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第六章 二つの扉

土曜日の夜。

美由紀は部屋のベッドに座り、スマホを握りしめていた。


画面には、レナからのメッセージ。


「美由紀ちゃんが来てくれるって信じてるわ。あの“扉”を見せたいの」


その文字の背後に、レナの息づかいさえ感じられるようだった。


一方で、慎からも連絡があった。


「今夜、空いてる? よかったら、飲みに行かない?」


慎の声は、穏やかだった。昔と同じ、変わらない優しさ。

でも今の美由紀には、それが時に残酷にすら思えた。


(私はどっちに向かえばいいの?)


鏡の中の自分は、どこか曖昧だった。

ワンピースを着た身体。けれど、まだ完全に“女”とは言えない顔。


選ばなければならない気がした。

いや、本当は、すでにどちらかに傾いていたのかもしれない。


美由紀はワンピースを脱いで、ジーンズに着替えた。

そして、慎に「行くよ」と返した。


**


居酒屋のカウンター席。

慎はビールを頼み、美由紀はレモンサワーを選んだ。


「てつ、お前、やっぱ変わったな」


慎は真っ直ぐに言った。


「雰囲気が柔らかくなったっていうか……いや、悪い意味じゃない。ただ、前よりずっと、繊細な感じがする」


言葉に詰まる。

嘘をつくこともできたけれど、美由紀はもう、隠すことに疲れていた。


「ねえ、慎。……もし、俺が“女”として生きていきたいって言ったら、どうする?」


静かな時間が流れた。

慎はグラスの縁を指でなぞりながら、ゆっくり答えた。


「驚くとは思う。でも……それでもお前なら、俺は受け止めたいと思う」


美由紀の目に、かすかな涙が浮かんだ。


「……ありがとう」


その夜、美由紀はレナの誘いを断った。

けれどそれは、“拒絶”ではなかった。ただ、今はまだ踏み出せないという意思表示だった。


**


数日後、レナと再会した。


「来なかったわね」


レナは微笑みながら言ったが、その奥には冷たい視線があった。


「ごめん。……でも、まだわたし、ちゃんと“決めきれてない”んだと思う」


レナはしばらく黙って、それからため息をついた。


「いいのよ。無理に引きずり込む気はない。でも、扉は開けたままにしておくわ。あなたが、もう一歩深く入りたくなったときのために」


**


選びきれないまま、美由紀はふたつの世界の狭間に立っていた。


“愛される”ことでしか自分を肯定できないのか。

“支配される”ことでしか自分を委ねられないのか。


どちらも間違いではない。

けれど――どちらにもなりきれない“いまのわたし”が、そこにいた。

次回:第七章「あなたに触れられるとき」

慎との関係は次第に深まり、美由紀は初めて「愛されること」と「抱かれること」の境界線に立たされる。

一方、レナの世界でしか得られない“快楽”が、美由紀の身体をかすかに揺らし始めていた。

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