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第一章 きっかけは、布一枚

夜、部屋の明かりだけがぼんやりと光っている。

てつは、机の引き出しを静かに開けた。誰にも見られたくないその“秘密の引き出し”。中には、何の変哲もない――でも、彼にとっては特別な――ひとつの布切れが丁寧にたたまれていた。


ピンク色のレースのパンティ。サイズは明らかに女性ものだ。通販で、わざわざ「返品不可」の項目に安心しながら購入した。


最初は、ただの好奇心だった。

「女の子って、こんなやわらかい布を身につけてるのか」

それを触ってみたくて。履いてみたくて。けれどそれは、誰にも言えない感情だった。


引き出しの中身を手に取り、そっとズボンを脱いで脚を通す。ぴたりと肌に沿う感覚に、思わず息が詰まる。


――ああ、落ち着く。


普段の「てつ」では味わえないこの感覚。誰からも強く見られることを求められ、男らしさを押しつけられてきた身体が、ようやく解かれていくようだった。


ふと、クローゼットの奥にしまっていたワンピースにも手を伸ばす。大学時代、女装サークルの文化祭で着た、あのワンピース。仲間内の悪ノリで始めたことだったけれど、あのとき鏡に映った「誰か」が忘れられなかった。


鏡の前に立つ。

目の前には、すこし化粧っ気もなく、ウィッグも被っていない、ただの“男が女の服を着ている姿”があった。


でも、不思議なことに――否、確信を持って、てつは思った。


「これが、わたしだ」


目の奥に、微かに光る輪郭があった。まだ形になっていない“わたし”。

まだ名前もない。でも、確かにここに存在する、別の自分。


てつは、手を伸ばして鏡をなぞった。

その瞬間、鏡の中の誰かが――ふっと、微笑んだ気がした。

次回:第二章「鏡の中の誰か」

てつは「美由紀」という名を意識し始め、自分を見つける旅へ一歩を踏み出す。

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