リュウの路
巨大な足音が鳴り響く。
ドラゴンよりも大きな存在が歩き回るこの場所では、リュウという小さなドラゴンが羽虫のように扱われる。ただ、緑も青もない場所で休息をとれるわけもなく、その体躯で駆けるのだ。たまに耳障りな声がしても、聞くだけ無駄。彼らは汚い言葉を発し、羽虫を捕まえることを愉しむこともあった。休めない場所だからこそ、彼らの知能がとても低いこと、この場所に緑も青も存在しないのだと理解できるのだ。
世界に果てはないが、路は存在し、その境には必ず生き物が生息する。生き物の知能が高いか低いかはその環境によって変わるが、巨人と呼ばれた『聖巨人』は、知能が人間より優れ、生きる大きな大地とまで云われた。その存在を耳にせずとも、彼らのような知性がある巨人がいたことを知る人間はもういないだろう。語り部たちが書き記し、言い伝えたかもしれない。
古い存在が消えていき、やがて新たな存在が生まれるのに時間はそうかからない。
リュウには兄弟がそれなりにいることを知っている。ただ、彼は言うなれば一匹で生きる存在。龍神族が協力するという考えはない。それは今も変わらずに遺伝している。
ゼノロワの王国には遺伝操作を行い子供を誕生させることはよくある。特に異能の力を発現させるために様々実験を行い、人造人間まで造り出した。ヒルワン女王の命令であることは明示され、今もそのために、ヒルワン女王の遺伝子と彼女の夫である『神』の遺伝子が保管され、『神』との交配を行った女性が子を産めば、その子が『ヒルワン』女王の適合者になり、時期玉座を言い渡された。
リュウにとってその事実はあまり興味がなく、自らの遺伝がゼノロワと繋がっていることにたいしてもあまり深くは考えていない。彼はもはや、それを凌駕する存在と出会い理解したのだ。
大きな足音が遠ざかっていく。この大地はいずれ誰も通らなくなるだろう。リュウの背に乗る弟は、気を失い眠りについていた。
彼のその命はもうすぐ尽きるのだろう。
彼は母親と同じ姿になった。
彼が持つ異能が王族特有であったこと、彼の父親と思われる存在が亡くなったと云うこと。そして、彼がラーヴァンの息子だと云うこと。
答えは一つだった。彼は抹殺されるために、遠いあの地で父親だという男に連れてこられた。ゼノロワの王家が望むのは王子ではない。『王女』だ。それを知ったとき、初めてゼノロワに反旗を翻した。
兄弟を守りたいという気持ちが、リュウにはある。それが今までの遺伝にはない強い意志。
弟が死ぬときに自分が側に居ることを許してくれた。彼は兄の背に乗ることを望んだ。死を受け入れ、死を嘆きもせず、兄を最後に愛した。
「ね。兄ちゃん聞いて。俺は碧い碧い海の底で身体を横たえたい。俺は海のドラゴンになる。俺は・・・兄ちゃんみたいに・・・優しい・・・存在に・・・なる。だから、忘れないで・・・。」
弟が死ぬ間際の言葉を心の底に押し込めた。彼の身体が冷たくなった。
『俺は無力だ・・・。俺は・・・。』
リュウの背に乗った大切な亡骸を、彼は大海原まで運んだ。彼の望む海の底に下ろした。リュウには次に何をするべきか、考える時間が必要だった。
父を探すことも、母を追うことも、姉を見つけることも、すべて、リュウの考える行動とは真逆のこと。彼は、一つだけ確かめるために向かう場所を定めた。
そこは闇の世界。大昔に世界を終わらせた『神』が眠る場所。リュウがずっと見て見ぬふりをし、考えを放棄した場所。ゼノロワの王国のはじまりであり、ヒルワン女王がまだヒルワン王妃と呼ばれ、その隣に人間の王がいた時代の世界。
神が行った蛮行が今も残る世界に、リュウは旅立つ決心をした。そのために、彼は自らの姿をドラゴンから人間という姿に身を下ろした。ドラゴンとしての力を封じたのだ。
彼が必要としたのは、怒りと憎しみを失わないこと。彼は、ドラゴンであれば持っていた冷静さを捨てたのだ。
こうして、リュウがドラゴンではない姿になった時、リュウが第一世界に飲み込まれるのに時間はかからなかった。彼のちょっとした遠回りではあったものの、その地で知り合った存在に導かれ、闇の世界に到着するのだった。
リュウの路 終り




