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5 普通への道

 

 娘子の名はセセセセセレナではなく、セレナじゃった。

 ワシより少し大きいくらいの娘子は、ふわっとした明るい茶色の髪と、鮮やかなグリーンの瞳。

 健康的で、どこにでもいそうな普通っぽいの子供じゃった。


 熊畜生め。

 こんな小さな子を食べても腹は満たせまい。

 それに――それにじゃ。

 セレナ殿の掴まっていた木など、その気になれば一撃じゃったろう。

 つまり、遊んでおったのじゃ。

 命を弄んでおったのじゃ。

 ワシはこういうやつが大嫌いじゃ。


 セレナ殿を見ると、全身に細かい傷が何箇所もできておった。

 怖かったじゃろ。

 痛かったじゃろ。

 かわいそうになぁ……。


「――ときにセレナ殿よ。ワシがこの場で、そなたの怪我を治すのは、普通のことじゃろうか?」


「へ? 神官様なら普通だと思いますけど……」


 そうか。普通なのじゃな。

 では遠慮なく。


「――よし治ったぞ。立ってみよ」


 ワシは神聖魔法《再生》を使い、セレナ殿を普通に治した。


「はぇ? え? え? た、立てます! 足腰だけじゃなく怪我も全部治ってます!」


「ふ、普通のことじゃろう。あまり驚くでない」


「そ、そうですね。普通でしたね。すみません」


「では、セレナ殿の住処へ送るとしよう。場所は……こっちじゃな」


「そ、そうですけど、どうしてわかったんですか?」


「ん? 普通に人の群れの気配を探っただけじゃが?」


「そ、そうですか。それも普通ですか」


「うむ、普通じゃな。さて、行くとしよう」


 ワシは飛ぶことも、高速で走ることもせず、普通に歩き始めた。


「へ? あ、あのレイヴァリア様。

 その……グロームベアの素材は持ち帰らないのですか?」


「む? もしや普通なら持ち帰るのか?」


「えっと、グロームベアの素材は捨てるところがないくらい貴重で、高く売れるので、普通の人は持ち帰るかと……」


「そうか、そうじゃったな。

 すっかり失念しておった。

 もちろん持ち帰るとも。普通にな」


 ワシは熊を持ち上げ、歩き出した。

 半神の能力『無限収納』を使えば簡単に持ち運べるのだが、普通の人間はそんな能力を持っておらんじゃろ。

 カカカ。

 ワシに抜かりはないのじゃ。


「あ、全部持てちゃうんだ……」と、セレナ殿の声が聞こえたような気がしたが、気のせいじゃろう。


「さすがマスターっす。今のところ、どっからどう見ても普通の人っすよ」


「これこれアビーよ。普通の猫は喋らんじゃろ?」


「大丈夫っすよ。普通の人には、猫の鳴き声にしか聞こえないっす」


「そうか。つまりワシ等は完全に普通の人間と普通の猫ってわけじゃな」


「今のところ普通に完璧っす」



 ‡



 門兵ハンス視点



「グ、グロームベアだ!! グロームベアが出たぞぉぉぉっ!」


 人門検査待ちの行列の後方から、恐ろしい叫び声が響いた。


「グロームベアだと!?」


 まさかと思いつつ、門番のハンスは、即座に駆け出した。

 まさか、まさかな。


「こんな街の近くに出るわけが……ないよな?」


 騒然とする行列。

 幸い、まだパニックにはなっていない。

 ハンスは最後尾まで到着し、目を凝らした。

 数百メル先に黒い影——間違いない、グロームベアだ。


 グロームベアは森の奥に生息する魔獣だ。

 成長すると大きいものだと5メルにもなり、その外皮は剣を弾き、その爪は巨木をもなぎ倒す。

 今見えているのは、おそらく6メル。

 観測史上最大レベルの大きさだった。


「何だあの大きさは……」


 遅れて到着した同僚に、ハンスが言った。


「今すぐ市民全員を街へ入れるんだ。検査は不要。全責任は俺が持つ。市民を入れ終わったら門を閉めろ」


「ハンス、お前はどうするんだ!?」


「ここで時間を稼ぐ」


「……わかった!すぐに騎士団を呼ぶ。無茶はするなよ?」


「適当に相手したら、さっさと逃げるさ。急げ」


 同僚が走り去る。


 もしグロームベアが本気になれば、わずか数秒でここに到達するだろう。

 だから、俺はここにいる。

 市民を守る。

 街を守る。

 それが門番の仕事であり、俺の使命だ。


 幸い、グロームベアは走ってきてはいない。

 頼むからそのまま動かないでくれ。

 槍を構え、死を覚悟した俺は、巨大な死神を待ち受けた。


 だが、待てども待てども、グロームベアは動かない。

 いや、正確には動いている——まるで子供が歩くような速度で、だ。


「ん?」


 よく見ると、グロームベアの横に小さな人影、だと?

 なにかを叫んでいる。

 あれは——セレナちゃんか?


 ハンスは走った。


「セレナちゃん!そいつから離れるんだ!」


「まま、待ってください、ハンスさん! 大丈夫です! 死んでますから! このグロームベアは普通に死んでますから、大丈夫なんです!」


「いやいや!だって動いてるじゃないか!」


 10メルほどの距離から、グロームベアは近づいてきている。

 だが、おかしい。

 巨体はピクリとも動いていない。

 なのに動いている。


 動いているのに、動いていない?

 大木のように太い腕も、大人の体ほどの恐ろしい顔も、まるで剥製のように静止している。

 なのに、ズルズルと、こちらへ近づいているのだ。

 いったい、どういうことだ?


「これは、その、下に潜ってるレイヴァリア様が運んでるっていうか、その……と、とにかく、ちょっと屈んで下を覗いてみてください」


「下を覗く?」


 ハンスは恐怖を押し殺し、グロームベアに近づいた。

 やはり、なんの反応もない。

 意を決し、地面に手をつき、魔獣の下を覗き込む——

 すると——


「はじめましてハンス殿。この集落でしばらく厄介になる予定なので、よろしく頼むのじゃ」


 金髪金瞳の美しい少女が、にこりと微笑んだ。


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