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56話
「なんと理不尽な……」
ワシは孤児院『ピクシーの家』でこの世の不条理に直面しておった。
「ほら、さっさとしろ! グズグズしてんじゃねぇ!」
一番体の大きな赤黒髪の男児が、他の子供の皿からお菓子を奪って回っておる。
孤児院の子供達にとって滅多にないお菓子——それも貴族御用達『こぐまベーカリー』の高級菓子なのだ。
当然子供たちは渡したくはないじゃろう。
じゃが大きな子供が殴るふりをすると、しぶしぶと言った感じで子供達はお菓子を一つ差し出すのじゃった。
この孤児院にいるのは、クラリス院長とワシを入れて全員で10人。
ワシが持ってきた『クルミのミルククッキー』は50個。
つまり、一人5個ずつじゃ。
それをクラリス院長以外全員から一つずつ奪おうというのか。
なんたる非道。
こやつはジャガイモ顔の悪魔なのか?
クラリス院長は、この場にはいない。
彼女は子供たちの昼食の準備や、洗濯で忙しいのじゃ。
あまりの暴挙に呆然と立ち尽くしておると、隣の赤茶髪の女児が耳打ちしてきた。
「あいつはギルって言って、すっごく乱暴なやつなの。
言う事聞いときゃ乱暴しないから、素直に従っておいた方がいいわ」
そんなバカなと思ったのじゃが、ワシはヴィオラの言葉を思い出した。
『あのね、その簡単なことができないから友達が一人もいないんじゃないの?
怪我をしてる子がいても治癒魔法を使わないこと。
体の大きな子に意地悪されても殴らないこと。
年上の子が言うことは、絶対服従すること。
あと、奇跡を起こして聖女を誕生させないこと。
できる?』
ヴィオラはそう言ったのじゃ。
『体の大きな子に意地悪されても逆らわないこと』――これはまるっと今の状況じゃ。
つまり、ワシには、なにもできんということか。
ギルというガキが男子連中からお菓子を奪い終えると、今度は女子の方へ歩いてきた。
「リリィは一つ、新顔のお前とユリは二つ、チビのミリナは三つよこせ」
我が耳を疑った。
ワシのクッキーを2個も奪うじゃと!?
端にいる一番小さなミリナと呼ばれた子に至っては、なんと3個も奪うつもりなのじゃ。
5個の内の3個じゃぞ?
ミリナはまだ2歳か3歳じゃろう。
なにを言われたのかよくわからなかったらしく、ギルが自分の前に立ってもキョトンとしておった。
じゃが自分の菓子にギルの手が伸びたとき、すべてを理解し、抵抗した。
「やーっ!これミリナの!」
全身で抵抗したが、体の大きさが三倍以上のギルに敵うはずもなく、ミリナのお菓子は奪われてしまった。
「あぁぁぁぁぁん! ミリナのお菓子ぃぃぃ!」
ミリナの絶叫のような泣き声に、ワシの心は張り裂けそうじゃった。
「うるせぇ! ビービーー泣くんじゃねぇ!」
泣き叫ぶミリナに手を上げようとするギル。
ブチンと、ワシの中のなにかがキレた。
もう限界じゃ。
「ギルとやら! 待つがよい!」
ワシの言葉に、ギルが振り上げた手を止める。
「あ? なんだ、新顔! オレ様に文句あんのかよ?」
ギルがワシの前に立ち、見下ろす。
ワシより頭一つ大きく、体重に至っては二倍はあるじゃろう。
なるほど、子供にしては大きいな。
普通の子にとっては恐ろしくてたまらないじゃろうな。
じゃが、こやつの100倍大きな竜と戦ったことのあるワシには通用せぬ。
小憎らしいジャガイモ顔を見ておると思わず殴ってしまいそうなので、ワシは目を閉じて説教することにした。
「ワシの名はレイヴァリアじゃ。
よく聞くがよい、ギルよ。
お主、そのような小さな子を泣かせて菓子を奪うなど、恥ずかしく——」
ゴツン!
——は?
一瞬、なにが起きたのかわからなかった。
しばらくして、ワシは頭を殴られたのじゃと理解した。
当然のことながらダメージは皆無じゃが。
なぜ殴るのじゃ?
まだ話の途中じゃぞ?
ワシは軽くパニックに陥ってしまい、動けずにいた。
「うるせぁブス! いいからお前も菓子よこせ!」
は? ブブブ、ブスじゃと!?
おのれ、ジャガイモ顔の分際で、超絶かわいいワシに向かって、あろうことかブスとぬかしおったのか!?
人間というは、怒りが頂点を超えると言葉がでないものなのじゃな。
前世を含めると100年以上生きてきたのじゃが、こんなことは初めての経験じゃ。
石化魔法を喰らったかの如く固まっているワシの横から、先ほど耳打ちしてくれた赤茶髪の女児が声をあげた。
「ほら! あんたの言う通りにするから、さっさと、どこか行ってよ!」
「……あのさ。いい加減にしてくんない?
せっかくのお菓子が不味くなるんだけど?」
我れ関せずといった感じじゃった栗色髪の女児が、めんどくさそうに言うと。
「チッ! 次からは逆らうんじゃねぇぞ!」
ギルは宣言通りの数の菓子をワシらから奪っていくと、別の部屋へ去っていった。
「…………」
あまりの怒り、あまりの悲しさ、あまりの理不尽さ。
「う……う……」
ワシの胸に経験したことのないほどの感情の濁流が膨らんでいき、そして――。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
なんと、ワシは泣いてしまったのじゃった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん! ひどいのじゃぁぁぁっ!」
悔し涙を流したのは、前世で『バルザンクという猿型の魔獣にとっておきの熟成燻製肉を奪われた』ときの一回だけじゃ。
魔境の森より恐ろしい場所じゃ、この世界は。
ワシの号泣を見て、泣き止みかけていたミリナが再び泣き出した。
「うわぁぁぁぁん! ミリナのおかしぃぃぃ!」
「うわぁぁぁぁん! あんまりなのじゃぁぁぁ!」
食堂にワシら二人の泣き声がこだまする。
ここは、なんと厳しい世界なのじゃ。
ワシは『普通の子供』の置かれた過酷な環境に、改めて戦慄するのじゃった。




