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17 半神幼女、号泣する

 17話 前半


「——ほら、こんなに汚して」


 ワシの顔をグリグリと拭いながら、女将様が言った。

 顔中に食べカスがついていたらしい。

 女将様のなすがままになりながら、なぜか心地よさを感じておった。


 初対面だった男——この店の店主で女将様の夫であるゴウ殿——は食事が終わると、汚れた皿を片付けに立ち去った。

 ここに残っているのは女将様——ナズナ殿と、娘のトワ殿じゃ。


「どうやら勘違いだったみたいね」


 女将様がボソリと言った。


 なるほど、女将様の食事前の険しい顔は『勘違い』していたからなのか。

 しかし、はて。

 ワシの、なにを勘違いしておったのじゃ?


 その答えを教えてくれたのは、トワ殿じゃった。


「だからいったじゃない。レイヴァリアちゃんは貴族のご令嬢っぽくないって」


 ゴロゴロ喉を鳴らすアビーを、膝の上で撫でるトワ殿——その言葉で納得した。


 なるほどのう。

 つまり貴族の娘かと、疑われておったわけじゃな。


 カカカ。

 さもありなん。

 ワシのこの気品あふれる美貌ならば、勘違いするのも道理——ん?

 待てよ。

 では、どうして貴族の娘じゃないとわかったのじゃ?


「そうだね。こんな獣みたいな食べ方するご令嬢なんかいないわね」


 け、け、け、獣みたい、じゃと?

 その言葉は、さすがに傷つくわい。


 じゃが否定もできん。

 そんなことを考える余裕がないほど、腹が減っておったし、飯が美味すぎたのじゃ。

 これはワシが悪いわけではない。

 飯が美味いのが悪いのじゃ。


「すまないね、レイヴァリア。あたしは、あんたを試したんだよ。普段はこんな食事じゃないし、カトラリーも、いつもはスプーンしか使わないんだ」


「つまり、テーブルマナーを知ってるかで、レイヴァリアちゃんが貴族か試したのよ。その結果、見事不合格。おめでとう。これで追い出さなくてもよくなりました」


 トワ殿の言葉に愕然とした。


 つまりワシが食事の作法を知っておったら、ここを……。


 まったく。

 なにが幸いするかわからんものじゃ。


 じゃが、どうして?

 疑問に思ったことを口にした。


「どうして、貴族の娘なら追い出すのじゃ?」


 むしろ身分の高いものに恩を売ったほうがよいじゃろ?


 ワシの疑問に三人が驚いたように見つめる。


「レイヴァリアちゃん、本気で言ってるの? 貴族のご令嬢なんか恐ろしくってお世話できないわよ」


「恐ろしい?」


「……本気みたいね。あのね。レイヴァリアちゃん。もしあたし達みたいな下々の者がお貴族様に少しでも無礼を働いたら、こうなるわけ」


 トワ殿が自らの首を絞めて舌を出す仕草をした。

 つまり、殺されるってことか?


「それは——普通のことなのか?」


「普通よ。だからあたし達はお貴族様と関わりたくないの。貴族様を泊めるだなんて、何万ZLもらっても割に合わないわ」


 それが普通……。

 つまりワシが貴族に無礼を働いたら、普通に死なねばならんってことか。


 なんという理不尽。


「まぁそんなに心配しなくても大丈夫よ。お貴族様はお貴族様って一目でわかる格好してるし、あたし達みたいに体中ボロボロじゃないしね」


「でもあんたには傷一つ見当たらない。まるで貴族や王族の娘のように綺麗な手——よかったら、あんたのこと、聞かせてもらえるかい?」


 女将様の真摯な問いに、嘘をつきたくなかった。

 なので、今後の普通の生活に差し障りがない程度、正直に話したのじゃ。


 すると——


「食事を与えられず、物心ついたときから木の実を食べてきたって……」


 トワ殿が言葉に詰まっておる。

 嘘はついてない。

 クソ師匠にワシが放置されたのは、食べられる木の実がたくさんある場所じゃったから、なんとか生き延びたのじゃ。


「山奥で、たった一人の知り合いに、毎日殴られて……おう、うぅぅぅ」


 女将様がボロボロと涙をこぼした。


 これも嘘ではない。

 魔族のクソ師匠は言葉よりも先に手が出るタイプじゃった。


 何度も死にかけたが、治癒魔法をかけてくれる程度の情はあったみたいじゃな。


 まぁそんな経験があったからこそ、今のワシがあるのじゃし、怨みはない。

 こうして生きて、美味い飯も食えたしのう。

 カカカ。


 膨らみに膨らんだ腹を擦りながら、食事の余韻に浸っていると、ガタッと椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった女将様から抱きしめられた。


「こんなかわいい娘になんてひどいことを……辛かっただろう。痛かっただろう。よく生きていてくれたね」


 いや、別に?

 と、思ったが、口には出さない。

 それは野暮ってものじゃろ。


 痛かったね、辛かったね、頑張ったね、と繰り返す女将様に、次第に妙な気持ちになってきた。

 それは、今まで感じたことのない感情じゃった。


 ——なんじゃ?


 心の奥底の空洞に、なにか温かいものが注ぎ込まれている。

 空っぽだったなにかが満たされ、溢れ出したとき——ポロリとワシの目からなにかが落ちた。


 ——なんなのじゃ、これは……。


 不思議に思い、手で拭ってみると、それは水、いや——涙じゃった。


「う、う、う……」


 2粒、3粒涙がこぼれ——感情が溢れた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁん!」


 女将様にしがみつき、ワンワンと声を上げて泣いた。

 泣いていると、トワ殿もワシに抱きつき、泣いた。


 放り出されたアビーが驚いた顔で見ておるが、止まらなかった。


 間違っておった。

 女将様の言う通りだったのじゃ。


 恐ろしい森で、頼るものが誰一人いなかった。

 弱音を吐く暇も、余裕もなかった。


 ずっと、ずっと一人じゃった。


 痛かったのじゃ。

 辛かったのじゃ。


 ワシは……ワシは——頑張ったのじゃ。


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