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59/67

59 ギル

 59話


 萌陽月の27日、第四土巡の日の正午。


 孤児院『ピクシーの家』から少し離れた空き地で、ギルは木の棒を振り回していた。


「ちくしょう!ちくしょう!」


 ガッガッ。


 木や岩を叩き、そのたびに悪態をついた。


 ——あのブスのせいだ!あのブスのせいで院長に怒られたんだ!


 先日、現れたレイヴァリアとかいう、生意気そうな女を、少し叩いただけなのに、ギルは院長から今までにないほど叱られた。

 レイヴァリアが差し入れで持ってきたお菓子をみんなから少しずつ奪ったこともバレて、さらに怒られた。

 そして一週間お昼抜きという、信じられないくらい重い罰を与えられたのだ。


 孤児院の中で一番体の大きなギルは、院の中で一番多くご飯を食べる。

 そんなギルが、他の奴らと同じ数のお菓子だなんて不公平だったのだ。


 菓子の件について、ギルは自分が悪いとは少しも思っていなかった。

 むしろ、他の奴らの体の大きさに合った量に調整してやったんだとすら思っていた。


「どうしてオレ様が怒られなきゃならねぇんだよ! 

 しかも昼飯抜きなんて冗談じゃねぇ!」


 ギルには他の子供より食料が——とりわけ『肉』が必要だった。

 体を大きく、強くするためだ。

 ギルには体を大きくしなくてはならない理由があった。


 ギルは頭の中に理想の人物を思い浮かべて、棒を振り回した。


「オレ様は『ブラッドハウンド』のガルヴァンだぞ! 

 このクソどもめ! 死ね!死ね!死ねぇ!」


 ギルは体を大きくしなければならない理由。

 それは、冒険者になるためだった。

 冒険者になって『ブラッドハウンド』みたいに、金持ちでかっこよくなりたかった。


「えい!やぁ!死ね!死ね!お前みたいな雑魚が『ブラッドハウンド』のオレ様に逆らうんじゃねぇ!死ねぇ!」


 夢中でごっこ遊びをしていると、後ろからパチパチパチと音が聞こえた。


「なかなかいい腕してるじゃないか、坊主」


「だれだ!」


 ギルが振り返ると、体の大きな男がニヤニヤしながら拍手をしていた。



 黒髪で背の高い男は、腰に2つの剣を携えていた。

 見るからに怪しい空気の男に、ギルの体が強張る。


 ——まさか、人攫い?


 今まで何人もの子供が誘拐されているのを、ギルは知っている。

 犯人はまだ見つかっていないはずだ。

 狙われるのは、見た目のよい子供だと聞いていたので、自分の容姿の程度を知っているギルは油断してしまっていた。


 ギルはジリジリと後退りをして、そして走って逃げようとした瞬間、男が意外な言葉を口にした。


「坊主、お前——俺達『ブラッドハウンド』に憧れてるのか?」


「え?」


 ギルは構えていた棒を下ろし、驚いた顔をした。


「おじさん……『ブラッドハウンド』なの? でも……」


 ギルは『ブラッドハウンド』を知っている。

 こっそり冒険者ギルドへ行って、遠くから何度も見たからだ。

 だがこの男の顔が一度も見たことはない。


「ああ、俺はまだ入ったばかりでな。ダリスが消えちまっただろ? 俺はダリスの後釜ってわけさ。俺の名はフィ……ロギス。ロギスってんだ」


 ロギスと名乗る男は、なぜか言ったあとに顔をしかめた。


『ブラッドハウンド』メンバーであるダリスの失踪は、ギルも知っていた。

 だから男の言うことは一応筋が通っている。

 だが、嘘をついているかもしれない。


「でも……グゥ」


 ギルのお腹が大きな音を立てたのを聞いて、男がニヤリと笑った。


「坊主、腹減ってるのか? ついてこい。腹いっぱい肉を食わせてやる。『ブラッドハウンド』の話、聞きたいだろ?」



「肉……腹いっぱい……」


 男の言葉に、ギルは完全にやられてしまった。

 腹いっぱいの肉という夢のような提案に、男の誘いを断るなんて考えは、綺麗さっぱり消え失せていた。



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