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61話
「広いな」
試合当日である今日、案内された屋外闘技場を見て素直な感想を言った。
「あなた方の実力を考えると屋内の闘技場では狭すぎると判断しました。
ここなら余計な野次馬も入れませんしね。
では、時間になったら知らせます」
そう言い残し、ギルド受付嬢のミレーヌ殿は去っていった。
ワシは改めて、闘技場を見渡した。
ワシが戦ったギルド内の闘技場を比べると、アリーナの広さは倍で、周囲に観客席が設けられておる。
客席とアリーナとの間には障壁が張れるらしく、少々の攻撃ではびくともしないそうじゃ。
ワシの鑑定によると、障壁の強度はそれなりじゃな。
ワシなら力ずくで破ることができるし、《転移》で出入りも可能じゃろう。
じゃが、やることはあるまい。
ワシには【半神の制約】があるからのう。
【半神の制約】
それは半神となったワシの数少ない弱点と言えるじゃろう。
半神であるワシは『神の名のもとに交わされた契約を破れない』のじゃ。
いや、その言い方は正確ではないな。
正しくは『神の名のもとに交わされた契約を破ると大きなペナルティを課される』じゃな。
女神殿の説明によると、具体的にどのようなペナルティになるかは、破った契約の内容次第だそうじゃ。
例えば国家間の不可侵条約のような、多くの人に影響を及ぼすような契約を破ると、命すら危ういらしい。
まぁ、今回に関しては、よほどのことがない限り、ワシが弟子達の試合に介入することはないじゃろうし、心配はしておらんがな。
「お主ら、準備はよいか」
『スノーレギンス』の4人の前に立ち、ワシは言った。
「ええ、レイヴァリア様の指示通りに3日間瞑想したおかげなのか、コンディションはバッチリよ」
「一言でいうと、絶好調って感じ?」
「き、緊張してるけど、大丈夫です……多分」
「魔力も気力も充満しておりますわね。今なら、わたくし一人でも勝てそうですわ」
ふむ。
ワシはこっそりと《神眼》を使った。
ヴィオラ・エイスター 【ブリーズランサー 】
体力:624( 244)
魔力: 52(16)
気力: 256(46)
状態: 半神の加護により力3倍
イリス・フェルマル【シャドウシューター】
体力: 380(182)
魔力: 95(42)
気力:197(36)
状態: 半神の加護により俊敏3倍
セレーヌ・ヴェルシア 【ストーンガーディアン】
体力: 881(311)
魔力:63(13)
気力: 298(55)
状態: 半神の加護により耐久値3倍
リリエット・ノルヴィエ【ウィンドキャスター】
体力:288(132)
魔力: 452(191)
気力: 126(26)
状態: 半神の加護により魔術発動速度3倍
よしよし。
修行の成果が現れておる。
むしろ、ワシが想定した以上に力がついておるわ。
この鑑定結果は、ワシが指導用に調整した独自の能力表示で、()の中はワシが指導する前の値じゃ。
ちなみに、ヴィオラ達の力を数値化していることを、本人たちには内緒にしておる。
数値に振り回されて、慢心したり、油断したり、逆に他のものと比べて気落ちしたりしないようにじゃ。
数値はあくまで目安でしかない。
勝負の行方は、そのときの状況や、当人の覚悟で大きく変動するものなのじゃ。
ワシもヴィオラたちの修行の進捗具合を確認する目安程度にしか思っておらんしな。
「うむ。大丈夫そうじゃな。
じゃが、油断するでないぞ?
お主たちの修業の成果を全力で奴らに見せつけてやるがよい」
「「「「はい!」」」」
試合開始は十二刻。
あと一刻強で本番じゃ。
セレーナは多少固くなっておるようじゃが、他の皆は思ったより落ち着いておる。
このまま行けば、勝敗については心配はいらんじゃろう。
なにもなければ『スノーレギンス』が勝つ。
よほどのことがない限りはな。
「ねぇ、なんか向こう側って人が多くない?」
ヴィオラがアリーナの向かいを見ながら言った。
「『ブラッドハウンド』の腰巾着連中じゃね?」
「あ、あれ? で、でも、酒場の人達も混じってない?」
「あら、本当ですわ。あの女性たちは酒場『ヤーマス亭』の方々ですわ。セレーヌさん、よく気が付きましたわね」
イリス、セレーヌ、リリエットの会話を聞いて、ワシはブワッと総毛立った。
飲み屋の女達を呼んだじゃと?
それはつまり、『ブラッドハウンド』の連中が自らの勝利を確信しているということではないか?
ありえん。
『ブラッドハウンド』の連中はヴィオラ達の実力に気づいておるはずじゃ。
ヴィオラ達とワシへの2度の襲撃が、それを物語っておる。
実行犯の両手両足を折るという過剰すぎる見せしめがなければ、襲撃は2度では済まなかったじゃろう。
奴らの卑劣な策はすべて潰した。
なのに、なんじゃあの余裕は。
なんじゃ、この言いようのない胸騒ぎは。
なにか見落としがあるのか……。
なにか致命的な勘違いをしておるのか……。
ぐるぐると考え込んでおると、怪しい人物が『ブラッドハウンド』陣営からこちらに近づいてきた。
「止まれ。お主は何者じゃ」
『スノーレギンス』を守るように立つワシの言葉に、不審人物が立ち止まりフードを取った。
見たことのない若い男じゃった。
「――『スノーレギンス』の皆様とレイヴァリア様ですね?」
見ると、ヴィオラ達も男について面識はないといった顔じゃった。
「そうだけど、あなたは?」
訝しげな顔をしたヴィオラの質問に、男が跪いた。
「僕はあなた達に救われた『イースティア村』のロブと言います。
まずはお礼を。村を救っていただき、ありがとうございます」
どうやら敵ではないらしい。
ワシは内心で安堵しつつ、男への警戒を解いた。
「あの村の方なのね。礼はいらないわ。頭を上げて頂戴。
レイヴァリア様……じゃなくて、私達は依頼をこなしただけよ。
それで、なにか用なの?」
ヴィオラの言葉に、ロブという若者は跪いたまま顔を上げた。
「僕は、今日、店のみんなから『スノーレギンス』と『ブラッドハウンド』の奴らが決闘すると聞いて、ここへ来ました。
皆様にお伝えしなければならないことがあります」
「私達は大事な試合があるの。長くなりそうなら試合の後にでも——」
「いえ、手短に話しますので、どうかお聞きください。
『ブラッドハウンド』の取り巻きが良からぬことを計画しているようです。
そいつらの名は『ロギス』と『ファルトン』。
かつての仲間殺しと噂されている札付きの悪党です」
「ロギスとファルトン……どうしようもない悪党だと聞いたことあるわ。
そんな輩と組むだなんて『ブラッドハウンド』も落ちたものね」
「最初に奴らの話を聞いたのは、先月の13日です。
奴らはあなた達『スノーレギンス』の名前を出して乾杯をしていたんです。
そこから注意して奴らの話に聞き耳をたてるようにしていました」
「その光景が目に浮かぶわね。
――続きを聞かせてもらえる?」
「はい。先月の20日を堺に、『ブラッドハウンド』の様子が変わったんです。
一言でいうと余裕がなくなりました」
先月の20日というと、ヴィオラ達が賭けの条件を変えた日じゃな。
ワシの予感通り、悪い方向へ転んだか……。
「『ブラッドハウンド』の奴らは、それからずっと荒れてたんですけど、
昨日、妙に上機嫌でうちの店に来たんです。
店の女たちに、絶対に勝つから観に来いと。
あと『ロギスは逃げやがった』『ファルトンは見込みがある』とも。
それと小声で……『ガキを使うとはファルトンのやつ、考えたもんだ』と。
本当ならすぐにお伝えしたかったのですが、皆様への連絡手段が見つからず……申し訳ありません」
「そんな……まさか……」
ヴィオラ達の顔から血の気が引いていくのが分かった。
もちろんワシもじゃ。
奴らの言うガキとは、つまり……孤児院の子供たちじゃ。
そのとき、言葉をなくすワシらのもとに、もうひとりの人物が走ってきた。
大人にしては小さなシルエット。
あれは――
「ギル?」
駆け寄ってきたのは孤児院の暴れん坊、ギルじゃった。
ギルはヴィオラの前に来ると、息を切らせながらなにかを差し出した。
「ハァハァ……こ、これ……知らない人からあんた達に渡せって……」
ギルの手にあるのは、妙に厚みのある封筒じゃった。
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
とっさに《神眼》で見た封筒の中身は——
『レオンの右手親指』じゃった。




