3 再会
3話
目を開ける。
どこまでも広がる草原。
東の地平線には巨大な山が聳えておる。
まずは体をチェックする。
異常はない。
体力と気力が、かつてないほど満ちておる。
——万事支障なし。
すべての造りが極小であること以外は。
異様に小さな手を開閉してみる。
これは……子供の手じゃな。
半神の能力——《神眼》で自身の状態を確認する。
名前:レイヴァリア(5歳)
種族:半神
称号:武神
状態: 普通
スキル一覧
├ 《無限収納》
├ 《再生》
├ 絶技・神気操術
├ 瞬歩・閃光の軌跡
├ 再生の秘奥
├ 気撃・神威掌
├ 神羅
├ 半神の台所
├ 神癒
└─┬ 武神の覇気
├ 神撃・斬天光
├ 気壁・不動の陣
└── 恩義の戒律
……
……
どうやらワシの体は5歳で、しかも人間ではないらしい。
つまり人間としてのワシは死んだわけじゃな。
ふむ。
まぁどうでもいいな。
さらに観察する。
ん?
一番上の《無限収納》が点滅しておる。
無限収納とは見えないカバンのような能力で、大概のものはどんな量でも収納できるらしいのじゃ。
収納リストに点滅している物があったので取り出してみた。
それは手紙じゃった。
_____________________________
レイヴァリアちゃんへ
ここに収納されている品々は、私からのプレゼントです。
生きていくのに必要なものは思いつく限り入れてあります。
女神印の便利グッズを使って、人生を楽しみましょう。
今までの分まで、ね?
女神アウレリアより
追伸:もう一つ特別なプレゼントを用意してあります。上をご覧なさい。
_____________________________
文字など学んだことはないのじゃが、何故か普通に読める。
これも半神の能力なんじゃろうか?
山のように入っている品々も気になるが、それより最後の文じゃ。
上を見ろとな?
指示通りに上を見上げる。
うむ。
いい天気じゃな。
む?
なんじゃ?
青空の中、遥か上空から黒い点が……落下してくるじゃと?
黒い何かは、何かを叫んでいるようじゃった。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それは小さな動物じゃった。
いかん。
このままでは数秒後に地面へ激突じゃ。
動物の予測落下地点に煌気をドーム状に広げた——しかし、その大きさに驚愕した。
瞬時にできあがったドームは、想定の十倍の規模じゃった。
これも半神の能力なのか?
落下した動物が煌の塊に沈み込み——「んにゃぁぁ!」と鳴きながら跳ね返された。
「んにゃ! んにゃ! んにゃぁぁぁぁ!」
ボインボインと跳ねるたびに、動物は可愛らしい鳴き声を上げる。
煌を解除し、動物を受け止めた。
その瞬間——気づいた。
……そんなはずはない。
こんなこと、ありえない。
「まさか……まさか……」
声が震えたのは生まれて初めてじゃった。
「お主、もしや……アビーなのか? アビゲイルなのか?」
アビゲイルはワシの持っていた魔剣で、 巨竜との戦いで砕け散ったはずじゃ。
ワシの腕の中にいるのは剣ではない。——黒い猫だ。
なのに、その小さな黒い体が——その気配が——その生命力が——その存在が——言っている。
これはアビゲイルなのじゃと。
かつての臣下であり、最高の相棒であった魔剣アビゲイルじゃと。
「そうっす! 自分っす! マスターの僕であり相棒のアビーっす! マスター、会いたかったっす!」
この瞬間——ワシの涙腺は、雨季のデスマウンテンが如く決壊した。
‡
「マスター、マスターってば! そろそろ泣き止んでほしいっす。ってか、離してほしいっす。ってか、マスター性格変わりました?」
ワシの腕の中で、涙と鼻水で濡れそぼった猫が、ニャーニャーと喚いている。
「仕方ないだろう。あんな別れだったのじゃぞ?……グスッ。よくぞ、よくぞ生きていてくれた。もう会えないかと思ったぞ」
猫の体なった相棒に、グリグリと顔を擦り付けた。
「女神様が言うには、自分は一度死んで——生まれ変わったらしいっす。
んで、今の自分は魔剣じゃないっす。神器っす。神器アビゲイルっす」
「……ジンギ? 魔剣でもなく猫でもないのか?」
「違うっすよ。実際に見てみるのが早いっす」
するりとワシの腕から抜け出すと、アビーは一瞬で姿を変えた。
その小さな体が一気に大きくなり——魔族のクソ師匠が乗っていた馬と同じくらいのサイズに膨れ上がる。
息を呑んだ。
「これは……」
漆黒の毛並みが風になびき、瞳に神秘の輝きが宿る。
ただの猫ではない——ただの生き物ではない。
新たな神器として蘇った存在。
これが——神器アビゲイルか。
「もっと大きくなれるっすけど、燃費が悪いんで、これくらいがオススメっす。
これならマスターを乗せて移動もできるっすよ」
巨大な黒猫——いや、アビーの姿をじっと見つめた。
すごいな。
こんな変化は、よほどの魔獣か魔族でなければできるものではないはずじゃ。
「元の姿には戻れないのか?」
「剣っすか? 当然戻れるっすよ、よっと!」
——シュバッ!!!
漆黒の気配が周囲に広がり、アビーの体がギュンッと縮んだ。
ワシの手元に、スッと収まる小さな剣。
短剣より少し長い程度の刀身。
剣の柄を握り、じっ……と見つめた。
「なんというか、その……随分と貧相じゃな」
「ムカッ! マスターの体に合わせて、持ちやすいサイズにしてるだけっす! 大きさも形状も自由自在っすよ!」
言うや否や、剣がズルズルズルッと巨大化し、見慣れたサイズへと変化した。
しばし黙る。
むぅ……なんとか扱えるが、今の小さい手と身長では、少し持て余す。
アビーが猫の姿に戻り、ゴロゴロと喉を鳴らしながらワシの足に頭を擦り付ける。
「どうっすか? すごい進化っしょ? 素直に褒めてもいいっすよ?」
おおう。
うい奴め。
アビーを抱き上げ、思う存分撫で回してやった。
「すごいぞ、アビー。お主は世界一の相棒で、世界一の剣じゃ」
「うにゃにゃにゃ。魔剣のときは気付かなかったっすけど、マスターは撫でるのが上手だったんすね。これは病みつきになるっす」
「そうじゃろう、そうじゃろう。うりうりうり」
「ゴロゴロゴロ……。でもマスター。のんびりして、良いんすか?
女神様からの使命があるんすよね?」
「うむ、そうじゃったな。そのことについてアビーの意見を聞きたいのじゃ」
地面に胡座をかく。
アビーはワシから飛び降りると、ちょこんと座り込み、じっとワシの顔を見上げた。
「アビーよ。”普通の生活”とはなんじゃ?」
「普通の生活っすか? ……はて?」
「女神殿が言うには、ワシに足りないのは普通の生活とやらの実績らしいのだ。
説明を受けたのだが、どうにもピンと来なくて困っておる」
「どんな説明っすか?」
「曰く、普通の生活とは、普通の食事や睡眠を摂り、普通に友人を作り、普通に恋をして、普通に伴侶を作り、普通に子を産み育てること、らしいが」
「なるほど……チンプンカンプンっすね」
「じゃよな? 食事や睡眠は分かるとして、他はなにをどうすればよいのやら……」
アビーはしっぽをぱたんぱたん、と動かしながら、考え込むような表情を見せた。
「とりあえず、他の人に聞くのはどうっすか?
普通じゃない喋る猫と、普通じゃないマスターが話し合ったところで、答えが出るとは思えないっす」
「そうじゃな。それしかあるまい。そうと決まれば早速——」
立ち上がると、大きく飛び上がった。
200メルほどの高さに足場を作り、デミゴッドの力である「神眼」を使い、周囲を見渡す。
「すごい能力じゃな。どんな距離も、まるで目の前に見ているかのようじゃ——む?」
北西の方角、12キロメルの距離に人影を発見する。
何かに襲われている?
土埃一つ立てずにフワリと地面に降り立つと、アビーを抱え目的の方向へ駆け出した。
「ねぇマスター」
「なんじゃアビーよ?」
「普通の生活……楽しみっすね」
「そうじゃな。女神殿の期待を裏切らぬよう、普通の生活とやらをこなしてみせよう。全力でな」
話しながら、音の半分ほどのスピードで大地を駆け抜けた。