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4 セレナ視点

 4話


「……お母さん」


 大きく揺れる木の上で、セレナはガチガチと歯を鳴らしていた。


「ゴァァァァッ!」


「ヒッ!」


 恐怖に染まった瞳を下へ向けると、巨大な熊型の魔獣——グロームベアがセレナの掴まっている木を激しく揺さぶっていた。

 ぐらりと木が揺れ、メキメキと不吉な音が響く。

 折れる。

 あと数分もしないうちに、この木は倒されてしまうだろう。


 セレナは手に持った草をぎゅっと握りしめた。

 せめてこの薬草だけは母に届けたかった。

 病気の母には薬が必要だ。

 しかし、薬を買うお金はもうない。

 だから、原料となる月光草を採りに森へやってきたのだった。


 魔獣避けの香を炊いていたはずなのに……。

 小さな魔獣は寄りつかないはずだったのに……。

 まさか、グロームベアが、こんな場所に現れるなんて……。


 恐ろしい咆哮が響き渡る中、セレナは母にもらったペンダントを握りしめた。

 小さいながらも本物のルミナ鉱石が埋め込まれた、貴重なものだ。

 石にはソルディナ教の紋章が刻まれている。


 セレナはギュッと目を閉じ、震える声で祈った。


「女神アウレリア様……どうかお聞きください。

 私の命を救ってくださいとは申しません。

 ただ……どうか残された母をお救いください。

 病を癒し、この先苦しまず、安全な道を歩めるよう……

 あなたの光と加護で、どうかお守りください。

 ソルディナの導きのもとに——この願いを託します」


 祈りを終えた瞬間、バキッ!と絶望的な音が響く。

 セレナの体は……空へ舞った。


「さようなら……お母さん」



 せめて、痛みが長く続きませんように——。


「…………あれ?」


 セレナの体がフワリとなにかに支えられた。


「なんとも危ないところじゃったな」


 すぐ側から声が聞こえた。


 恐る恐る目を開く。

 セレナの世界が一変した。


 目の前——いや、彼女を支える腕の持ち主は……。

 信じられないほど美しかった。


 年齢は5〜6歳。

 金色の髪が柔らかく揺れ、まるで光そのものを宿しているかのような輝きを放っている。

 同じく金の瞳は慈愛に満ち、吸い込まれそうになる。


 腕の中の温もりは確かにリアルで——それなのに、どこか現実感がない。

 まるで夢の中にいるような、不思議な錯覚。


 助けられた安堵よりも、少女の美しさに心が奪われていた。

 こんな神々しい存在が、ただの人間であるはずがない。

 すると、この御方は……。


「あの……もしかして、あなたは女神アウレリア様ですか?」


「ん? 女神殿を知っておるのか?」


「えっ……女神様じゃないんですか?」


「違う違う。ワシは女神殿の使徒……痛ッ」


 肩に乗った黒猫が、美貌の少女の頭を叩いた。

 ニャーニャーと怒ったように鳴く猫。

 少女は「そうじゃな、すまんすまん」となぜか謝っている。


「コホン。ワシは女神殿とは無関係の普通の人間じゃ。決して半神などという怪しい存在では……痛ッ!」


 また猫に叩かれている。


「ゴアァァァァッ!」


 下を見れば、折れた木の横でグロームベアがこっちを見上げて吠えていた。

 ん? こっちを 見上げて?

 よく見ると、セレナを抱えた少女の足は——空中に浮いていた。


「ひゃぁぁぁっ!!」


「これこれ、暴れるでない。ときに娘子よ、名前はなんと申す?」


「せせせせ、セレナです……」


「セセセセセレナ殿か。変わった名じゃな。

 ワシの名はレイヴァリアじゃ。どうじゃ? 普通の名じゃろ?

 ところで少し放り投げるゆえ、舌を噛むでないぞ」


「ほ、放り投げ……きゃぁぁぁっ!!」


 言葉通り、セレナの体は上空へと放り投げられた。

 助けてもらったのではなかったのか!?

 数秒もしないうちに、森を一望できるほどの高さに達し、次の瞬間、急激な落下へと転じた。

 内臓が浮き上がるような不思議な感覚。

 恐怖よりも先に、セレナは声すら出せなかった。


 落下の速度が増していく——地面が迫る瞬間、フワリと体が浮き、またあの声が響いた。


「もう大丈夫じゃ。よく頑張ったな」


 少女は優しく微笑み、セレナを地面へと降ろした。

 膝の力が抜けて、セレナはへなへなと座り込む。

 ふと横を見ると——「ヒッ!」——すぐそばにグロームベアがいた。


「ひぃぃぃ!」


 逃げようとするも、足に力が入らず、這うようにして距離を取ろうとする。


「これこれ、大丈夫と言っておろう。こやつはもう息絶えておる」


「……え?」


 言われてみれば、グロームベアの目からは光が消え、だらりと舌を出してピクリとも動かない。

 Bランクの冒険者が何人もかかってようやく倒せると言われるグロームベアを、一瞬で?

 見たところ、裂傷も魔法による損傷もない。


 ——いったい、どうやって倒したの……?


「腰を抜かしてしまったか。どれ、セセセセセレナ殿よ。

 お主の住む場所まで、ワシが普通に送ってやろう。

 その代わりと言ってはなんじゃが——少し聞きたいことがあるのじゃ」


 レイヴァリアと名乗った少女は、なぜか不安そうな目をしていた。


 セレナの名前を間違えて覚えているが、今はそれどころではない。

 こんな神様のような少女が…… 私みたいな子供に聞きたいことがある?

 何を聞かれるんだろう——。


「その……普通の生活、というものを教えてほしいのじゃ。

 も、もちろんワシは普通の人間じゃが、住む場所が違えば普通の意味も違ってくるじゃろ?

 じゃから、セレナ殿の思う普通の生活というものを教えてほしいというわけじゃ。

 考えや習慣の摺り合わせというやつじゃな。

 ……お、おそらくワシの思う普通と大差ないと思うのじゃが、念の為じゃ。念の為」


 少女は、すごく早口でまくしたてた。


 ——ああ、なるほど。そういうことか。


 セレナはこの少女のことが、なんとなくわかった気がした。

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