表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

14 普通の宿屋

 14話


「ちょ、ちょっと待ってくれぬか!?」


 ワシの顔はかつてない程に青ざめていたと思う。

 まさかの大ピンチに、ワシは成すすべがなかった。


 どうしてこうなってしまったのか……。

 時を少し戻そう。



 ‡




 ワシ等は買い取りの件が一段落し、冒険者ギルド会館を出た。

 日は落ち、あたりは薄暗くなってきておる。

 もうこんな時間なのか。


「あの、レイヴァリア様——本当にいいんですか?」


 金貨の入った皮袋をしっかと抱きしめ、セレナ殿が言った。

 金貨100枚を持って帰るのは流石に危険と判断し、とりあえず普通の皮袋に入る金貨20枚を、セレナ殿は受け取った。

 残りはギルドで保管しており、いつでも引き出せるとのことじゃ。


 冒険者になると、ギルドの『銀行』を利用できる。

 Eランク冒険者であるセレナ殿が、その銀行機能を使ったってことじゃな。


 ついでに言うと、ワシのランクはDランクじゃ。

 ギルドマスターの言う通りになったわけじゃな。

 ま、どうでもいいがの。


「――言ったじゃろう。あの熊畜生に迷惑をかけられたのはセレナ殿であって、ワシではない」


 ワシの言葉に、弟子であるエルミナ殿がうっとりとした表情を浮かべる。


「さすが師匠だな! 大金を他人にポンと譲るなど、普通はできないぞ?」


 猫のアビーをギュッと抱きしめ、エルミナ殿が言った。


 うむ。

 もっと尊敬するがよい。


 だがちょっと待て。

 最後に聞き捨てならないことを言いおった。


『普通はできない』——じゃと?


「エルミナ殿」


「何だ師匠?」


 ワシは大きく息を吸い込んで、言った。


「よく考えてみよ。御母堂の為に危険な目に遭ったセレナ殿と、ただ熊畜生に腹が立ってうっかり殴り倒しただけのワシでは、どちらが金を受け取るべきじゃ?エルミナ殿がワシの立場なら、どうするのじゃ?まさか、金を独り占めをするような非道な真似はするまい。ワシは弟子を信じておるからな。しないじゃろ?しないと言え!さぁ言うのじゃ!さぁさぁさぁ!」


「ど、どうしてそんなに早口なのだ?——でも、確かに、私が師匠の立場なら、私もセレナ殿に——」


「じゃろ?じゃろ?つまりワシの行いは当然じゃし、普通のことなのじゃ」


「しかし、だからといって全部は——」


「くどい。もうその話は終わったのじゃ。ワシが普通と言ったら普通なのじゃ」


「ふぅ……わかったわかった。とにかく師匠は普通なのだな。確かに『普通の善行』と言えなくもない」


「うむ、わかればよい」


「しかしなんなのだ、師匠の『普通』へのこだわりは——っていうか、今、宿に向かっているわけだが、師匠は金を持ってるのか?なんなら私が融通しても——」


「カカカ。ワシを誰だと思っておる?弟子から金を借りるようなみっともない真似ができるか」


「誰だと思ってる、と言われると、非常に返答に困るのだが、そもそも師匠は何者なのだ?その年齢でその強さ……さらに、その見た目といい、その喋りといい。——ワワワ! そ、そんな睨まないでくれないか。師匠は普通だ!普通の変わった人物だ!それでいいだろう?」


「うむ、わかればよい」


「あ、レイヴァリア様!あそこです!あそこがギルドオススメの宿——『猫の尻尾亭』ですよ」


 セレナ殿が指差す先にあるのは、高級でもなく、低級でもない、いわゆる普通の宿——それが『猫の尻尾亭』じゃった。



 ‡



「私はセレナ殿を家まで送ることにする。大金を持ったまま一人で歩かせるわけにはいかんからな」


「うむ、任せたぞエルミナ殿よ。——それと修行は怠るでないぞ?」


「今日の試合をひたすら繰り返す——だな?実際に剣を握り、実際に動き、空想の師匠に勝ち越せるようになるまで毎日続けよう」


「うむ、励むが良い——では、な」


「では、また近い内にまた会おう、師匠」


「あの、レイヴァリア様……このお金でお母さんの薬も買えるし、治療もできます。本当に、本当にありがとうございました!」


「カカカ。よいよい。セレナ殿のおかげで『普通の生活』とやらを完璧に理解できたからのう。それくらい安いものじゃ」


「それじゃ、失礼します!」


 そうして二人は去って——


「む?ちょっと待つが良い」


 ワシの言葉に、エルミナ殿の背中がビクっと跳ね、足を止めた。


「――アビーをどこへ連れて行くつもりじゃ?」


 続けてワシが言うと、アビーを抱えたままのエルミナ殿が振り返って、ペロリと舌を出した。




 ‡




 そして冒頭のシーンに戻るわけじゃ。


「つまり、お嬢ちゃんは、お金は持ってないけど、この宿に泊まらなくちゃいけない、ってことだね?」


「金ならあるのじゃ!ほらほらほら!」


 ワシは《無限収納》から取り出した金貨をジャラジャラとカウンターの上に出した。

 これは、女神殿からいただいた『一生遊んで暮らせる額の金貨』全部だ。


「あのね、お嬢ちゃん。こんなオモチャのお金もらってもしょうがないの。うちは慈善事業をやってるわけじゃないんだから」


「そ、そんな……ではワシはどうすれば……」


 いかん。

 泣きそうじゃ。


 こんなことならば、格好をつけずに少しでも金を受け取っておけば——いや、そんな無粋な真似は死んでもできん。

 無様をさらすくらいなら野垂れ死んだほうがマシじゃ。


 じゃが、宿屋の人の言う事ももっともじゃ。

 客は金を払って宿に泊まる。

 宿は金を受け取って客をもてなす。

 それが普通なのじゃから。


 ワシはカウンターの上のオモチャ金貨を回収して、女将さんに頭を下げた。


「迷惑をかけたな……。すまなかったのじゃ——行くぞ、アビー」


 人とは——世間とは冷たいものじゃ。


 我慢できずポロポロと涙がこぼれる。

 なんと情けない……。


 おのれ女神殿め。

 使える金貨の種類くらいちゃんと把握しておくがよい。


 トボトボと立ち去るワシの背中に、女将のクソデカため息が聞こえた。


「ハァァァ――お嬢ちゃん、ちょっと待ちなさい」


 振り返ると、女将さんが指でチョイチョイとコイコイした。


「さっきの硬貨を一枚渡しなさい」


 ワシは急いでインチキ硬貨を取り出し、女将さんに手渡した。


「食事は朝晩二回。部屋の掃除は自分でやること。あと朝方と夕方の忙しい時間は店を手伝うこと」


 ワシの眼の前がパッと明るくなった。


「まさか——泊めてもらえるのか!?」


「客としては扱わないよ?」


「かたじけない、かたじけない!女将さん、いやさ、女将様!」


 今のワシは流しているのは、感謝の涙じゃ。

 人とは、世間とは、こんなにも温かいのじゃ。


 こうしてワシは普通の宿屋に泊まることができたのじゃ。


 全て予定通りじゃ。

 カカカ。

 さすがワシ。





 余談だが、ワシが女将さんに渡した金貨は白金貨といって、国家間の取引に使うような硬貨であり、一枚金貨1000枚の価値があることにワシと女将さんが気付くのは、先の話である。つまり女神殿の言った『一生遊んで暮らせる額の金貨』とは嘘ではなかったのである。女神殿よ、疑ってすまぬ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ