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29 村の事情

 29話


 待ち時間が暇だったのと、腹が減っていたので、ワシは弁当を取り出した。

『猫の尻尾亭』の店主であり、名コックでもあるゴウ殿の特製弁当じゃ。


 包みをほどくと、ふわりと立ち上る香ばしい匂いは、やはり食欲をそそる。

 中にはチキンと野菜を挟んだパンが三つ。


 弁当はすっかり冷えておるが、チキン表面のパリパリ感は健在じゃ。

 パンの柔らかな感触に期待しつつ、そっと手に取る——うむ、やはり柔らかい。

 ゆっくりと口へ運ぼうとした——その時じゃった。


「ねぇ、お姉ちゃんたち……」

 

 顔を上げると目の前には、見知らぬ子供が二人がおった——

 わずかにふらつく足取りで近づいてきた大きい方の子供が、手に持った箱を地面に置いた。


「これ、買ってくれませんか?」


 箱から小さな彫刻を取り出して見せた。


「ごめんなさい。私達は仕事で——」


 ヴィオラの言葉を手で制して、パンを弁当箱へ戻すと、彫刻を受け取った。


「ほう、見事なものじゃな」


 狼を模した精巧な一品じゃった。


「いくらじゃ?」

「5……3000ZLです」

「買おう」


 ワシはポケットから出すふりをして《無限収納》から大銅貨を一枚取り出すと、少年に手渡した。


「あ、すぐにお釣りを……」


「釣りは要らぬ。代わりに、少し話をしようか」


 ワシは二人を隣に座らせ、話を聞くことにした。



 ‡



「なるほど。この彫刻を掘ったのはリノの父君なのじゃな」


「うん」


 パンを食べながら、少年——リノが答えた。

 リノの横では少女――リンが足をバタバタさせながら夢中でパンに齧り付いておる。


「お姉ちゃん、このパンすっごくおいしいね!」


 そうじゃろう、そうじゃろう。

 たんと味わうがよい。


 リノは6歳。リンは3歳で、二人は兄妹だそうじゃ。

 リノはワシより一つ歳上なのに、ワシより体が小さい。

 二人の痩せた体が、生活の厳しさを物語っておる。


 ワシは残ったパンを食べながら、兄妹の話を聞いた。


 二人の父は、鉱夫のリーダーで、母親は数年前に病で亡くなったらしい。

 そして、父親が仕事をしていたある日、一番大きな坑道にフレイムゴーレムが現れた。


「そうか——怪我人は出なかったのじゃな?」


 ……二人の父親以外は。


「うん。父ちゃんが囮になってみんなを逃がしたんだ。

 でも父ちゃんはそのとき足をやられちゃって……」


「リノとリンの父君は立派じゃな」


「そうだよ!あのね!あのね!

 これぜんぶ父ちゃんが作ったんだよ!」


 妹のリンが彫刻の入った箱を指差し、目を輝かせながら言った。


「そうかそうか、自慢の父ちゃんじゃな」


「うん!」


「続きを聞かせてもらえるかのう?」


「うん、それで坑道は入れなくなっちゃって、みんなでお金を集めて、強い人を呼ぶことにしたんだ」


 ギルドに依頼したのじゃな。


「強そうな人が何人も来てくれたんだけど、みんな怪物に勝てなくって、帰っちゃったんだ」


「強い人らは何回くらい来たのか覚えておるか?」


「5回だよ。みんな強そうな人たちだったのに、簡単に諦めて帰っちゃうんだよ。

 それで、そのたびに村の人たちからお金を集めるんだ。怪我なんかしてないのにさ……」


 ん?

 お金を集めてじゃと?


「ちょ、ちょっと待ってくれ!

 討伐が失敗したのに、どうして金を払うんだ!?」


 ヴィオラが勢いよく立ち上がり、声を荒げた。

 幼い二人は、突然の大声にビックリして泣きそうになっておる。


「落ち着けヴィオラ。この子達を問い詰めても意味あるまい。

 おそらく大人の事情なのじゃろう」


 薄汚い大人の、な。



 ‡



「お姉ちゃんたち、たくさん買ってくれてありがとう!またね!」

「ばいばい、お姉ちゃん!おいしいパンも、ありがとう!」


 話を終えた兄妹が、空になった箱を持って帰っていった。


「……お主たちも大概お人好しじゃのう」


 ワシはヴィオラ達をニヤニヤと見つめた。

 四人の手には、それぞれ彫刻が握られておった。


「あんな話を聞かされて、知らないふりなんて、できないわよ……」

「は?違うし。ちょうど彫刻が超欲しかっただけだし。見てよ、この熊の彫刻。超精密ぅ!」

「わ、わたしは、あの子達の生活が少しでも楽になればと……あ、この彫刻が欲しかったのも本当です」

「すぐに大金が入るのですから、これくらい安いものですわ。そうですよね?レイヴァリアさん?」


「そうじゃな。その通りじゃ」


 言いながら、ワシは心に小さな変化を感じ取った。

 ……わからんものじゃな。

 昨日までは、ただの生意気な小憎らしい娘達じゃと思っておったのに、今では……のう。

 もし自分に子供がいたら、こんな気分だったのじゃろうか。


「な、なによ、その顔は。なんで目を細めてんのよ」


「気にするでない。それよりもヴィオラよ。

 リノの話じゃが、クエストに失敗した冒険者に金を払うなんてことがあるのか?」


「ない……とは言えないのよね。

 でもそれは強制じゃなくて、あくまで依頼者個人の気持ちだから」


 ふむ。

 クエストに失敗すれば、無報酬なのは当たり前じゃ。

 じゃが、失敗したとしても、クエストで怪我を負った冒険者に心付けを渡すのも、人として普通の行動じゃと思う。


 リノの話では、冒険者はみな無傷だったらしい。

 おそらく、戦うことすらせず、諦めたのじゃろう。


 そうなると、はて?

 果たして、クエストを放棄して無傷で帰る冒険者に、金を渡すじゃろうか?


 答えは——わからない。

 あるとも言えるし、ないとも言える。

 どんなに考えても、答えはでない。


 そうこうしていると、ようやく迎えの者がやってきた。

 40歳ほどの目つきの悪い男じゃった。

 男は薄汚れた上着の襟を直しながら、半笑いで言った。


「貴様たちが依頼を受けた冒険者か?

 ふん……まぁいい。ついて来い。村長様に会わせてやる」


 ほほう?

 なるほど、なるほど。

 こう来たか。


 カカカ。

 おもしろくなってきたのう。


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