


「すげぇ!すげぇぞ!ほんとに声をださねぇんだな!大した根性だぜ!ヒヒヒヒ!」


「レオンくん!」


「レオンたん?」


 二人の声が遠くから聞こえる。

 男は再びレオンの髪を持ち上げ、言った。


「ほら、どうした王子様。お姫様達が心配してるぞ?」


 レオンは朦朧とする意識の中、湿った声で、命がけのゴッコ遊びを続けた。


「だ、大丈夫……。ぼ、ぼら……目をあげじゃ……グッギーが……もらえだい……よ」



 レオンの言葉を聞いて、男はわざとらしいほど大きなため息を吐いた。


「はぁぁぁぁぁぁ……。しらけたわ。はいはい、お前はかっこいいよ。

 お前らの中じゃ、どうせ俺は悪党なんだろ?

 じゃあ、悪党らしく、こう言ってやるよ」


 シャ。シャ。


 おそらく剣が鞘から抜かれた音が二つ。


「じゃあな、王子様。あの世でもカッコつけてろ」


 男の言葉が意味するものを、レオンは理解した。


 ——さようなら。みんな


 せめてエレナとユリは助かりますように。


 覚悟を決めたレオンが全てに別れを告げたとき——


 ドカン!


 爆発音のような轟音が鳴り響いた。


「な、な、な、なんだテメ……ブフォッ!」


 ゴッ!ゴシャ!


 鈍い音がして、続いてなにかが壁に激突する音がした。


「レオン殿! くっ! なんと(むご)いことを!」


 知らない女の人の声だった。なぜ僕の名前を?


「いま治してやる。——《再生(リザレクション)》!」


 女の人が言うと、レオンの体が温かいなにかで包まれる。

 あれだけ痛くて苦しかったのに、今ではポカポカと、ただただ気持ちがよかった。


 恐る恐るレオンが目を開けると、そこにいたのは——女神様だった。


 金の髪に、黄金の瞳。絵本を読んで想像していた通りの女神様を見て、ああ僕は死んだんだな、とレオンは思った。


 いつの間にか、拘束は解かれ、レオンは女神様に抱かれていた。

 なんだか良い匂いがする。焼き立てのお菓子みたいに甘い匂い。ここが天国ってところだろうか。


「よく頑張ったな。もう大丈夫じゃ。みんな無事じゃぞ」


 女神様はそっと僕を床へ下ろし、笑みを浮かべた。

 まるで万物に祝福を与えるような柔らかい笑顔は、この世のものは思えないほど美しく、そして優しかった。


 少し冷静になってきたレオンがよく見ると、女神様は20歳ほどだろうか。いつか孤児院に来た5歳の少女、レイヴァリアに、なぜだかよく似ていた。


 いや、それよりも……みんな無事って言った?


 死んでるのに無事とは? ここは天国だよね? どういうことだろう。

 右手を見る。

 切り落とされたはずの、親指がある?

 触るとちゃんと感覚もあった。ほら、やっぱり死んでるじゃないか。


「もう、おめめあけてもいーい?」


 ふいにミリナの声が聞こえた。


 え? ミリナ? と思い慌てて後ろを見ると、そこには目を閉じたままのミリナとユリがいた。

 縛られていた二人の手足は解放されており、両手で目を覆っている。

 ミリナとユリが、どうして天国に?

 いや、まさか……僕は生きてるの? それともミリナ達も殺されたの?



 女神様が言った。


「ああ、開けてよいぞ?」



 ミリナが顔を覆っていた手を外し目を開けると、眼の前の女神様を見て首を傾げた。


「おうじたま? おうじたまは、おんなの人だったの?」


 ミリナの言葉に、女神様は一瞬驚いたような顔をして、すぐに笑顔に戻った。

 そしてミリナの頭を撫でながら言った。


「王子様? なんじゃ。お主は王子様を待っておったのか」


 女神様は続けて、カカカと笑い、言った。


「王子様なら、ずっとここにおったぞ? お主たちの側に、ずっとな」


 女神様が僕の方を見てウインクをした。

 その顔はまるで小さな少女のように見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ