6 普通に殴ってみた
6話
どうやらワシは間違ったらしい。
ハンスと呼ばれた男が地面に手をつくと、熊の頭で隠れていたワシと目が合った。
なのでワシは普通に挨拶をしたのじゃが——。
「はじめましてハンス殿。この集落でしばらく厄介になる予定なので、よろしく頼む」
「は、はぁ、これはご丁寧に……って、待て待て待てぃ!」
「どうしたハンス殿? そう興奮するでない。まずは落ち着いて深呼吸じゃ。ほれスーハースーハー」
「いやいやいや、君どうみても5~6歳だよね? なんでこんな大きな魔獣を『普通』に持ち運んでるんだよ!」
「『普通』?——ククク、どうじゃアビーよ。
ハンス殿によれば、どうやらワシは『普通』らしいぞ。
女神殿の課題をクリアするのもそう遠くないな」
と、ご満悦なワシじゃったが——
「いや、普通じゃないから!」
……どうもこの大きさの熊畜生を持ち運ぶのは普通じゃないようじゃ。
ぬかったな。
確かに以前のワシでも、この物量を運べるようになったのは10歳くらいじゃった。
今更遅いが、熊畜生の下から出る。
集落にはまだ入れない、と言われた。
なんでも今から騎士団とかいう連中が来るらしいので、それを待たねばならぬらしい。
なので、ワシとハンス殿とセレナ殿は熊畜生の横、草の上に座り、話をすることになった。
待てと言うなら待とうではないか。
なにせワシは普通の旅人じゃからな。
アビーのやつはといえば、セレナ殿の膝の上でゴロゴロ言いながら撫でられておる。
まさかワシが主であることを忘れてはいまいな?
「で、お嬢ちゃんは一体何者なんだ?」
セレナ殿の普通講座をざっと聞き終えた後、ハンス殿が聞いてきた。
「ずいぶんふわっとした質問じゃな。
しいて言うなら5歳になる普通の旅人じゃ」
「いやいや! 普通の旅人が、しかも5歳児がこんな化け物を倒せるか!」
「死ぬほど修行したからのぅ。
これがその成果じゃ。カカカ」
死ぬほど、か。
まさに一度死んでおるのじゃがな。
「あの、ハンスさん――」
セレナ殿がアビーの顎を撫でながら言った。
「許可なく冒険者や旅人の個人的な事情を探るのは、ご法度ですよね?」
「それは……だがしかし……」
「レイヴァリア様は大事になることを望んでいません。
なので追求するのはやめてあげてください」
「そうじゃぞ、ハンス殿。
女の過去を暴こうなど、無粋の極みじゃ。
お主、モテんじゃろ?」
「君、5歳だよね? ってかほっとけ」
暇な時間をこれ幸いに、ワシは二人から集落——街のことを聞いた。
街の名前はルクセルティア。
エルヴァンティス侯爵家が統治する国内第二の大都市で、人口はなんと5万人。
実質的に都市を運営しているのは2つに貴族、都市の北に居を構えるルヴァルディン伯爵家と、南のヴェルトリス伯爵家。
ここは南門なので、今から来るのはヴェルトリス伯爵家直属の騎士団——白い翼とのことじゃ。
ん?
貴族の話でセレナ殿の顔色が変わったな。
なにかあるのじゃろうか。
まぁ言いたくなればセレナ殿から話すじゃろ。
「ところでハンス殿よ。
ワシはえっちらおっちらと熊畜生を運んできたわけじゃが、普通はどうするのが正解なのじゃ?」
「普通は収納魔法を使えるギルド職員を呼ぶか、でかい荷車を用意して丸ごと運ぶか、バラバラにして運ぶかだな。
だが、この大きさとなると——」
「なんじゃ、それを早く言うがよい——《収納》」
ワシは《無限収納》に熊畜生を収納した。
「は!? ぐ、グロームベアはどこ行った?」
「ハンス殿が言った通り、普通に収納しただけじゃが……もしかして、またワシは間違ったのかの?」
「レイヴァリア様、大丈夫です!
一流のポーター職ならこれくらい普通ですよ!……多分」
「はぁ……あのなぁ」
ハンス殿がいいかけたとき、門が開き、重装の戦士が十数名飛び出してきた。
「グロームベアはどこだ!」
馬にまたがる騎士が、剣を片手に叫んだ。
ほう。
この御仁、かなり強い。
「——レイヴァリア様、あの方がさっき言った白い翼の団長さんです」
小さな声でセレナ殿が教えてくれた。
「おい、そこの門兵! 状況を説明しろ!」
巨大な盾を持った重騎兵が、兜のシールドを上げて顔を出した。
若干キレ気味なのは、なぜじゃろうか。
「はっ!グロームベアは現在、収納魔法に保管されております!」
「なんだと!?」
盾の騎士がハンス殿の胸ぐらを掴み、片手で持ち上げた。
ワシの眉がピクリと動く。
……いや、待て。
これはこの世界の『普通のこと』なのかもしれぬ。
とりあえず挨拶代わりに胸ぐらをつかむのが、今のトレンドなのかも知れん。
ワシはぶん殴りたい気持ちを抑えて、事態を見守った。
「貴様!収納できる程度の魔獣で我らを呼ぶとは、我が『白き翼』を愚弄するか!」
「い、いえ。決して小さな個体ではなく――」
「まだ抜かすか!この――」
重騎兵が拳を振り上げたのを見て、ワシの我慢が限界を迎えた。
これは看過できん。
「待つが良い」
ワシは重騎兵の足元へ瞬時に移動して、奴の顔を見上げて、言った。
「いきなり乱暴を働くとは感心せん。とりあえずハンス殿を離すがよい」
「な、なんだ小娘!いつの間にそこに!——余計な口を挟むな!」
「よいから手を離せ。これは最後の警告じゃ。離さねば少々痛い目を見てもらう」
「ふん、できるものなら——ゴッファァァァッ!」
できるが?
ワシの拳で騎士は吹っ飛んだ。
安心するが良い。
内臓は無事じゃ。
残りの騎士たちは一瞬呆けた後「貴様!」「なにをしやがった!」「取り囲め!」とワシ達を囲った。
隙間なく周囲に立つと、各々の武器をワシへ向けてきた。
カカカ。
よいぞ。
殺意を向けられたならば、対応せねばなるまい。
極めて普通にな。
「お主ら、抜いたな、剣を。 ——行け、アビー」
「にゃ!」
巨大な猫と化した我が相棒アビゲイルが一陣の風となり、すべての騎士をなぎ倒した。
——いや、一人だけ立っている。
先程まで馬に乗っていた騎士じゃ。
ほう。
剣で受けたか。
やはり、こやつ只者ではない。
「お主がこの集団の頭じゃな。で、これからどうする?」
「……貴殿に戦闘の意志はあるか?」
「あるとも言えるし、ないとも言える」
「つまり私次第……ってことか——ふぅ」
騎士は剣を収め、兜を脱いだ。
つややかな銀白色の髪、意志の強そうなアイスブルーの瞳。
ワシは、その表情から戦闘の意志はないと判断した。
「私は白い翼の団長エルミナ・フェルスター。
ハンス殿と言ったか?
部下の無礼、申し訳なかった。怪我はないか?」
「い、いえいえ!そんな大したことじゃ。
むしろ俺がうまく言えなかったせいで、騎士の方に怪我を……」
む?
さりげなくワシのことを非難しておらんか?
ハンス殿め。
助けてやったというのに、恩知らずめ。
「……よかったら説明してもらえるか?一体何がどうなっているのだ」