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20 黒髪の少女

 20話


 ‡



 目深にフードを被る人物が夜道を歩いていた。

 顎をさすりながら呟く。


「ふざけやがって、ふざけやがって……」


 男の声だった。

 声の主は立ち止まり、顔を上げ――。


「ここ、だな」


 フードを外し、懐からナイフを取り出した。


「あのガキが、ここに……」


 男の名はダリス・スレイド。

 冒険者ギルドの実技試験場で、顎と股間の大事な部分を、レイヴァリアに破壊された人物だ。


 ダリスは本日付で、Aランクパーティーである『ブラッドハウンド』をクビになっていた。


 レイヴァリアと試合をする際、自らの非道な行いをペラペラと話したからだ。


 ダリスの性癖は歪んでいた。

 それが幼少期のトラウマが原因だとしても、他の人間には知ったことではない。


 誰にも受け入れられないことは、ダリスが一番わかっている。

 だから、今まで上手くやってきた。


 他のメンバーにバレないように、後腐れのないガキだけをターゲットにしてきた。

 なのに、自分から悪事を暴露してしまった。


 なぜだか自分でもわからない。

 あのガキの目を見ると、ペラペラと勝手に口が動いちまっていたんだ。


 くそっくそっくそったれ!


 なにが「お前、パーティー抜けろ」だ。

 今まで、汚れ仕事を誰がやってきたと思ってやがる!


 だが、ダリスは反論しなかった。


 レイヴァリアに魔剣を破壊され、戦う術を失ったダリスに価値はない。

 クビにならずとも、結局はパーティーを抜けることになっただろう。


 俺の間抜けな告白を聞いたギルドマスターが、俺の過去の行いの調査を始めた、と知り合いから聞いた。


 つまり、俺はもうおしまいってわけだ。


 ——だから、俺はここに——宿屋『猫の尻尾亭』の前いる。


 どうせ落ちるなら、とことん堕ちてやる。


 有り金をはたいて買ったこのナイフは、強力な麻痺効果がついている。

 この刃で、あの信じられないほどキレイなガキ——レイヴァリアを斬りつける。


 そして麻痺した体を、少しずつ、少しずつ切り刻んでやる。イヒヒヒ。


 宿屋には夫婦と子供がいるらしいが、ついでにその三人もやっちまおう。

 そして店の売上をぶん取って、街からずらかればいい。


「さぁ、やるか、キヒヒヒ」


 宿屋のドアを蹴破ろうとしたとき——


「ねぇお兄さん」


 背中から声が聞こえた。

 ダリスは驚いて、ナイフを落としそうになる。


 振り返ると、さっきまでダリスが立っていた場所にいたのは、黒髪の少女だった。

 年齢は10から12歳ほどか。

 体のラインがはっきりわかるシャツに、足がほとんど剥き出しのズボン。


 そしてなにより、その顔。

 あの忌々しいレイヴァリアほどではないにせよ、ダリス好みの整った顔をしていた。


 赤い燃えるような瞳は、まるで誘惑するようにダリスと見つめている。

 ダリスは最初の獲物をこの少女に決めた。


「いい夜ね」


 少女が言った。


 ダリスはナイフを後ろ手に隠し、少女に近づきながら言った。


「ああ、いい夜だな」


 ゆっくり歩き、ある程度まで近づくと、ナイフを振りかぶって少女に飛びかかった。


「へ?」


 そこに少女はいなかった。

 呼吸を感じる距離まで迫っていたのに、今はどこにもいない。


 ——そんな馬鹿な。



「お兄さん、子供好きなの?」


 またも背後から声がした。


 振り返ると、やはり離れた場所——宿屋の扉の前に少女が立っている。


「こんな怖いナイフでアタイを刺して、どうするつもりだったの?」


 少女が刃をつまんで持っていた。


 は?


 ダリスが手元のナイフを見ると、刃がごっそり消えている、


「くふ、くふ、くふふふ」


 ミチミチミチ……


 笑う少女の口元が、不気味な音とともに裂けていく。

 やがて、裂け目が耳まで到達すると、クパァと大きな口を開いた。

 そこには尖った牙が——びっしり生えている。


 ダリスはガチガチと歯を鳴らし、動けない。


 異形の少女は、ニタリと笑い、手に持った麻痺の刃を口に放り込んだ。

 バキバキバキ。

 なんと少女は刃を噛み砕き、ゴクンと飲み込んだ。


「ひぃぃっ!」


 ダリスの腰が抜け、地面にペタンと座り込んだ。


「なかなか良い刃ね。喉がピリピリするわ」


「ばばば、化け物!」


「化け物?化け物ですって?くふふふ。化け物って言うのはね——」


 少女の両手がみるみるうちに巨大な刃へと変形していく。


「こいういうのを言うのよ?」


 これがダリスが聞いた最後の言葉であり、最後に見た光景だった。



 ‡



 レイヴァリアは寝返りをうつと、違和感に目を開けた。


 ——アビーが、いない?


 と、思ったら、ピョンとベッドに飛び乗ってきた。

 レイヴァリアは、フフッと小さく笑った。


 おそらくトイレにでも行っていたのだろう。


 黒猫の頭をひと撫ですると、少女は再び眠りについた。


 アビーは主の眠り顔を確認すると、一度だけ小さく、ゲフッと息を吐いた。


お読みいただきありがとうございます。

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