第四章 レナとの邂逅
あの夜から数日が経った。
レナとの出会いは、美由紀にとって転機だった。
単なる“同じ趣味の人”ではない。彼女は、美由紀がまだ気づいていない「扉」の存在を、優しく、それでいて確信を持って教えてくれた。
「美由紀ちゃん、週末空いてる? いい場所があるの」
メッセージアプリに届いたその言葉に、胸が高鳴った。
“いい場所”――レナの言葉には、どこか魔法のような響きがある。
**
待ち合わせは、駅から少し離れた雑居ビルの地下。
扉には看板もなく、ただ鈍く光るステンレスの取っ手だけがあった。
レナは慣れた手つきでその扉を開け、美由紀を中へと導いた。
そこは、静かなバーでも、華やかなクラブでもなかった。
むせかえるような香水の香り。赤黒い照明。重く響く音楽。
壁にはロープアート、ボンデージの装飾、低くうなるような笑い声。
見たことのない世界が、そこには広がっていた。
「……ここ、なに?」
美由紀が尋ねると、レナはにやりと笑った。
「サロンよ。“わたしたち”の、ね」
そこに集う人々は、性別も、年齢も、身体のかたちすらも曖昧だった。
誰が女で、誰が男で、誰が“途中”なのか。誰もそんなことを問わなかった。
レナは言った。
「ここには“本当の名前”を持ってる人が集まるの。服のサイズでも、身体の部位でもなく、自分で選んだ“名乗り”で生きてる人たちよ」
レナの言葉に、美由紀は少しだけ怖くなった。
でも、それと同時に、羨ましくてたまらなかった。
「美由紀ちゃん。あなた、もっと“自分”を知りたいと思ってるでしょ?」
レナは、美由紀の手をそっと取った。
その指先が、どこか冷たくて、それでいて炎のようだった。
「わたしが、案内してあげる。あなたの奥にいる、“本当のあなた”に」
その夜、美由紀はレナの隣で、いくつもの“はじめて”を見た。
サディスティックな支配。マゾヒスティックな快楽。
女装子が、身体を差し出し、名も知らぬ相手に“わたし”を委ねていく光景。
そして何より、自分の中の欲望が――静かに、確かに、震えていた。
**
帰り道、レナは耳元で囁いた。
「あなた、きっとあっち側に行ける。……わたしと同じように」
それが何を意味するのか、美由紀にはまだわからなかった。
けれどその言葉は、妙に心の奥に刺さっていた。
(わたしの“奥”には、何があるんだろう)
その夜、美由紀は眠れなかった。
次回:第五章「ゆらぎと選択」
レナの世界に惹かれながらも、美由紀の心は揺れ動く。
「慎」という存在が再び現れ、“男”と“女”の間で、美由紀は苦しみ、迷い始める――。