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13 グラームベアの買取価格

 13話


「ほう……左腕を斬り飛ばされたか」


 カカカ。

 まさか、短時間でここまで成長するとはのう。

 両手を下げ、構えを解く。


「ここまでじゃ、エルミナ殿」


 エルミナ殿は息を切らしながら、ゆっくりと立ち上がる。

 その目は、まだ戦意を失っていない。


「くっ……」


 刀を鞘に納め、礼をする。

 だが、そのまま体が揺れ——グラリと傾いた。


「アビー!」

「にゃー!」


 次の瞬間、アビーが飛び出し、エルミナ殿を受け止める。


「——すまない、アビー殿。しかし、なんというご褒美。もう死んでも構わん」


 恍惚の表情でアビーの首筋に顔を押し付ける。

 呆れながらも、満足げに微笑む。


「ワシに勝った戦士が簡単に死のうとするでない」


 エルミナ殿の顔が驚きに満ちる。


「レイヴァリア殿、それは——」


 言いかけたとき——


「レイヴァリア様っ!エルミナ様ッ!——ハァハァ!」


 セレナ殿が駆け込んできた。


「ハァハァ……エルミナ様、どうしたんですか? えっと、もう試合は終わったんですか?」


「あぁ、終わったぞ。ワシの負けじゃ。見事腕を切り落とされてしもうたわ。カカカ」


 カカカ、と笑う。


「いや、しかしそれは——モガッ!」


 アビーの大きな尻尾がエルミナ殿の口を塞ぐ。


「え?レイヴァリア様の腕を? ……でも、怪我してないですよね?」


「要はワシの負けということじゃよ」


 見事な一撃じゃった。


 ワシの12種類のフェイントを完全に読み切り、自らの殺気すら囮にしてワシの攻撃を誘導するとは……。

 ——116回。

 これがワシの勝った数じゃ。

 だが、最後の117試合目——間違いなくワシの負けじゃった。

 ()()ならば、な。


「よくわからないけど、やっぱりエレミア様はすごいです!——アビーちゃん、ギュー!」


 セレナ殿がエレミア殿の反対側でアビーに抱きついた。

 なにか言いたげなエレミア殿へ向け、人差し指を口に当てた。


 言わずともよい。

 世界広しと言えども、ワシに勝てる人間など、そうはおらんじゃろう。

 今はただ誇れ。



 ‡



「んふふ。はじめまして、あたしはフォオルナ——フィオルナ・アイゼンベルクよ。素材買い取りを担当してるわ。フィオちゃんって呼んでね。もっと親しみを込めて『フィオ』でもいいわよ?あ、でも間違っても『チビ』なんて呼ばないでね。これでも一族の中じゃ大きい方なんだから。それで、あなたが噂のレイヴァリアちゃんってことでいいのね。じゃあレイっちって呼んでも良い?ん?それがレイっちの従魔?めっちゃかわいいね。後で触らせてもらえるかな?それで、なにか買取希望なの?でも手ぶらだよね?もしかして収納魔法を持ってる感じ?かわいい上に貴重なスキル持ちって、属性が渋滞してない?大丈夫?それって欲張りすぎじゃない?」


 赤茶髪の少女が、グイグイと顔を近づけてきた。


「お、落ち着くが良い。そう一度に言われると、答えようにも答えられん」


 慌てるワシに、セレナ殿が助け舟を出した。


「こんにちは、フィオナお姉ちゃん。

 今から素材を出すけど、絶対に他の人には言わないでね。

 レイヴァリア様は目立つのがお嫌いなの」


「おや、セレっちじゃない。こんにちは。なんでレイっちを『様』なの?もしかして……ああ、なるほどね。お忍びのやんごとなき、って感じなのね。オッケーオッケー。お口チャック了解よ。それで、素材って——ちょちょちょちょ、なによこれーっ!」


 赤髪娘——フィオルナ殿が仰天した。

 理由は突然現れたグロームベア。

 もちろん《無限収納》からワシが取り出したのじゃ。


「フィオルナ」


 エルミナ殿がフードを外して顔を見せた。


「あれれ?エルミナ隊長?なんでこんなところに?」


「いろいろあってな。——それより、このグロームベアの買い取りは、いい条件で頼むぞ?なにせレイヴァリア殿はセレナ殿の命の恩人で、私の師匠だからな、ふふ」


 エルミナ殿の言葉通り、試合の後、なんとエルミナ殿はワシの弟子になったのじゃった。

 正確には、エルミナ殿の弟子入り志願をワシが受け入れたってことじゃな。

 ワシとしても、こんな優秀で、清い心の持ち主は、大歓迎じゃ。

 ただし、いざ修行をつけるとなると、容赦はせんがな。

 カカカカ。


「んー。情報が多すぎて頭がパンクしそうだけど、オッケーオッケー! 要はこの熊ちゃんを最高の状態で解体して、最高額の買取額をつければ良いわけね。んふふ。このフィオちゃんにお任せあれ!」


「よろしく頼むぞ?」


「でもこれだけ貴重な素材で、しかも傷一つないって、正直どれだけ高値で売れるか見当もつかないわけ。最低でも金貨200枚は固いだろうから、とりあえず金貨100枚――1000万ZLを手付ってことでいいかな?」


 この国では、10万ZLで3人家族が一月は暮らせるらしい。

 つまり1000万ZLは大変な額、ってわけじゃな。


「だ、そうだが、どうする師匠?」


 弟子の言葉に首をひねる。


「どうしてワシに聞くのじゃ?」


「え?だって師匠が倒したのだろう?だったら——」


「違う違う」


 片手を振った。

 我が弟子エルミナ殿は、なにか勘違いしているらしい。


「違う?違うとはどういう——」


「この熊畜生はセレナ殿のものじゃ」


 シーン。

 全員が押し黙った。



 するとエルミナ殿がおずおずと手を上げた


「あの、師匠……」


「なんじゃ?」


「このグロームベアを倒したのは師匠だと——」


「そうじゃな」


 次にセレナ殿が震えながら手を上げた。


「あ、あの、レイヴァリア様……」


「なんじゃ?」


「つまり、グロームベアを売ったお金は——」


「全部セレナ殿のものじゃな」



 次にフィオルナ殿が手を上げた。


「あの、レイっち……」


「なんじゃ、フィオ殿よ?」


「つまり——どゆこと?」


「熊畜生を倒したのはワシじゃが、売った金は全部まるっとセレナ殿の物、ということじゃ」



 再び訪れる沈黙、そして——


「「「えーーーーーーっ!!??」」」


 建物が揺れるほどの絶叫が響き渡った。


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