第五章 ゆらぎと選択
レナの世界に触れてから、美由紀の中で何かが静かに、だが確実に変わっていた。
家の中で女の子の服を着ること。
メイクを練習し、少しずつ“美由紀”としての自分に慣れていくこと。
それだけでは、もう満足できなくなっていた。
夜の街、レナの手、暗い部屋で見たあの情景――
そこにあったのは、恐怖ではなかった。
むしろ、美由紀の中に眠っていた“何か”が、うっすらと目を覚ましたような、そんな感覚だった。
だがその一方で、“てつ”としての生活も続いていた。
会社、同僚、家族。
とりわけ、美由紀を強く揺さぶったのは、ある日の突然の再会だった。
「てつ……だよな?」
振り返ると、そこにいたのは**慎**だった。
大学時代の友人。柔らかい物腰と、人の目をまっすぐ見る不思議な眼差し。
美由紀――いやてつ――にとって、特別な存在だった。
「久しぶりだな。変わらないな、お前」
変わったんだよ、とは言えなかった。
目の前の慎は、“てつ”を見ている。けれど今の自分は、もう“美由紀”でもあった。
「最近、なんか悩んでる顔してる。前より、ずっと」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
バレてるわけじゃない。けれど、慎の声は、美由紀の“中”を確かに見つめていた。
「なあ、今度、飯でも行こうぜ。ゆっくり話したい」
美由紀は頷くしかできなかった。
その夜、レナからもメッセージが届いた。
『今度のサロン、特別な会があるの。美由紀ちゃんに見せたい世界、あるのよ。来られる?』
**
二つの誘い。
慎の、静かであたたかい手。
レナの、熱くて危うい光。
“わたし”は、どちらに行くべきなのか――。
自分の中で、女と男、美と痛み、甘さと怖さ、光と闇。
そのすべてが、渦を巻きながら混ざり合っていく。
(わたしは……何になりたい?)
初めて、自分にそう問いかけた気がした。
次回:第六章「二つの扉」
慎との再会は、美由紀に“愛される”ことを思い出させる。
だがレナの導く世界は、“支配される”ことでしか得られない快楽を差し出してくる。
二つの扉の前で、美由紀は――