63 ギル
63話
「……っここは、どこだ? ゲホゲホッ」
ギルは仰向けのまま、動けないでいた。
「ここか? 時計台の屋上じゃよ。——ホレ」
ワシはギルの胸ぐらを掴んで持ち上げると、そのまま端へ移動した。
「ひぃぃっ!」
ギルは宙ぶらりんの足をバタバタさせた。
足の下は、30m以上何も無い。
「この通り、ワシは普通の人間ではない。そんなワシをお主は怒らせたのじゃ。
今は時間がない故に、お主の記憶を強引に見せてもらう。
――おっと、これを忘れておった――『以降、自死を禁ず』」
ワシは【禁忌】と呼ばれる能力を使い、ギルの記憶を覗き込んだ。
女神殿は相手に気づかれることなく、記憶を読めるらしい。
じゃが半神のワシが、この能力を使うと、相手に酷い頭痛が起こるそうじゃ。
女神殿曰く、その痛みは普通の人間には耐え難く、死んだ方がマシと思うレベル。
なので、まず最初にギルから『自死』を奪った。
舌噛み切られたり、飛び降りたり、簡単に死なれては、罰にならんからのう。
「ひ、ひ、ひ……ひぎゃぁぁぁぁぁっ!」
ギルが頭を抑え、白目を剥いた。
ワシは喚き散らすギルを足元に転がし、受け取った記憶を再生する。
脳内で目まぐるしく場面が切り替わってゆく。
記憶の中でワシはギルとなり、ギルの体験がワシの体験となっていった。
ワシは空き地で棒を振っていた。
場面は変わる。
怪しい男が来て話をした。
場面は変わる。
男と食事に行き、腹いっぱい肉を食べた。
場面は変わる。
食事が終わり、酒場に連れて行かれた。
場面は変わる。
香水臭い女に体中撫で回され、興奮した。
場面は変わる。
男からナイフを受け取り、男の計画を聞いた。
場面は変わる。
次の日、孤児院の外で遊んでいるミリナとユリを見つけた。
場面は変わる。
ミリナにナイフを突きつけ、ユリを脅した。
場面は変わる。
レオンが現れ、ワシは焦った。
場面は変わる。
双剣の男がレオンを後ろから殴り、気絶させた。
場面は変わる。
男が、怯えるユリと泣き叫ぶミリアに薬を嗅がせて昏倒させた。
場面は変わる。
三人を馬車へ運ぶと大きな樽に入れた。
場面は変わる。
長い時間、馬車の荷台に座っていた。窓はなく景色は見えない。
場面は変わる。
馬車が止まり、外へ出た。
場面は変わる。
周りに何も無い場所に、緑の壁の古い建物だけがあった。
場面は変わる。
建物の中に三人を運び、柱に縛り付けた。
場面は変わる。
ワシは男に選択を迫られた。
場面は変わる。
ワシは迷うことなく、レオンの後ろにまわり、手に持ったナイフでレオンの指を……切り落とした。
ここで記憶の再生を止めた。
まさか……と、ワシは絶句した。
つまり、ギルがレオンの指を?
ギルが持ってきた便箋には、指が入っておった。
ヴィオラ達に動揺を与えぬために、すぐに《無限収納》へ隠したのじゃが、《鑑定》を使って調べると、その指はレオンのものじゃった。
孤児院の中庭で、レオンと一緒にコマを回して遊んだときのことを思い出した。
器用で、優しくて、温かいレオンの指。
その指をギルが……。
しかも、あろうことか、レオンの利き腕である右腕の一番大事な親指を、こやつは自分の意志で選び、嬉々として切り落としたのじゃ。
レオンはもう今までのように『コマ』を作れない。
血が沸騰する。
殺意がワシの心を支配する。
じゃが、今はではない。
まずは三人の救出が先じゃ。
【禁忌】によるダメージで泡を吹いて気絶しおるギルを、ワシは回復魔法をかけて起こした。
「……はっ!? ひ、ひぃぃっ! こっちに来んなバケモノ!」
ブスの次はバケモノか。
ガキめ。
とことんワシの神経を逆なでしよる。
ワシは小僧の中にある魔力を調べた。
ゴミのような魔力じゃった。
そのちっぽけな魔力を無理やり活性化させ、僅かな質量とエネルギーを与えた。
「『これより一刻の間、気を失うことを禁ず』」
火、氷、土――あらゆる属性の安定しない魔力が、ギルの体で暴れ回った。
魔力の粒子が互いにぶつかり、反発し、小僧の魔力回路をズタズタにしていく。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
どんなに苦しかろうと気絶も自死もできない。
ワシが禁じておるからな。
おそらく地獄の苦しみじゃろう——が、まだ足りぬ。
「アビー」
「にゃ!」
影に潜んでおったアビーが姿を現す。
「アビーよ、お主と、お主の猫仲間に助けをお願いしたい」
「にゃにゃ。お安い御用っす」
「緑壁の古い建物じゃ。そこにそこにユリ達が囚われておる」
「報酬は仲間たちに美味しいものをお願いするっす」
「いくらでも食うがよい」
「にゃ」
アビーが小さく鳴くと、小さな影から、次々と黒い塊が生まれてきた。
塊の一つ一つが形を変え、やがてアビーと同じ黒猫の姿になると、次々に塔から飛び降りていった。
その数は百を超えた。
やがて一匹残ったアビーがワシの影に潜る。
後は報告を待つだけじゃ。
ワシは眼の前でのたうつ小僧を静かに見下ろした。
——なんの感慨も湧かんな。
可哀想などと思うことはなく、かといっていい気味だとも思わない。
驚くほど、どうでもよかった。
まぁよい。
待っている間は、ワシの相手をしてもらおう。
我ながら大人げないとは思うが、心に渦巻く不快な感情を解消する方法が他に見つからぬでな。
「今からはやるのは、暇つぶしと、憂さ晴らしと、八つ当たりじゃ。嫌でも付き合ってもらうぞ、ガキが」




