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16 普通の食事

 16話


「むむ。このヒラヒラが最高にかわいいのう」


 ワシは鏡の前でくるりと回ってみた。

 ふわふわなスカートがフワリと膨らむ。

 うむ。

 かわいい。

 ワシ、かわいい。

挿絵(By みてみん)

「マスター、最高っす!こっちも着てみるっすよ!」


「カカカ、慌てるでない。しかし、スカートもよいが、ズボンも捨てがたいのう」


 部屋には《無限収納》から出した服が、何十着と散らばっておる。

 どれもこれも最高の着心地で、最高にかわいかった。

 女神殿の見立ては間違いないのう。


 着る服、着る服、すべてがワシの魅力を最大限に引き出しよる。


「さて次は——む?」


 気配を察知し、ワシはすべての服を一瞬で《無限収納》に入れた。


「レイヴァリアちゃん、ご飯——」


 言いながら、トワ殿が問答無用でドアを開けた。

 そうか。

 いきなり開ける感じなのか。


 現れたトワ殿は、両手で口を抑え、叫んだ。


「なにそれ! すっごくかわいい!」


「カカカ、そうじゃろう、そうじゃろう?もっと褒めても——」


 言葉の途中でトワ殿から腕を引っ張られ、一階の広場までバタバタと連れて行かれた。


「母さん見てよ! やっぱり超掘り出し物だよ、この子!」


 どうだ!ッて感じで紹介されたワシを、女将様が驚いた顔で見て、すぐに険しい顔になった。


「お腹すいただろ。食事にしよう。そこに座りなさい」


 なんじゃ。

 てっきり褒めてくれるのかと思ったのに。


 ワシは少し残念に思いながら、椅子へ腰掛けた。

 すぐに大きな皿に乗ったうまそうな料理が何皿も運ばれて、ワシの前に空の皿と金属製の見知らぬ器具が三つ置かれた。


 うまそうな料理に、うまそうな匂い。

 口の中に水気があふれ、キュルキュルと腹がなる。

 ゴクリ——ワシは唾を飲み込んだ。


 じゃが、まずい。

 料理は美味そうだが、とにかくまずい。

 どうしていいか全くわからん。


 視線でアビーに助けを求めるも、こやつめ女将殿から与えられたミルクと調理肉を、無我夢中でがっついておる。

 この役立たずめが。


 仕方あるまい。

 《神眼》を発動させ、目の前に置かれた金属を見た。


 食事用ナイフ:皿に盛られた料理を切り分けるためのもの。カテラリーの一種。

 食事用フォーク:クシ状に分かれた先端で料理を刺すなどして口に運ぶためのもの。カテラリーの一種。

 食事用スプーン:主に液状の料理を口に運ぶためのもの。カテラリーの一種。


 なるほどのう。

 斬り、刺して、そして攫うってわけじゃな。


 カカか。

 なんじゃなんじゃ。

 びっくりさせおって。


 つまり今から行われるのは食事という名の戦いであり、これらは武器というわけじゃ。

 武器の扱いなら、恐るるに足らず。

 この中の誰よりも見事に振る舞ってみせようぞ。


 じっと機会を待った。

 誰よりも早く、仕留めてみせる。


 まずはあの大皿に乗った鶏の丸焼きじゃ。


 獲物に狙いを定め、何十通りもの攻撃パターンを導き出した。


 そして、女将様、トワ殿、初対面の男が腰掛け——全員が一斉に両手を動かした。

 いまじゃ!


 高速でナイフとフォークを掴むと、鶏の丸焼きへ最短距離で先制攻撃を仕掛けた。

 機先を制すというやつじゃ。


 パン!


 ワシの手が女将様に叩かれた。


「祈りが先でしょ。ナイフとフォークを置きなさい」


 シュンとなりながら、言われた通りナイフとフォークをテーブルに戻した。


 どうやら食事には作法があるらしい。


 ぬかったな。


 これは殺し合いではなく、試合というわけじゃ。

 ならば、まずは礼を尽くすのが当然じゃ。


 三人を観察した。

 ふむふむ。

 顔の前で両手を組み、目を閉じるわけじゃな。


 なるほどのう。

 目を閉じれば、なにをしているのかわからんとでも?

 カカカ。

 甘いのう。

 手を組み、目を閉じて——《神眼》を発動させた。


 鮮明に視界がひらける。


 さぁ、女将様よ、トワ殿よ、見知らぬ男よ。

 お主等は、どう動く?

 すると——


「聖輝の加護のもと、与えられし恵みに心より感謝を。女神アウレリア様に祝福あれ。——ルーネス」


 三人が同様の言葉を口にした。

 なんと、三人はまず感謝を伝えたのだ。


 これは祈りの言葉だと《神眼》でわかった。


 なんと素晴らしい。

 眼の前の魔霧が晴れたような気がした。


 戦いの前にまず行うのが、感謝とはな。

  これは盲点であり、新たな境地じゃ。


 まったく、武の道は果てしないものじゃのう。


「さぁ、食事を始めましょう」


 今度こそ、試合開始の合図じゃ。


 当初の狙い通り、鶏の丸焼きへ——なんじゃと!?


 女将様が大きなナイフを手に、鶏の丸焼きへ斬り込んだ。

 いったい、いつの間に!?


「鶏肉が好きなんだねぇ。お皿をよこしなさい」


「う、うむ」


 素直に武器——ナイフとフォークを置き、皿を渡すと、切り分けた肉やら他の料理やらを、きれいに盛り付けてくれた。


 すべての料理を過不足なく盛り付けた皿は、まさに芸術じゃった。


 ——完敗じゃな。


 どうあがいても、ワシではこんな盛り付けはできん。

 他の二人を見ても、器用に自分の皿へ過不足なく料理を取り分けている。


 つまり、この場で一番の弱者はワシなのじゃ……。


「なんで泣きそうになってるのさ。ほら遠慮しないでたくさん食べなさい」


 眼の前に置かれた芸術的に盛り付けられた料理。

 その一部を、ワシはフォークを使って、口に入れた。


 シュバッ!


 脳内になにかが弾けた。


 なんじゃこれは。


 別の料理を口に入れた。


 やはり脳がシュバッとした。


 グァツグァツグァツ!!


 夢中で料理を掻き込んだ。


 うまい。

 うますぎる。


 そう言えば竜を倒して以来、初めての食事じゃった。

 それを念頭に入れても、この料理はうますぎた。


 こりゃアビーががっつく訳じゃわい。


 皿が空になると、間髪入れずに女将様が盛り付けてくれる。

 そのタイミングや、まさに達人の域。


 ただ飯を食うことに専念すればよかった。


 ああ。

 なんという至福。


 ええい、邪魔じゃ。

 ナイフとフォークを手放し、自らの手で料理を掻き込んだ。


 これが普通なのか。

 素晴らしきかな、普通の生活。


 そして——


 冬眠前のグズラホーンのように腹がパンパンになったワシは、ふと、視線が集まっているのに気がついた。


 ジーッ。


 焦った。

 またか。

 また、なにか間違ったのか。


 するとトワ殿がボソリと呟いた。


「どんだけ飢えてたのよ、レイヴァリアちゃん……」



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